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Last rewrite  作者: 蒼了一


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白雲城[3]

 室内に、鉛のような沈黙が落ちた。


 川尻平馬は膝の上で拳を握りしめ、視線を畳に落としている。高座に座す氏頼は姿勢を崩さぬまま、石像のように動かない。だが、その頬からは血の気が引き、唇の色さえ淡くなっていた。若き城主の胸中に渦巻く焦燥が、沈黙の重さとなって部屋を満たしている。


「それでも……何人かの山師と相談を重ね、掘り出すための試案は整いました。ただ……」


 平馬の声は低く、慎重だった。


 比較的安定した地点から掘削を始め、崩れやすい山壁を木組みや石積みで補強しながら、少しずつ掘り進める。危険を最小限に抑えるため、作業は段階的に、季節を選び、慎重に行う。完全ではないが、手順を誤らねば埋蔵金へ至る道はある──山師たちはそう見立てた。


「だが時間が足りぬのだろう……」


 慶次郎が静かに言うと、平馬は苦く頷いた。


「左様にございます。この手順なら早くて十年。何かあれば十五年……あるいはそれ以上。ただ、山崩れを起こさず至るには、このやり方しかございませぬ」


 十年。


 慶次郎は内心で反芻した。三年と命じられた事業に、三倍以上の歳月が要る。


「大納言は聞き入れなかったのか?」


「……はい。それどころか……」


 平馬が口を噤む。言い淀むというより、言葉そのものを飲み込んだ様子だった。何を告げればよいのか、どう告げればよいのか──迷いが見て取れる。


 そのとき、廊下の向こうから慌ただしい声が響いた。


「お止めください! 殿様は今、お客様をご引見遊ばしておられます!」


「その話は(わらわ)も関わりあること。ならば(じか)にお願いするのが筋というものです」


 凛とした女の声が、襖越しに通る。


 慶次郎は顔を上げた。声音からして、ただの側女ではない。氏頼の妻──奥方であろう。


 やがて、襖が静かに開いた。


 白い光が差し込むように、一人の女性が姿を現す。


「断りもなく立ち入りし不作法、どうかお許しください。妾は奥の弓月と申します」


「な……」


 慶次郎の喉が、乾いた音を立てた。


 弓月と名乗ったその女性の容貌は、日本のものではなかった。


 透き通る雪のような白い肌。陽光を閉じ込めたかのような金の髪。大きく見開かれた碧眼は、澄んだ湖の底のように深く、見る者を吸い込む。長い睫毛が影を落とし、通った鼻梁の下、柔らかな唇がわずかに結ばれている。鼻梁や頬に散る淡いそばかすが、陶器のような肌に微かな温もりを添えていた。


 慶次郎は京や堺で南蛮人を幾度も見てきた。だが、それは商人や宣教師の男ばかりだ。


 女──しかも、これほどの美貌を備えた者が、この飛騨の奥山にいるなど、想像すらしなかった。


「ご、ご内儀が南蛮のお方だとは……」


 ようやく絞り出した声は、己でも情けなく思えるほど掠れていた。


 弓月の碧眼が、まっすぐに慶次郎を見つめる。その視線には、ただの美しさを超えた、強い意志が宿っていた。


 さすがの慶次郎も生涯でこれほど美しい女性を見たことはない。だが同時に、その美貌の奥に潜む何かが、雪よりも冷たい予感をもたらしていた。


 室内の空気が、先ほどまでとは違う張りを帯びる。


 川尻平馬の話は、思わぬ方向へ舵を切ろうとしていた。


 *


「どうか……どうか、なにとぞ我らをお助けください」


 弓月は両手を重ね、畳に指先が触れるほど深く頭を垂れた。顔を上げたとき、その碧眼は薄く潤み、睫毛の先に光が宿っている。


 その視線を真正面から受けた瞬間、慶次郎の胸が不意にざわついた。


 これまで幾多の女を見、幾多の願いを聞いてきた。だが、この瞳は違う。恐れと覚悟とが入り混じり、逃げ場を失った者の切実さが滲んでいる。


 慶次郎は思わず目を逸らした。


 胸中が乱れる。


「お助けと申されても……山の仕事なぞ、儂にはとても……」


 努めて軽く言い繕うが、声は思うほど安定していない。


「慶次郎殿。奥方様がおっしゃっているのは、そのような話ではございませぬ……」


 川尻平馬が、苦悶の色を浮かべて言葉を継ぐ。膝の上の拳は白くなるほど握り締められている。


「もはや、埋蔵金を掘り出す、出さぬという段では無くなったのです」


 室内の空気が、さらに重く沈んだ。


 慶次郎の視線がゆっくりと平馬に戻る。


「大納言様は、奥方様ともお会いになられ……その後、期限を一年と改められました」


「なんと……!?」


 思わず声が跳ねた。


 十年を要する事業を、三年でも無謀だというのに、一年。


 それはもはや達成を求めているのではない。


 ──失敗を前提としている。


 慶次郎の胸中で、氷のような理解が形を取る。


「もし叶わぬ時は……奥方様を差し出すよう、申し付けられたのでございます」


「なっ……」


 絶句。


 怒りより先に、呆然が来た。


 なるほど、と冷えた思考が告げる。


 これほどの美貌を前にすれば、漁色家として知られる秀秋の食指が動くのは不思議ではない。だが──だからといって、領国の命運を口実に、他家の正室を奪う。


 それは主命でも政でもない。


 ただの強欲だ。


 慶次郎の奥歯が、ぎり、と鳴った。


 視線を上げると、弓月がじっとこちらを見ている。


 恐怖に震える女の目ではない。


 覚悟を決めた者の目だ。


 己を差し出せと命じられ、それでもこうして自ら足を運び、助けを請う。そこには、ただ守られるだけの存在ではない、強い意志があった。


 慶次郎はゆっくりと息を吐く。


 山を掘る話ではない。


 これは、欲に溺れた一人の男から、この城と、この女を守るか否かの話だ。


 雪に閉ざされた山城の静寂の中で、慶次郎の胸に、久しく感じていなかった熱が静かに灯り始めていた。

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