白雲城[2]
「何故……そのような虚仮を……」
低く問い質す慶次郎に、平馬は一歩前へ出た。
「工藤内匠頭殿の名をお借りしようと考えたのは、すべて拙者にございます。どうか責めはそれがし一身に……」
「いや、そんなことはどうでも良い」
慶次郎は手を振って遮った。視線は鋭く、平馬の奥を射抜く。
「儂が知りたいのは一つ。なぜ、そのような嘘をわざわざ世に流したのか──それだけじゃ」
その瞬間、慶次郎の脳裏に塩屋文内の顔が浮かんだ。この件が虚偽であることを、あの男が知らぬはずがない。むしろ文内も結託し、馬借の口を使って噂を諸方へばらまいている。
──狙いは何だ。
雪深い白雲城の中で、慶次郎の胸に、見えぬ糸が絡み始めていた。
*
「始まりは昨年の秋、金沢の大納言様(小早川秀秋)が、この城へお越しになったことにございます──」
川尻平馬の声は低く、どこか重かった。外では雪が絶え間なく降り続き、瓦を叩く微かな音が、語りの合間を埋めている。
昨年、秀秋はようやく領国の検分を行った。新領主がまず果たすべき務めでありながら、加賀に入って以来それを怠ってきたのは、他ならぬ秀秋自身の怠惰による。酒と女に溺れ、昼夜の別も曖昧な暮らしを続け、政は人任せ。
平岡石見と歩調を合わせて寝返りを推し進めた重臣、稲葉正成もすでに去り、家政は実質、松野主馬首重元ただ一人の肩に掛かっていた。
松野主馬は、忠誠と実務の才を兼ね備えた男である。その手腕はかつて豊臣秀吉にも認められ、秀秋を補佐する重臣として推挙されたほどだ。主君が酒色に耽る日々を送りながらも、小早川家が辛うじて体裁を保っていたのは、ひとえに彼の骨身を削る働きゆえであった。
だが一昨年、栢谷典膳を側近に迎えてから、秀秋は一変した。
酒色を控え、政務に顔を出すようになった。当初、松野主馬は胸を撫で下ろしたという。主君がようやく自覚を持った──そう思ったからだ。
しかし、やがて気づく。
秀秋の関心は、領民でも、国の安寧でもない。
ただ、富であった。
生まれながらの貴族であり、富に困る立場ではない。小早川家は豊臣、毛利、上杉に次ぐ財力を誇る。日本で四指に入る富裕を持ちながら、それでもなお金に執着する。
その姿は、飢えた狼のそれに近く、松野主馬の胸に言い知れぬ不安を芽生えさせた。
税は重くなり、治水や土木といった領主の責務は後回しにされる。川は破れ、田は荒れ、民の顔から笑みが消えていく。
富は積み上がる。だが国は痩せていく。
そんな主君が白雲城にやって来た。
「……その折、大納言様は我が殿にこう命じられました」
平馬は一瞬、言葉を切った。
雪がひときわ強く、屋根を打つ。
「帰雲城に埋蔵されている黄金を、三年以内に献上せよ──と」
静まり返った室内に、その命令だけが異様な響きを残した。
慶次郎の目が細くなる。
帰雲城──山津波に呑まれ、一夜にして地中へ消えた城。土砂に埋もれた黄金伝説は、半ば怪談のように語られてきた話だ。
「城は山津波に飲まれ、地中深く沈みました。流された位置は、ある程度まで絞り込めました。しかし……掘り出す目処は立っておりませぬ」
「ほう……場所はわかったのにか」
「左様にございます。ですが崩れた山は地が緩み、少し掘れば再び山が動くやもしれませぬ。下手をすれば、もう一度山津波を招きましょう」
慶次郎は無言で頷いた。
地震で崩れた山体。その不安定な土砂を掘り返すなど、正気の沙汰ではない。脆い地層に鍬を入れれば、地滑りや土石流が起こる可能性は高い。掘削は、ただの力仕事ではない。緻密な計算と、長い歳月と、莫大な費えがいる。
そして何より──人命が削られる。
「……それこそ、山一つを移し替えるほどの力がいるな」
慶次郎はぽつりと呟いた。
山師の知識は持たぬ。だが、話を聞くだけで十分だった。これは宝探しではない。国を賭けた土木事業だ。しかも三年という期限付き。
三年で山を掘り返せ。
出来ねばどうなる。
慶次郎の胸に、ひやりとしたものが走る。
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