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Last rewrite  作者: 蒼了一


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白雲城[1]

 川尻平馬との面談から二日後、前田慶次郎は白雲城へ向けて高山を発った。案内役は塩屋文内、その後ろに数名の馬借が続く。彼らが曳く六頭の馬はいずれも腹を張らせ、米俵や布包み、武具箱などが隙間なく積み上げられている。馬の吐く息は白く、吐息がそのまま空に溶けていった。


 雪は止む気配を見せず、郡上街道は白一色に塗り潰されている。西へ、西へと進む一行の足取りは、自然と慎重になった。白雲城までは十五里(約六十キロメートル)──平時であれば二日足らずの行程だが、山間の細道に深雪が重なれば話は別だ。踏み固められた足跡はすぐに埋まり、道と斜面の境も曖昧になる。日程が倍に延びることを、慶次郎は出立の時点ですでに覚悟していた。


 もっとも、街道は獣道ではない。道沿いには人の営みが点々と残り、煙の立つ集落もいくつか見える。新宮村、八日町村、三日町村──村を一つ越えるごとに、胸の奥にわずかな安堵が積もっていった。いざとなれば逃げ込む先がある。その事実は、雪道を行く旅人にとって、何よりの支えだった。


 やがて道は白川街道との分岐へ至り、高山から十一番目の新淵村で道は二つに割れる。南へ進めば郡上八幡。北に向かえば白川郷。その先、八つ目の御母衣(みぼろ)村に、白雲城はある。


*


「これは……なんとも、風情ある眺めだ……」


 御母衣村に足を踏み入れた慶次郎は、立ち止まり、笠につもった雪を軽く払いながら顔を上げた。荘川と大白川の合流点にある四十丈(約百二十メートル)ほどの小高い丘。白雲城はその頂上に屹立している。だがその威容は城と呼ぶにはあまりに慎ましく、砦と呼ぶほうがふさわしいかもしれない。だが、街道に向かって聳える三層の天守は、雪をまとってなお凛と立ち、周囲の石垣や櫓は白の中に沈み、輪郭だけを仄かに残している。


 その姿は、現実でありながらどこか夢に近かった。雲と雪の狭間に浮かぶような城影に、慶次郎の胸が静かにざわめく。なるほど白雲城とはよく名付けたものだ──と、詩句が自然と脳裏に浮かび、指先が空をなぞる。疲労で重くなっていたはずの身体が、ひととき軽くなった気がした。


 *


「よくぞお越し下された」


 城門の前で待っていた川尻平馬が、深く頭を下げた。呼び寄せたのは己とはいえ、この雪中を踏破してきた慶次郎への感謝は、言葉以上に態度に表れている。


「なに、暇だからな。それに、話の続きもまだ聞いておらぬゆえ」


 慶次郎は肩をすくめ、そっけなく応じた。しかし、その軽口とは裏腹に、ここへ至るまでの厳しさは誰の目にも明らかだった。雪に濡れた藁靴、凍えた指先、そしてそれでも曇らぬ眼差し。慶次郎の胸中には、単なる物見遊山ではない、次なる運命への予感が、静かに息づいていた。


 白雲城は、天守の立つ主曲輪を中心に、城主一家と重臣が起居し政務を執る二ノ曲輪、さらに家臣が詰める三ノ曲輪という、三段構えの造りをしている。しかし、そのいずれも規模は小さく、城郭としては心許ない。竪堀や堀切といった防衛設備も名ばかりで、籠城戦に耐え得るとは到底言い難かった。


 もっとも、慶次郎は城の外形だけを見て油断するほど浅慮ではない。ここへ至るまでの街道は細く、軍勢の展開は困難を極める。背後には日照岳(ひでりだけ)の山塊が(そび)え、左右には荘川と大白川が流れ、裾野を天然の堀としている。攻め落とすには、兵糧も人手も、そして相応の覚悟も要る──そういう城であった。


 *


「こちらにてお待ちくだされ」


 そう促され、慶次郎が通されたのは謁見の間である。広さこそ控えめだが、柱や長押には手入れが行き届き、畳も新しい。過度な華美はないが、慎ましやかな豪奢さが漂っており、内ヶ島家の内福ぶりが静かに伝わってくる。


 部屋に控えているのは、慶次郎と川尻平馬の二人だけ。雪道の疲れが身体に残る慶次郎は、無意識に背筋を伸ばした。この城、この家が抱えるもの──それを見極めねばならぬという思いが、自然と身構えさせる。


 やがて、襖が静かに開いた。


 二十歳そこそこの若者が、太刀を捧げ持つ小姓を従え、端正な足取りで入ってくる。その立ち姿には、若さに似合わぬ落ち着きと、主としての矜持があった。


「貴殿が無苦庵殿であるか。余こそが内ヶ島蔵人佐なり。この雪深き中、よくぞ参られた。大儀であるぞ」


 凛とした声に、慶次郎は一礼する。


「ははっ。無為徒食の老骨めに御謁見の機会を賜り、恐悦至極にございます」


 内ヶ島蔵人佐氏頼うちがしまくらんどのすけうじより──今年二十歳になったばかりの若殿である。十五で元服するまで金森長近のもとに預けられ、武家の棟梁としての在り方を骨の髄まで叩き込まれてきたという。白雲城の城主となって五年。年若くとも、その身にはすでに君主としての威が備わっていた。


「どうか面をお上げくだされ。貴殿が前田慶次郎殿であることは、川尻平馬より聞き及んでおります。本来であれば、それがし如きが言葉を交わすも畏れ多いお方。此度、相まみえる叶ったこと、まこと望外の喜びに存じます」


 透き通るような声音で深々と頭を下げられ、慶次郎はかえって居心地の悪さを覚えた。過分な礼遇──そこには、若殿なりの計算も含まれているように思えたからだ。


「いやいや、今は隠居の身。物見遊山のついでに立ち寄っただけのこと。どうか拙者のことは、ただの爺と思うてくだされ」


 一通りの挨拶を終えると、空気は自然と引き締まり、本題へと移った。口火を切ったのは川尻平馬である。氏頼は一歩引き、静かに耳を傾けている。


 そして、話は驚愕の言葉から始まった。


「雪の中、せっかくのご足労を戴きながら、まことに心苦しいのですが……工藤内匠頭殿の話、あれはまったくの虚偽にございます」


「なっ……!?」


 思わず声が漏れた。さすがの慶次郎も、この一言には言葉を失う。噂の真相を求め、飛騨の奥まで足を運び、雪を踏み越えてここへ来た。その果てに突きつけられたのが、あまりにあっさりとした否定であった。


 しかも、平馬の口ぶりは迷いがない。これは噂の出所が内ヶ島側であると、半ば自白しているに等しい。

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