野心昇騰[3]
廃人同様の日々を送る小早川秀秋の胸に、野望という毒を流し込んだのは、他ならぬ栢谷典膳であった。
酒に溺れ、昼夜の区別も曖昧になった秀秋の眼は濁り、かつて豊臣の眷属として崇められていたときの輝きは失われていた。もはや生きているというより、時間を消費しているだけの存在──そう評されても仕方のない有様である。
小四郎の亡霊に苛まれ続けた秀秋が、ある日、耐えかねて法要を営むことを決めたのは、救いを求める最後の足掻きだったのかもしれない。
香煙の立ちこめる堂内。鈴の音が低く響く中、遺族として列席した典膳は、わずかな時間ながら主君と対面する機会を得た。
その折に献上された手土産は、秀秋の心を揺さぶるに十分だった。
「恐れながら……我が愚弟、小四郎は、己が命を尽くしたにもかかわらず、殿が未だ天下を得ておられぬことに、得心がいかぬのではないかと……」
そう言って差し出されたのは、一挺の雷振筒。
一介の足軽頭が手にできる代物ではない。小早川家ですら二挺しか許されなかった禁忌の兵器を、なぜこの男が持っているのか。
本来ならば、疑念が先に立つべきだった。
だが秀秋の胸に沁み込んだのは、典膳の言葉だった。
「天下なぞ……もはや夢のまた夢よ……」
掠れた声で吐き捨てる。
天下はすでに定まっている。大坂では秀頼のもとに五大老が集い、合議によって政が行われていた。関ヶ原以前は五奉行を加えた十人衆であったが、戦後、石田三成は制度を改め、奉行に代えて五名の大名を中老として据えた。
奉行は行政官に留まり、政の決定権は十人衆の合議にある。
五大老は恒久の地位。中老は五年ごとの改選制。
関ヶ原翌年、慶長六年に始まったこの新体制の初代中老衆は、島津義弘、小西行長、佐竹義宣、生駒親正、増田長盛であった。
五大老のうち、毛利輝元と上杉景勝は大御所として政を睨み、実質の議長役を担うのは三成である。
行政能力、関ヶ原での功績、そして天下最強と謳われる龍仙寺衆──三成が政権の中枢に立つことに、異を唱える者は一人もいなかった。
その絶対的な権力構造の中に、秀秋が割り込む余地など、どこにもない。
「殿は、まだお若うございます。天下人への夢を捨てるには、あまりにも早うございまする」
分を弁えぬ典膳の言葉に、側近が咎めようと身を乗り出す。
だが秀秋は、静かに手を上げて制した。
「若い……それ以外に、余が近江宰相に勝るところがあるか。どうやって天下など取れるというのだ」
普段なら、鼻で笑って終わる戯言。
しかし──目の前の男は雷振筒を差し出した。その事実が、言葉に重みを与えていた。
「憚りながら……この典膳、殿の天下取りをお助け申したく存じます。拙者は龍仙寺衆と特別な伝手があり、雷振筒を調達することが叶います。これを用いれば、いずれ天下は殿の御手の内に……」
「……其方、どのような策を持っている?」
「それは──」
典膳は人払いを願い出、二人きりになったところで声を落とし、秘策を明かした。
「────なるほど……その手を使えば、近江宰相を追い落とせるやもしれぬ……」
「そのためになら、この命、喜んで殿に捧げましょう」
三成から天下を奪う秘策を典膳は打ち明けた。
こうしてこの男は、秀秋の側近という地位を得た。
水面下ではすでに、三成を失脚させるための計略が、静かに張り巡らされ始めている。
この日を境に、秀秋は酒を断った。
濁っていた眼に、わずかながら光が戻る。野望という毒は、同時に生きる力でもあった。
だが、その計画には莫大な資金が必要だった。
九十八万石の大大名といえど、容易に用意できる額ではない。行政改革と課税強化である程度は賄えても、限界はある。
そのとき、秀秋の脳裏に一つの記憶が浮かんだ。
飛騨の旧国主、金森長近が遺した『飛騨便覧』──そこに記されていた、帰雲城の埋蔵金の存在を。
闇に沈んでいた野望は、ここに至って、はっきりと形を持ち始めていた。




