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Last rewrite  作者: 蒼了一


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帰雲城[4]

「はてさて……儂の聞き違いかのう。内ヶ島なぞという名を、こんな場所で耳にするとは」


 慶次郎は、半ば戯れめいた口調でそう言ったが、内心はまったく笑っていなかった。


 行灯の灯りに照らされた川尻平馬の顔から、視線を外さぬまま、慎重に言葉を選ぶ。


「ご不審に思われるのは、もっともなこと。されど──拙者は紛れもなく、内ヶ島の家臣にございます」


「口では何とでも言えるさ。しかしな、天正の地震で内ヶ島が山津波に呑まれ、跡形もなく消えたことは、世の誰もが知っておる。それを今さら『生き残っていた』などと言われて、ほう左様かと頷けるほど、儂はお人好しではない」


 毅然とした平馬の態度に、ただの虚言ではないと感じ取れはした。だが、感じ取れることと、信じることは別だ。


「慶次郎様……これには、少々訳がございまして」


 文内が慌てて口を挟む。その声には、焦りと、どこか覚悟のようなものが混じっていた。


「ともかく、こちら平馬様の言葉は、まことにございます」


「文内。お主がそう言うからとて、話が都合よく飲み込めるわけではあるまい」


 慶次郎の言葉に、文内はそれ以上踏み込めず、口を噤んだ。


 代わって、平馬が一歩前に出る。


「では、最初からお話しいたしましょう」


 平馬の声は落ち着いていた。覚悟を決め、何度も反芻してきた言葉なのだろう。


 ──天正十三年(一五八五年~一五八六年)。


 越中の佐々成政を討つため、豊臣秀吉は金森長近に飛騨侵攻を命じた。


 当時の飛騨国主は姉小路氏。内ヶ島氏はその同盟者として共に抗ったが、大軍の前にあえなく敗れ、姉小路氏と共に降伏した。


 その後、金森長近は飛騨一国を与えられ、国主の座に就く。


 内ヶ島氏は臣従を誓い、所領である白川郷の安堵を受け、表向きは平穏な日々を取り戻した。


 ──だが、その翌年。


 天正地震。


 一夜にして山が崩れ、帰雲城は土砂に呑まれ、一族郎党、家臣団すべてが地中へ消えた。


 その報せを受けた秀吉は、驚きのあまり、手にしていた文を取り落としたという。


「……太閤殿下は、内ヶ島をただの小地頭とは見ておられなかったのです」


 平馬は、静かに続ける。


 白川郷は、猫の額ほどの土地。米はほとんど取れぬ。


 それでも内ヶ島は、なぜか裕福だった。


 その理由──黄金。


 白川郷を流れる荘川では、古来より砂金が採れた。


 白山連峰に眠る金は、川と共に少しずつ流れ下る。


 連峰の反対側、緩やかな平地に沢が注ぎ込む地は、かつて多くの砂金が採れた。やがてそこは「金沢」と呼ばれるようになった。


 秀吉は睨んだ。


 ──内ヶ島は、密かに金鉱を掘っている。


 だからこそ金森長近に密命を下し、その在り処を探らせていた。


 だが、その矢先に起きた大地震。地形は一変し、金鉱の手がかりは完全に失われた。


 慶次郎は、ふっと息を吐いた。


「次の目当ては埋蔵金……か」


「はい。太閤殿下は、帰雲城そのものに黄金が眠っていると見立て、飛騨守様に捜索を命じられました」


「あの猿……転んでも、ただでは起きぬか。常ならば、ここで諦めるものだがな」


 苦笑が漏れる。


 慶次郎の脳裏には、かつて見た秀吉の顔が浮かんでいた。微笑みの裏に、底知れぬ執念を宿した男。


 ──なるほど、天下を取る器とは、そういうものか。


 妙なところで、感心してしまう自分がいた。


「そこで、帰雲城を掘り起こすため、内ヶ島に仕えていた人足や職人が集められました」


「……内ヶ島の名がなければ、束ねられぬ連中だな。だから偽の当主を立てた、というわけか?」


「いいえ」


 平馬は、きっぱりと首を振った。


「我が殿、内ヶ島兵庫頭様は、紛れもなく直系のご子息。大殿様の、誠の御子にございます」


 内ヶ島兵庫頭氏理うちがしまひょうごのかみうじまさ


 戦上手で、飛騨統一を目論む姉小路頼綱と幾度も刃を交えた男。やがて対等の同盟者となったその折、氏理は姉小路家の女中に手を付け、子を成した。


 だが、氏理にはすでに嫡男がおり、女中は下賤の生まれ。子は切り捨てられた。


 それでも姉小路頼綱は、その母子を見捨てず、密かに庇護した。


 ──その事実こそが、後に金森長近を利した。


「なるほど……それが今、内ヶ島兵庫頭を名乗っている、というわけか」


 複雑ではあるが、筋は通っている。


 金森長近は生き残りを担ぎ出し、帰雲城の黄金を探させた。だが、関ヶ原で東軍についた長近は、戦後、飛騨を追われた。


 皮肉なことに、秀吉自身は数年後、佐渡島で巨大な金鉱が見つかると、帰雲城の件など忘れてしまった。


 忘れられた埋蔵金。


 忘れられた内ヶ島。


 そして今、その名が再び浮上する。


「……文内よ」


 慶次郎は、ゆっくりと文内に視線を向けた。


「確かに面白い話だ。しかし、なぜ儂と平馬殿を引き合わせた? 工藤内匠頭の話は、まだ出てきておらぬが」


「はっ……それは……」


 文内は畳に額を擦り付ける勢いで頭を下げた。その背に、平馬が静かに手を添える。


「慶次郎様。この先のお話は、ここでは申せませぬ」


 平馬の眼差しは、真っ直ぐだった。


「ぜひ、我らが城までお越しください。我が殿とお引き合わせいたします。そこで、すべてをお話し申しましょう」


「城……内ヶ島のか。帰雲城、というわけではあるまいな」


「はい。我が殿の居城は庄川にございます。名を──白雲城(しらくもじょう)


「白雲城……」


 謎は深まるばかりだ。


 なぜ文内が橋渡しをしたのか。


 工藤内匠頭と、内ヶ島は、どう繋がるのか。


 だが、答えを知る道は一つしかない。


 ──行くしかあるまい。白雲城へ。

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