帰雲城[3]
文内との再会から三日後。
慶次郎は言われたとおり、「瓢箪屋」へやって来た。
重厚な店構えに似つかわしくないほど、看板の瓢箪が異様に目を引く。文内の言葉どおり、子どもの背丈ほどもある大きさだが、近づけばそれが本物でないことはすぐにわかる。
檜の大木から削り出した無垢の彫刻品。木目は生き物の皮膚のように艶を帯び、彫り口には一切の粗がない。材料、技、手間──どれを取っても、並の商いで用意できる代物ではなかった。
──成金趣味ではない。
慶次郎はそう感じ取る。これは誇示ではなく、力の証だ。
店の中は、外の雪景色とは打って変わって、黒く、ひどく静まり返っていた。店の間は四畳半ほどしかなく、帳面を広げた手代が一人、無言で座っている。
酒の匂いは薄く、客の気配もない。庶民向けの酒屋ではないことは、空気だけでわかった。ここは武士や富裕層を相手に、静かに、しかし深く金を動かす店だ。
「塩屋文内に呼ばれて来たのだが──」
慶次郎が用件を告げると、手代は余計な詮索もせず、無言で立ち上がった。その動きには迷いがなく、あらかじめ心得ていたかのようだ。
「こちらへ」
促されるまま廊下を進む。
奥へ行くにつれ、人の気配はますます薄れる。これほどの大店であれば、丁稚や女中が行き交って然るべきだが、足音一つしない。まるで、最初から人払いがなされているかのようだった。
胸の奥で、警鐘が小さく鳴る。
襖が開かれ、慶次郎は奥の間へと足を踏み入れた。
そこには、二人の男がいた。
一人は文内。見慣れたその顔に、わずかな安堵がよぎる。
そして、もう一人。武士である。
年の頃は三十前後。背筋は伸び、所作に無駄がない。着物も刀も華美ではないが、折り目正しく、身分の低い者ではないことが一目でわかる。
「随分と物々しいな。これは、どういう趣向だ?」
慶次郎の声は、冗談めいていながらも、芯が冷えていた。
真っ昼間だというのに、部屋の四方は襖で閉ざされている。欄間から差し込むわずかな外光だけでは心許なく、四隅に置かれた行灯が、淡く人の顔を照らしていた。その明かりは、温もりよりも影を濃くする。
「出迎えもせず、申し訳ございません」
文内が一歩下がり、低く頭を下げる。
「少々、事情がございまして。わたいは、この店にあまり顔を出せぬ身でして……」
「左様か。……で、そこの御仁は?」
慶次郎が視線を向けると、武士は一拍置き、恭しく頭を下げた。
「拙者、内ヶ島兵庫頭が家臣、川尻平馬と申します」
名は、川尻平馬良勝。
その名自体は、慶次郎にとって初耳だった。だが──問題は、そこではない。
──内ヶ島。
その名が耳に入った瞬間、慶次郎の片眼が、ひくりと引き攣った。
戦国の世には、数え切れぬほどの家が興り、そして滅んだ。下剋上が常である以上、それ自体は珍しくもない。
だが、飛騨の内ヶ島氏は異常だった。
天正十三年(一五八六年)十一月二十九日。
越中・飛騨を震源とする大地震──天正地震。
その一夜で、内ヶ島氏は居城、帰雲城もろとも地中に呑み込まれた。
その日は祝宴の日だった。主君、内ヶ島兵庫頭氏理と一族、家臣団すべてが城内に集っていたという。震源地に近く、推定では震度七。山は瞬時に崩れ、城は土砂に埋没した。
その破壊はあまりに凄まじく、二十一世紀に至ってもなお、帰雲城の正確な位置は特定されていない。
──一夜で、跡形もなく滅んだ家。
その家の家臣を名乗る男が、今、目の前にいる。
慶次郎は、ただ静かに男を見据えた。
胸の奥で、嫌な予感が、はっきりと形を持ち始めていた。
これほど、如何わしい話もない。
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