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Last rewrite  作者: 蒼了一


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帰雲城[1]

 一月の末。


 直江兼続の密命を帯びた無苦庵殿こと前田慶次郎は、雪に埋もれた越中街道を南へ下り、ついに高山の地へ足を踏み入れた。


 冬の飛騨は、白の世界だ。空と山々の境は曖昧に溶け、降り積もった雪は城下に入ってなお背丈ほども積み上がっている。道の両脇に築かれた雪の壁は、人の営みを閉じ込める檻のようでありながら、不思議と息苦しさはない。掻き分けられた雪道には人の往来があり、町は確かに生きていた。


 高山は決して大きな町ではない。だが、街路はよく整えられ、商家は揃って堂々とした構えを見せている。飛騨は平地に乏しく、米も作物も多くは望めぬ土地だ。しかし、山には無尽蔵とも思えるほどの木がある。檜をはじめとする良材を切り出し、川に流して美濃や尾張、あるいは越中へと運べば、それだけで一財産になる。


 その富は、家々の佇まいに如実に表れていた。材の使い方、意匠の凝り方──山国にありがちな素朴さはなく、どこか洗練された気配が漂っている。


 富山へ通じる越中街道、信濃へ抜ける平湯街道、美濃へ至る益田街道、郡上へ向かう郡上街道。いくつもの街道がこの地で交わり、雪の季節であろうと飛騨は孤立しない。材木だけでなく、海産物が信濃へと運ばれ、物資は絶えることなく行き交う。


 どれほど雪が降ろうと、人々は黙々と雪を掻き、荷を背負い、道をつなぐ。物流──それこそが、この町の命脈であった。


「これは……なんとも贅をこらした造りじゃな」


 高山宿の旅籠に腰を下ろした慶次郎は、肩に積もった雪を払い落としながら、素直な感嘆を漏らした。


 ただの旅籠に過ぎぬはずの建物に、檜の無垢材が惜しげもなく使われている。太い柱、重厚な梁。店の間に置かれた調度品に至るまで、手仕事の温もりを感じさせる工芸品ばかりだ。


「お客さん、高山は初めてかい?」


 飯盛り女のお品がしゃがみ込み、慣れた手つきで藁靴を解きながら声をかける。


「うむ、初めてさ。こんなに物成のいい町だとは思わなんだ」


「山に囲まれてるからねぇ。他に楽しみもねえし、妙なところに凝っちまうのさ」


 お品の声音には、老侍の無邪気な感心ぶりにどこか呆れたような、しかし突き放しきれぬ柔らかさが混じっていた。


 年は二十を少し過ぎたほどか。旅人の世話だけでなく夜伽も務める身だろう。近隣の貧しい農家から奉公に来ているのかもしれない。


「なるほどな。これだけ雪があれば、冬の間は暇を持て余すのだろう」


 慶次郎は気にも留めず、子供のような興味を宿した目で辺りを見回す。


「お客さん、どこから来なさった?」


「越後からだ。暇を持て余したただの爺さ。物見遊山よ」


「こんな雪の中を? 酔狂だねぇ。下手すりゃ死ぬよ」


「それもまた一興よ。この歳で生き長らえる方が、かえって迷惑というものだ」


 カラカラと笑う慶次郎につられ、お品も吹き出した。


「ほんと、変わった爺っ様だ。で、どこまで行くんだい?」


「いやな。この高山に、古い知り合いがいる。そいつに会うまでは、ここで世話になるつもりだ」


「そうかい。岩魚くらいしか取り柄はないけど、気に入ったらいつまでもいたらいい」


「ありがたい。世話になる」


 そう言って、慶次郎は再び笑った。


 ──前田慶次郎。


 かつて京にあって、傾奇者として名を馳せた男である。交友は広く、身分の別なく多くの士と杯を交わしてきた。その中に、飛騨の男が一人いた。


 名を、塩屋文内(しおやぶんない)


 若い頃はどこかの公家に仕える小者だったと聞く。背は低く、身のこなしだけはやたらと軽い。喧嘩沙汰では真っ先に飛び込み、決まって叩きのめされる──そんな損な役回りばかりを引き受けていた。


 だが愛想がよく、気が利いた。憎めぬ男で、仲間内からは「飛騨の文内」と呼ばれ、可愛がられていた。


 ずいぶん昔に故郷へ帰ったと噂に聞いたきりだ。


 年の頃は、四十代半ば。──まだ生きていても、何の不思議もない。


 慶次郎は、雪に包まれた町の気配を感じながら、その名を胸の内でそっと転がした。

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