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Last rewrite  作者: 蒼了一


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33/55

毒蛇[1]

 石田家には、決して門外に漏らしてはならぬ秘事がある。


 それを知るのは当主、石田三成を除けば、筆頭家老の島左近、末席家老の垣屋勘兵衛元綱、そして龍仙寺衆の首脳に名を連ねるごくわずかな者のみ。


 その秘密がはからずも姿を現したのは、関ヶ原の戦いが終わり、龍仙寺が灰燼に帰してから、半年余りが過ぎた頃であった。


「──雷振筒が……足りない!?」


 佐和山城。


 幾重にも人払いがなされた奥の一室で、石田三成の声が低く弾けた。


 湿り気を帯びた空気が張りつめ、畳の目すら緊張しているかのようだ。


 島左近の背後、几帳の陰に静かに座しているのは石田三成。その存在だけで、この場がただならぬ詮議の席であることは明白だった。


「幾度も勘定を改めました。……雷振筒が失われているのは、疑いようがございませぬ」


 そう述べて深々と頭を下げたのは垣屋勘兵衛である。


 その隣で、同じく身を縮めるように頭を垂れたのが、樫原大炊介隆信かしはらおおいのすけたかのぶ。龍仙寺衆(みずのえ)組の頭として、兵站を一手に引き受けてきた男だ。


「此度の失態、まことに拙者の不覚。申し開きの言葉もございませぬ。かくなる上は──」


 大炊介が声を震わせ、覚悟を決めたように言葉を継ごうとした瞬間、


「待て」


 左近が静かに、しかし鋭く制した。


「そなたの責ではあるまい。筒を動かすよう命じたのは、内匠頭殿であろう」


「……は、ははっ」


 大炊介は喉を鳴らし、額を畳に擦りつけた。


 関ヶ原の戦いを目前に控えた九月初頭、拓真は大垣城に集積していた雷振筒と弾薬の一部を、密かに移動させている。


 輸送先は山中村──大谷吉継が設けた兵站拠点であった。


 その段取りは垣屋勘兵衛を通じて整えられ、さらに八月末には龍仙寺からも同様に物資が直送されている。


 そこに集めた物資がまるごと消失したのだ。


「繋ぎ役を務めたのは拙者。……責がないとは申せませぬ」


 勘兵衛は大炊介を庇うように、低く言葉を重ねた。


「よい。二人を責めるための場ではない」


 左近の声には、疲労と諦観が滲んでいた。


「元はと言えば、内匠頭殿の指示だ。そうである以上、やむを得ぬ」


 確かにその通りだった。


 移動を命じたのは拓真。


 そして、当の本人は──光と共に、この世から消え失せている。


 左近だけが知っていた。


 なぜ拓真が、そんな手を打ったのかを。


 小早川秀秋の裏切りを知っていた拓真は、最悪の事態に備え、龍仙寺衆を大谷吉継に預けてほしいと進言していた。


 山中村に送られた物資は、その時に使うための備えだった。


 左近はすべて承知していた。


 それでも彼は、拓真の意向を黙殺して、龍仙寺衆を戦場で殺戮に使った。


 結果として宙に浮いた中山村の物資──その消失に、己の判断が遠因となっていることを、左近は痛いほど理解していた。


 失われた雷振筒は六十挺。


 弾丸は二万一千八百発。


 雷振筒がこれまで製造されたのは六百十二挺。


 すべてに製造番号が刻まれ、最終の品質検査で落とされた物も番号は付与されていた。そのため通算製造番号は九四二番にまで及んでいる。


 失われたのは、四九三番から五〇四番、そして五四一番から五八八番。


 いずれも生産ロット単位で、まるごと消えていた。


 戦場の混乱で一本二本が行方不明になる可能性はある──が、その類ではない。


 雷振筒は六挺を一箱とする専用の木箱に収められている。


 つまり、雷振筒が箱から出されることもなく、十箱が丸ごと消えた計算になる。


「刑部様の御家中にも問い合わせましたが……結局、手がかりは掴めず」


 勘兵衛は歯噛みするように言った。


 大谷家では、山中村の農家を徴発し、物資の保管所としていた。平時であれば、紛失など起こり得ない体制だ。


 だが戦いの直前、松尾山城から出陣した小早川軍によって大谷勢は押し出され、物資は急遽移動を余儀なくされた。


 混乱のさなかに、物資が紛失したとしても不思議ではない。


 勘兵衛らは二度にわたり現地を訪れ、徹底的に捜索した。


 だが保管に使われていた農家はすでに焼け落ち、物資集積の痕跡すら残されていなかった。


 もし持ち去った者がいるとすれば、最も疑わしいのは、最後にその地を占拠していた小早川家。


 しかし、六十挺もの雷振筒の行方を問いただすなど──天下を揺るがす話であり、容易に口にできるものではなかった。


「……やむを得ぬな、左近」


 三成の声が、静かに落ちた。


「万が一、金吾様の手に渡っているならば、いずれ何らかの形で尻尾を見せよう。それまでは市場を注視し、雷振筒の出物がないか見張る他あるまい」


「ははっ。この左近と勘兵衛が睨みを利かせます。どうか、ご案じなきよう」


 左近、勘兵衛、そして大炊介は、重い誓いを胸に三成へと頭を下げた。

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