侵入者[4]
「……じゃっどん、我慢のならんくなって、触いに来たっち言っちょっのじゃ」
「……ホントかよ」
賀津は呆然と呟いた。
あまりにも幼稚で、あまりにも真っ直ぐな理由に、開いた口が塞がらない。
「だとしてもだ」
藤四郎が低く言葉を挟む。
「なぜ貴様は雷振筒を知っている?」
雷振筒は噂だけが先走り、実物を見た者はほとんどいない。
龍仙寺衆を除けば、有力大名がその側近くらいだ。
「オイは関ヶ原におった」
七郎はそう言って、ぱっと目を輝かせた。
「雷振筒の力、目の前で見ちょった。あん時から……もう虜になっしもたんじゃ」
その語り口には、一点の曇りもなかった。
恐れも打算もなく、ただ純粋な憧れだけが滲んでいる。
賀津と藤四郎は、思わず顔を見合わせた。
(……厄介ではあるが……悪党ではなさそうだな)
そう思うのに、そう時間はかからなかった。
「それじゃ、しょうがねえな」
賀津は小さく肩をすくめ、荷から雷振筒を取り出す。
もちろん、弾丸は抜いてある。
「こいつをやるわけにはいかねえけどさ。触るくらいなら、まあいいぜ」
「おおっ! まこてよか。よか具合じゃ!」
七郎は目を輝かせ、子どもが宝物を受け取るように両手で雷振筒を抱えた。
持ち替え、覗き込み、構え──小声で「バーン」と呟く。
その姿は、どう見ても好奇心の塊でしかなく、先ほどまでの侵入者の影はどこにもなかった。
*
思う存分いじり回して気が済んだのだろう。七郎は名残惜しそうに雷振筒を撫でると、名残を断ち切るようにして賀津へ差し出し、深々と頭を下げた。
「まこて、ありがとごわした! ……ええっと、おはんの名は、なんち言うとな?」
「名前か。ああ、俺は賀津だ。お賀津でいい」
「お賀津か!? なんか、おなごんごたっ名前じゃな!」
「おなごだからな」
「えっ!?」
七郎は目を丸くし、雷に打たれたように固まった。
「まこてか!? おなごん身で、龍仙寺衆ち言うとか!?」
「そうさ」
賀津はふん、と小さく胸を張る。
「俺はタクミサマの一番弟子だからな」
その隣で藤四郎が、柔らかな笑みを浮かべて言葉を添えた。
「お賀津殿は、龍仙寺衆に無くてはならぬお方。毛ほどの傷でも負わせたら、俺が地獄に送ってやる」
言っていること自体は先刻と同じだが、そこに含まれる棘はすっかり抜け落ちている。
藤四郎もまた、この男が悪意ある存在ではないと悟ったのだろう。
「工藤内匠頭様は……変わっちょっ御方じゃなぁ」
七郎は感心したように頷いた。
「おなごを弟子にすっ等。オイのことも弟子にしてくんねぇかな」
「内匠頭様は関ヶ原でお討ち死にされた」
藤四郎が静かに告げる。
「それを、知らんのか?」
だが七郎は、怯むどころか、片頬を吊り上げてニヤリと笑った。
「おはんこそ、工藤内匠頭様が、飛騨で鉄砲ば造っちょっ話、知らんのか!? オイは、内匠頭様に雷振筒ば造ってもらおうち思っちょっのじゃ!」
その言葉に、賀津と藤四郎は息を呑んだ。
まさか、その噂がこんな浪人風情の耳にまで届いているとは思わなかった。
飛騨は小国とはいえ広く、山ばかりの地だ。人探しなど容易ではない。
だからこそ二人は、しばらく加納宿に留まり、情報を集める腹づもりでいた。
当てもなく飛騨へ向かうのは、無謀にもほどがある。
「それで、七郎サン」
賀津は探るように問いかけた。
「タクミサマが、飛騨のどこにいるのか……知ってるのかい?」
雷振筒を作ってもらうつもりなら、せめて行き先の目星くらいはあるはずだ。
「詳しこっは知らん……」
七郎は少しだけ視線を伏せる。
「じゃっどん、飛騨ん白雲ちいう所に居っちゅう話を聞いた。 じゃっで、まずはそこに行ってみっつもりじゃ」
再び、二人は顔を見合わせた。
その程度の噂話だけで飛騨へ向かうとは、やはり常軌を逸している。
だが──。
(後先考えねえくせに……覚悟だけは一丁前だ)
人の部屋に忍び込む無鉄砲さ。
いざとなれば、雷振筒の前に平然と命を差し出す胆力。
危なっかしくて、どうしようもない。
──けれど、その生き方は、どこか自分たちと重なって見えた。
純粋な憧れに突き動かされ、ただそれだけを道標に歩く。
それは、賀津や藤四郎自身が辿ってきた道でもある。
「なあ、七郎サン」
賀津は、決意を込めて口を開いた。
「俺達も、タクミサマに会いに飛騨へ行こうとしてるんだ」
「まこてか!?」
七郎の声が弾む。
「なら、どこにいるか知っちょるとか!?」
「いや、それは知らねえ」
賀津は正直に首を振る。
「だから、これから探す。それで……」
言葉を切り、賀津は七郎ではなく藤四郎を見た。
自分が何を言おうとしているのか、藤四郎はもう察している。
藤四郎は一瞬だけ目を閉じ、そして──ゆっくりと頷いた。
「俺達と、一緒に行かねえか?」
「お、お真如て良かごわすか!?」
七郎の顔が、一気に綻ぶ。
「そいなら、まこてありがてぇ! 飛騨なんちゅう、行っこともなか国で、内匠頭様に会えっかどうか……おどろっ(心配)しちょったといも!!」
「じゃあ決まりだ」
賀津は笑った。
「俺達は、何日かここに泊まって噂を集めるつもりだ。 七郎サンも、手伝ってくれるか?」
「もちろんだっど! オイに出来っことなら、何だっ、しっくいやんそ!!」
「じゃあまずは──」
賀津は親指で宿の裏を示す。
「明日、裏手の蔵を倒す。手伝ってくれ」
「蔵!?」
七郎は目を剥いた。
こうして、一行に自称城州浪人、七郎が加わった。
だがこの時、賀津も藤四郎も知る由はなかった。
この男こそが、
島津中務大輔豊久──日向国佐土原に城を持つ、正真正銘の大名であるということを。
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