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Last rewrite  作者: 蒼了一


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29/55

侵入者[3]

 深夜。


 一通りの準備を終えた賀津は、そのまま布団に身を沈めた。宿場町からはすでに喧噪は消え、耳に届くのは、どこか遠くで鳴く犬の声と、まだ終わらぬ酒宴の笑い声が、風に乗って微かに流れてくるだけだ。


 行灯を落とした部屋は闇に沈み、窓の外から差し込む星明かりだけが、畳の縁や天井の梁をぼんやりと浮かび上がらせている。


「……ん……」


 賀津は深い眠りに落ちていた。


 その耳に、廊下の床板がきしむ音も、襖がわずかに擦れる気配も届かない。


「──っ!?」


 唐突に、意識が引きずり上げられた。


 背後から強い腕が絡みつき、次の瞬間、巨大な手が口を塞ぐ。


「──うぐっ!!」


 声にならない悲鳴が喉で潰れる。怒りより先に込み上げたのは、理解できない状況への混乱と、体の芯を冷やすような恐怖だった。


「おお、おとなしゅしちょっ。わっぜえ騒がんかぎっ、傷はつけん」


 耳元で、低く湿った声が囁く。


 言葉の意味はほとんど分からない。ただ、動くな、騒ぐな──それだけは嫌というほど伝わってきた。


 賀津は必死にうなずく。視界が滲み、涙が頬を伝った。


 ──その瞬間だった。


 口を塞いでいた手が、急に引き剥がされた。


 拘束が解け、肺いっぱいに空気が流れ込む。


「……?」


 見上げると、闇の中にもう一人の影が立っている。


「藤四郎さん……!」


 隣の部屋から踏み込んできた鈴木藤四郎が、襖越しに雷振筒を構え、侵入者の額へ突きつけていた。


「何者かは知らぬが」


 藤四郎の声は静かだった。だが、その奥に抑えきれぬ怒気が滲んでいる。


「賀津殿を傷つける者は、俺が殺すことになっている。覚悟はいいな」


 男は息を呑み、後ずさるように賀津から離れた。


「そ、そいは……雷振筒かッ!?」


「雷振筒を知っているとは、うろんな奴め」


 藤四郎は迷いなく引き金に指をかける。


「まあいい。貴様のことは、冥土に送ってから考えよう」


「おお、殺すんならさっさとしっくいやんせ! こげな雷振筒に命ば取らるっなら、本望じゃっど!」


 男は覚悟を決めたのか、その場で胡坐をかき、胸を反らした。


 闇の中でも、この距離だ。藤四郎ならば外すことない。空気が張り詰め、人一人の命が消え去る寸前──。


 賀津が、藤四郎の前に飛び出した。


「待って藤四郎さん! ここで撃つのはダメだ!」


「賀津殿!?」


 銃口の向こう、男の背後には賀津の荷が積まれている。そこには、先ほどまで調合していた火薬がある。引火すれば、部屋ごと吹き飛びかねない。


「おいアンタ! 何のつもりで来たかは知らねえけどな!」


 賀津は必死に声を張り上げた。


「この人は雑賀孫市様だぞ! アンタなんか、百間先にいたって撃ち殺せるんだ!」


「えっ……!? 雑賀……孫市……!?」


 賀津は行灯に火を灯す。


 ぼうっと灯りが広がり、闇に溶けていた男の顔が浮かび上がった。


 年はまだ若い。だが、目つきは異様に鋭く、獲物を狙う猛禽のそれを思わせる。一方で口元はどこか柔らかく、うっすら生えた口髭さえ、若さを強調していた。世が世なら、精悍な美少年として多くの女性の目を奪っていたであろう顔立ちをしている。


「それで」


 賀津は息を整え、男を見据える。


「アンタは、どこから来た何者だ?」


「……オ、オイは城州(山城国:京都)の浪人、七郎じゃ」


「……ぷっ」


 思わず、二人同時に吹き出した。


「何がおかしか!?」


「いや……城州の浪人って……」


 七郎の言葉は、どう聞いても城州のものではない。


 癖の強い九州訛り。それも薩摩に近い言葉遣いだ。にもかかわらず、平然と城州の人間を名乗る──そのちぐはぐさが、張り詰めていた空気を一気に緩めていた。


「な、何がおかしか! オイは城州生まれの城州育ち。まこて立派な大和言葉ば喋っちょっどが!?」


 七郎は目を剥き、必死に胸を張った。だが、その言葉尻はどう聞いても城州のそれではない。


「いやいや、無理無理」


 賀津は思わず手を振る。


「俺は京の商人とも付き合いがあるけど、こんなキツい訛り、聞いたことねえって。なあ、藤四郎さん」


「……さすがにこれは」


 藤四郎は一瞬考え込むように顎に手をやり、静かに結論を下した。


「九州──おそらく薩摩言葉でしょうな」


「な、なして分かったんじゃ!?」


 七郎は愕然とした顔で二人を見比べた。


 このあまりにも間の抜けたやり取りに、賀津も藤四郎も、胸の奥に残っていた警戒心がふっと緩むのを感じていた。


 少なくとも、この男は賀津の命を狙うような危険人物ではない。


 ──だが、それでも人の部屋に忍び込んできた事実は消えない。


(阿呆なだけの物盗り、って線も捨てきれねえな……)


 賀津は藤四郎の足に背中をくっ付けたまま、探るように口を開いた。


「まあ訛りの話はいいや。それで、何のつもりで部屋に入った? 金が欲しかったのか?」


 その瞬間、七郎の顔が真っ赤になった。


 屈辱を受けた子どものように、ぶんぶんと首を振る。


「ちがっど! オイはただ、雷振筒が見たかっただけじゃ!」


「雷振筒?」


 賀津は眉をひそめる。


「なんで俺たちが雷振筒を持ってるって知ってんだ?」


「そいは……」


 七郎は言い淀みながらも、ぽつぽつと語り始めた。


 佐和山で龍仙寺衆総帥、垣屋勘兵衛の屋敷から出てきた男が、旅装で長い棒を担いでいたこと。


 それが雷振筒だとすぐに察したこと。


 さらに迎えに来た小柄な侍も同じ棒を持っていたこと。


 二人は龍仙寺衆で、何らかの理由で旅に出た──そう睨み、二日ものあいだ後を付けてきたのだという。

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