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Last rewrite  作者: 蒼了一


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鉄砲天狗[3]

「なんだそりゃ。馬鹿馬鹿しい」


「なんでも、すごい鉄砲を作る天狗様らしくて……飛騨の山奥で、ずっと鉄砲を作ってるそうです」


「聞いたこともねぇな。鉄砲を作る天狗なんぞ」


 言い切りながらも、又兵衛の眉がわずかに動いた。


 山に棲む異形と、火薬と鉄の塊──あまりに噛み合わぬ組み合わせが、逆に心に引っかかる。


「その天狗様の作る鉄砲、普通のとは違うらしいんですよ」


「違うって……どう違うんだ?」


 又兵衛は、思わず身を乗り出していた。


 その仕草に、おてんは少し驚きながらも続ける。


「私が聞いた話だと……火縄を使わないで、一度に六発も撃てる鉄砲だって……」


 その瞬間だった。


 又兵衛と六左の表情から、酔いの色がすっと消え失せた。


 部屋の空気が、一段階冷えたように感じられる。


「……兄ぃ……それって……」


 六左が、声を落とす。


「……馬鹿馬鹿しい」


 又兵衛はそう言いながらも、否定の言葉に力がこもらない。


「誰かが、虚仮な話を触れ回っているだけだろう」


 そう自分に言い聞かせるように呟き、それから改めておてんを見た。


「なあ、おてん坊。その天狗の名前は、聞いてるか?」


「ええと……たしか……」


 一瞬、記憶を辿るように首を傾げてから、はっきりと言う。


「工藤内匠頭って名前だったと思います」


 その名が落ちた瞬間、再び沈黙が部屋を満たした。


 祭りの喧騒は、遠くで確かに続いている──だが、二人の意識は、すでに別の場所へ引き寄せられていた。


 *


「兄ぃ……おてんの話、どう思う?」


 娘が下がり、再び二人きりになった部屋で、六左は盃を傾けながらぽつりと問うた。窓の向こうからは、相変わらず宿場の喧噪が流れ込んでくる。笑い声、足音、どこかで鳴る三味線──まるで夜そのものが浮き足立っているようだった。


「どうもこうも、虚仮な話だ」


 又兵衛は酒を含んだまま、苦々しく吐き捨てる。


「どこぞで雷振筒の噂を聞きかじった阿呆が、面白半分に触れ回ってるだけさ」


「……なんのために?」


「しるか」


 短く言い切り、盃を煽る。


 雷振筒──その言葉だけで、胸の奥にドス黒い何かが沈む。あの轟音、あの理不尽な殺戮。又兵衛にとって、思い出したくも無い代物だ。それが飛騨の山奥で作られているなど、荒唐無稽にもほどがある。


 世の中には、いつの時代も奇妙な風説が流れる。迷信、虚言、あるいは誰かの思惑──いずれにせよ、ろくな結末を呼ばない。


 戦場を生き抜いてきた者にとって、噂話ほど信用ならぬものはない。命のやり取りをする場では、真実であるか否かがすべてだ。願望や恐怖が混じった情報ほど、人を殺す。


「まったく馬鹿馬鹿しい……」


 そう呟くと、又兵衛は盃を畳に置き、そのままごろりと横になった。


 外はまだ賑やかだが、その雑音は逆に心地よい。昨夜の寝不足もあってか、まぶたが急に重くなる。


 ほどなく、規則正しい寝息が聞こえ始めた。


「……早ぇな」


 六左は苦笑し、大きくあくびをひとつする。相手を失った以上、起きている理由もない。彼もまた又兵衛の隣に身を投げ、腕を枕にして目を閉じた。


 宵の口──夜はまだ始まったばかりだった。


 だが、その安らぎは一刻も続かなかった。


「きゃあっ──!」


 本格的な闇が宿場を包み込もうとした、その時。


 裂くような悲鳴が、通りに響き渡った。


 おてんの声だ。


 又兵衛と六左は同時に跳ね起き、反射的に窓へと駆け寄る。手すり越しに見下ろした先で、店の前に人だかりができていた。五、六人の侍が娘を取り囲み、その中央で一人の男がおてんの腕を掴んでいる。彼女は必死に身を捩り、声を上げていた。


「離して! お願い、離して!」


 女将が縋るように前へ出るが、侍たちは鼻であしらい、まるで虫でも払うように突き飛ばす。


 理由はわからない。だが、考える必要もなかった。


「……行くぞ」


「おう」


 二人は短く言葉を交わすと、躊躇なく階段へと向かい、夜の騒乱へと身を投じた。


 *


「お願いします……! 離してください!」


 引き裂かれるような声が夜気を震わせる。


「ならぬわ! 遊び女が一人もおらぬなら、お前が俺達の相手をしろ!」


「ご容赦くださいませお侍様! 娘は、まだ十四になったばかりでございます! とてもお相手など──」


「やかましい。ババアは引っ込んでおれ!」


 若侍の一人が、縋りつく女将を乱暴に蹴り飛ばした。乾いた音が響き、女将は地面に叩きつけられるように倒れ、そのまま動かなくなる。


「おっかさん……! いやぁー! おっかさぁーん!」


 おてんの叫びは、誰の胸にも届かない。通りに集まった人々は目を伏せ、あるいは息を殺し、ただ成り行きを見守るだけだった。


「こら、大人しゅうせい」


 男は名乗った。


「俺は岐阜中納言様の家臣、槇村彦之丞だ。言うことを聞けば、悪いようにはせん」


 そう言いながら、細い腕を背中へねじり上げる。骨が軋む感触に、おてんの顔から血の気が引き、唇が震えた。痛みと恐怖が喉を塞ぎ、声にならない呻きだけが漏れる。


 ──その時だった。


「やめんか! その娘を離せ!」


 通りの空気を割くように、低く通る声が響いた。

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