表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last rewrite  作者: 蒼了一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/55

鉄砲天狗[1]

 加納宿は、美濃を横断する東山道十七宿の中でも、ひときわ賑わいを見せる宿場だ。


 北に目をやれば、稲葉山が屹立し、その裾には岐阜の町が広がっている。美濃平野の中心に位置するこの地は、古くから人と物とが絶え間なく行き交う要衝であり、往来の喧騒が途切れることはない。


 旅人の足音、商人の呼び声、荷を下ろす牛馬の嘶き──それらが折り重なり、町は生き物のように脈打っている。


 そしてその地勢は、常に権力者の目を引いてきた。


 戦国時代は、斎藤道三と織田信長の父、信秀がこの地を巡って刃を交え、やがて信長が岐阜の主となると、楽市楽座のもとで町は空前の隆盛を迎える。商いは縛りを解かれ、人々は集い、岐阜は美濃随一の繁華の地となった。


 いま岐阜を治めているのは、信長の孫、織田秀信である。


 だが、この町が最後に戦火に晒されたのは、まだ記憶に生々しい関ヶ原の年だった。


 東軍による美濃攻略の前哨戦として、岐阜城は三万五千もの軍勢に包囲され、わずか一日で落城する。炎は城郭を舐め尽くし、堅牢を誇った構えのほとんどは焼け落ち、今や岐阜城は廃城として山上に影を落とすのみとなっていた。


 もともと稲葉山の山頂に築かれた岐阜城は、防御には優れていたが、政を行うには不便な地である。


 この戦を機に、秀信の居城は加納宿の南に築かれた加納城へと移された。


 もちろん岐阜城攻略の折、焼かれたのは城だけではない。


 大軍の移動の妨げとなる家屋は次々と焼き払われ、町は炎と混乱に包まれた。多くの人々が住まいを失い、行き場をなくしたまま、ただ焼け跡に立ち尽くした。


 いま、加納城を中心として復興は進みつつある。


 新たな屋敷、商家、旅籠が建ち並び、それが加納宿の繁栄をさらに押し上げていた。


 だが、町の隅々に目を凝らせば、まだ戦の爪痕は消えていない。焼け焦げた柱を残した家、空地のまま残された区画、そして何より、人々の表情に刻まれた影。


 賑わいの裏で、誰もが何かを失っている。


 加納宿は、栄華と傷痕とを同時に抱え込みながら、今日も旅人を迎え入れていた。


 *


 又兵衛と六左は、宿場の外れに建つ「鮎屋」という小さな宿に入った。


 街道筋の大きな旅籠から少し外れただけで、喧騒は幾分か和らぐ。


 建物はこぢんまりとしているが、戸口からは炊き物の匂いが漂い、生活の温もりが感じられた。威勢のよい女将と、その娘が二人きりで切り盛りしている宿らしい。


「お侍さん、ごめんなさい。こんな小さな部屋しかなくて……」


 二人を案内した娘は、畳敷きの部屋に入るなり、申し訳なさそうに頭を下げた。


 名をおてんという。年の頃は十四、五。まだ幼さの残る顔立ちだが、立ち居振る舞いには無駄がなく、働き慣れている様子がうかがえる。女将の背を追うように、早く一人前になろうとしているのだろう。


「別に構わんよ」


 又兵衛は穏やかに応じ、部屋を見回した。狭いながらも掃除は行き届き、畳も新しい。


「それにしても、随分と賑わってるな。加納宿は、いつもこんなに騒がしいのか?」


「いえ……普段は、もう少し静かなんですけど」


 おてんは少し声を落として答えた。


「最近、加納の殿様が新しくお雇いを集めていらっしゃって……それで、いろんな人が来ているんです」


 又兵衛は小さく頷いた。


 織田秀信。


 関ヶ原の戦いの後、旧領である岐阜十三万石に、尾張丹羽五万石が加増され、十八万石の大名となった人物だ。岐阜中納言と称され、豊臣の一門として特別な扱いを受けている。


 本来なら西軍に加担した見返りとして、美濃、尾張二ヶ国の加増が約されていた。だが岐阜城を一日で失い、戦局に不利をもたらしたことで、その話は反故となり、加増は五万石に留まった。


 それでも秀信は不満を口にしなかった。


 生来の貴人らしく、欲得に薄く、与えられた待遇を素直に受け入れたのである。


 そして増えた所領を治めるため、新たに家臣を募っている。


 その噂を聞きつけ、浪人や腕自慢が集まり、加納宿はいま、かつてない人の波に揉まれていた。


「俺らぁ二人だけだしさ」


 六左が、軽い調子で口を挟む。


「酒と女をあてがってくれりゃ、それで文句はねぇんだ。なあ、兄ぃ」


 しかし、おてんは困ったように眉を下げ、再び頭を下げた。


「申し訳ないんですけど……お座敷に上がれるお姉さん方は、もう出払ってしまっていて……」


「えぇ~」


「でも、お酒の方はあります。一升だけですけど」


「なんだい、そりゃあ~。せっかく一日歩いてきたってのによぉ」


「申し訳ございません……」


「六左よ」


 又兵衛が、諭すように言った。


「この子を責めても仕方あるまい」


「……そりゃあ、そうだけどさぁ……」


 六左は期待を外された子供のように肩を落としたが、矛先を向ける相手が違うことはわかっている。不承不承といった様子で、畳に腰を下ろした。


 やがて運ばれてきたのは、粗末な肴と、一升のどぶろくだけ。


 だが、又兵衛にとっては、それで十分だった。


 杯を傾けながら、喧騒から少し離れたこの小さな宿で、久方ぶりに──ただの旅人として夜を過ごせる。


 その事実が、思いのほか心を軽くしていた。

読んでくださり、本当にありがとうございます!


この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、

ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m


応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!


感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!


次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ