関ヶ原[3]
「六左よ。お前は──雷振筒の音を、聞いたことはあるか?」
関ヶ原の野を渡る風が、一瞬、凪いだ気がした。
「雷振筒……いや、耳にしたことはないな」
「ならば、お前は運が良い」
又兵衛の声は低く、乾いていた。
「あの音の後でな……儂の率いた先手衆は、皆殺しにされた」
六左は思わず息を呑んだ。
雷振筒が異形の兵器であることは、風聞として耳にしていた。それによって家康が討ち取られたことも、すでに知っている。だから無関係ではない。だが──。
先鋒を預かる精鋭が、皆殺し。
そんな話は、これまで聞いたことがなかった。
「儂が鍛え上げた侍も、足軽も……」
又兵衛は歩みを止めず、淡々と続ける。
「前面は盾で厚く固めておった。だが、何の役にも立たなかった……ただ、そこに立っているだけで、次々と倒れていった。一人残らずじゃ」
怒りも、嘆きも、声には滲んでいない。
だからこそ、その言葉は重かった。
雷振筒の恐ろしさは世間でも盛んに語られている。だが、その多くは噂話に過ぎない。
又兵衛の語るそれは、誇張の入り込む余地のない、事実そのものだった。
六左は、背筋を冷たいものが走るのを感じた。
想像していた力を、はるかに超えている。今、初めて“理解してしまった”という感覚が、胸に重く沈む。
「……兄ぃ」
六左は足を止めた。
又兵衛に背を向けたまま、ぽつりと口を開く。
「俺らぁ……ひょっとすると、昔どこかで会っとるかもしれんなぁ」
唐突な言葉に、又兵衛は首を傾げた。
「いきなり何の話じゃ?」
「兄ぃは、黒田の後藤又兵衛──そうじゃろ?」
六左の声音には、確信があった。
雷振筒によって先手衆を皆殺しにされた将。そこから生き残った者は、そう多くない。
六左は記憶の底を掘り返す。
確かに、会っている。名も顔も、すべて思い出した。
「それが、どうした」
「もう十五年も昔じゃ。豊前長岩の退き戦……兄ぃが後藤又兵衛なら、儂は轡を並べとった」
その瞬間、又兵衛ははっとしたように手を打った。
「……六左! お主、水野六左衛門であったか! なるほど……言われてみれば、面影があるわ」
「まさか覚えとるとはな。あの時は互いに面頬をしておったし、俺ぁさっさと黒田を退いてしもうたからな」
「そういえば……なぜ黒田を退いた?」
「如水様に不満はなかったんじゃが……」
それだけで、又兵衛には察しがついた。
如水の子、黒田長政と水野六左衛門が、海路大坂へ向かう船上で揉めたという噂。
そして六左が、寄港地の備前鞆の浦で姿を消したことも。
「……それは災難じゃったな。吉兵衛(長政)は、どうにも人使いが下手な男でな」
「兄ぃは、よう辛抱できたもんじゃ」
「童の頃から見てきたからな。それに、腐っても如水様の息子じゃ……が……くくっ」
「何が可笑しい?」
「いやな……それでも最期は『阿呆』と言って手切れてしもうた。今生で会うこともあるまいが、如水様には申し訳ないことをしたと思うとる」
「『阿呆』とは……兄ぃも、よう言ってくれた」
二人は、堰を切ったように笑った。
腹の底からの笑い声が、春の風に乗り、関ヶ原の野へと溶けていく。
それは、どこか──この地で死んでいった黒田の将兵たちへの、ささやかな手向けのようにも思えた。
「やはり今日は、よい日じゃな兄ぃ。互いの素性も知れた。加納の宿で、大いに飲もうぞ」
「そうだな……死んだ連中の供養にもなる」
二人は再び歩き出す。
街道の先に、加納宿が待っている。
こうして彼らは、夕暮れ迫る空の下、連れ立って関ヶ原を後にした。
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