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Last rewrite  作者: 蒼了一


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関ヶ原[2]

「終わった戦のことなんざァ、忘れちまうのが利口ってもんだぜ、兄ぃ」


 又兵衛の少し前を歩きながら、六左は振り向きもせずに言った。春の道を踏みしめる足取りは軽く、その声音にも屈託がない。


「……そんな簡単に忘れられるものかよ。お前は関ヶ原を知らんのだ」


「そりゃ知らねえよ。俺ぁ、あん時は大垣城を囲んでいたからな」


 その一言に、又兵衛は思わず足を止めた。


 言葉が、喉の奥で凍りつく。


 まさか──この男も、あの戦の只中にいたとは。


 軽口の裏に、同じ血と硝煙をくぐった者の影があるとは、露ほども思っていなかった。


 関ヶ原の戦いが起こった九月十五日未明。


 大垣城には六千六百の守備兵が残され、城に集っていた三万三千二百の兵は、関ヶ原へと進発していた。城は敵中に取り残される形となったが、西方二里、南宮山には一万四千九百の味方が布陣している。撤退時の受け皿として、また敵の兵力を分断する拠点として、大垣城はなお戦略的価値を失ってはいなかった。


 そして、関ヶ原で火蓋が切られるのとほぼ同時に、大垣城にも攻撃が加えられた。


 攻城軍は一万三千六百。三の丸を巡る激しい攻防の末、城は陥落寸前にまで追い込まれる。だが、関ヶ原で総崩れとなった東軍が大垣周辺へと雪崩れ込み、それに引きずられるように攻城軍も潰走した。


 戦は、一瞬で潮目を変えた。


 勝利した西軍は約五万を大垣城に集結させ、ここを拠点に美濃各地を制圧していく。やがて散在していた西軍諸隊が集まり、その数は十二万に膨れ上がった。


 清洲城を陥とし、そこから東軍方の諸大名へ降伏勧告を送り、次々と帰順させて行く。


 六左もまた、その渦中にいたのだ。


 関ヶ原と同じ日、同じ戦の延長線で、苦杯を喫していた。


「……そうか。それは知らなんだ。さぞ、無念であったろう」


 又兵衛は、ようやくそう口にした。


「なに、戦は時の運よ」


 六左は歩みを止めず、淡々と続ける。


「死力を尽くして、なお敗れるなら、それは天命だ。次郎三郎(じろうさぶろう)には天運がなかった。それだけさ」


 吐き捨てるような言葉には、悔恨も憤りもなかった。


 そこにあるのは、乾ききった諦観だけだ。


 次郎三郎──徳川家康の仮名。


 その名を口にできる者は、限られた近親者のみである。


 六左の正体は、家康の従兄弟。


 名は水野六左衛門勝成みずのろくざえもんかつなり。父、忠重は、家康の生母、於大の弟であり、年の差こそ二十以上あるが、血の近さは疑いようもない。


 本来なら、徳川の血縁として、何の障りもなく武士の一生を全うしていたはずの男だった。


 だが──この男は、あまりにも奇矯だった。


 常軌を逸するほどに。


 *


 六左の初陣は、十六の夏だった。


 武家の子とはいえ、初めて戦場に立てば、鎧の内で膝が震え、槍を握る手に汗が滲むのが常である。敵の鬨の声に気圧され、前へ進むことすらできずに終わる者も珍しくはない。


 だが、六左は違った。


 陣触れと同時に、まるで獣が檻を破るかのように駆け出し、敵陣の只中へと突っ込んだ。理屈も恐怖も、その瞬間、彼の中には存在しなかった。ただ、斬るべき相手がいる。それだけで十分だった。


 戦が終わった時、六左の前には十五の首級が並んでいた。


 その働きは、戦場を見渡していた織田信長の目に留まり、直々に感状が与えられるほどの凄まじさであった。


 以後、合戦のたびに六左の名は戦功とともに語られ、十代にしてその武名は天下に轟く。


 若き猛将──人々は畏れと羨望をもって、その名を囁いた。


 しかし、その刃は身内に向けられることになる。


 実父、忠重との折り合いは、もとより最悪だった。


 二十の折、ついに勘当。家から追放されるだけでは飽き足らず、忠重は奉公構を出し、六左が他家に仕官する道すら断ち切った。


 実の子でありながら、忠重の怒りは常軌を超えていた。


 それからの六左は、流浪の身となる。


 各地を渡り歩き、蓄えも尽き、ついには物乞い同然の暮らしにまで落ちた。武名だけを身にまといながら、飢えを抱えて夜を越える日々。


 だが、戦の神は、彼を見捨ててはいなかった。


 ひょんな縁から仙石久秀に拾われ、六左は再び戦場へと戻る。


 そこから先は、まさに彗星のごとき遍歴である。


 豊臣秀吉。

 佐々成政。

 黒田孝高。

 小西行長。

 加藤清正。

 立花宗茂。


 主君を次々に変えながら、どの家でも厚遇された。


 勇猛果敢、しかも無類の戦上手。六左ほどの武将は、どの大名にとっても垂涎の的であった。


 だが──長くは留まれない。


 理由は、ただ一つ。


 その性格である。


 ある者は六左を評して「倫魁不羈(りんかいふき)」と言った。


 常軌を逸するほど傑出し、誰にも縛ることができない──称賛であると同時に、警句でもあった。


 人の言を聞かず、軍令を顧みず、抑えの利かぬ危険物。


 戦場では比類なき刃となるが、平時において……いや、戦場でも扱いきれぬ存在。


 どの家でも問題を起こし、居場所を失う。


 そんな放浪の生に、終止符を打ったのが徳川家康だった。


 関ヶ原の戦いが起こる前年。


 家康の仲介によって、六左は父、忠重と和解し、水野家の家督を相続する。三河刈谷三万石──ついに大名の座を得た。


 そして、関ヶ原。


 六左は家康に従軍することを強く望んだ。己の力を、天下の趨勢を決する戦で振るいたかった。


 だが命じられたのは、大垣城の包囲。


 それは、冷静な判断だった。


 軍令を無視し、一騎駆けに走る六左の性格を、家康は誰よりも理解していたからだ。


 制御できぬ剣は、時に味方をも斬る。


 六左という男は、まさにその危うさを宿した存在だった。

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