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Last rewrite  作者: 蒼了一


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2/16

大黒天[2]

「工藤先生、ちょうどいいところに。これ、昨日書いた書籍の注釈なんだけど、ちょっと目を通してもらってもいいかな?」


 城州大学の研究棟、そのやけに長い廊下を歩いていると、背後から不意に声が飛んできた。


 振り返る間もなく、白髪の男が軽い足取りで近づいてくる。山崎教授だ。年齢を感じさせる白髪とは裏腹に、その声には妙に張りがある。


「はあ……いつまでに読めばいいですか?」


 半ば予感しながら尋ねると、教授は少しだけ視線を泳がせた。


「あー、できれば明日中に……遅くとも明後日には担当に送らないといけなくてね」


 拓真は無言で紙束を受け取り、パラパラとめくる。注釈、と言われてはいるが、その分量はどう見ても“ちょっと”の域を超えていた。指先に伝わる紙の重みが、そのまま作業量を物語っている。


「えー……承知しました……なんとか間に合わせます」


 声には、どうしてもわずかな諦観が滲んだ。


 不承不承といった体で書類を受け取ると、山崎教授は心底助かったという顔をして、拓真の腕をポン、と軽く叩いた。


「ひとつよろしく。この仕事が終わったら、大阪でやる歌舞伎を観に行こう。支配人から、いつ来てくれるんだって催促されててね~」


「ああ、はい。わかりました」


 条件反射のように返事をしながら、拓真は内心で小さく溜息をついた。


 断るという選択肢が、最初から存在しないことは分かっている。


 拓真はいま、城州大学に籍を置いている。


 もっとも、学生でもなければ正式な職員でもない。立場としては、山崎教授の助手──それも、かなり融通の利く、曖昧なポジションだった。


 山崎教授は、日本史、なかでも戦国から安土桃山期の研究で知られる人物で、龍仙寺衆に関する著作も数多い。六十を過ぎた今も探究心は衰えるどころか、むしろ加速しているように見え、日々を執筆と研究に捧げていた。


 拓真が最初に発表した論文を、誰よりも早く、そして最も強く評価したのが、この教授だった。


 佐和山歴史資料館の村上主任を介して正式に面識を得ると、話は自然と共同研究へと発展した。


 調査対象は、龍仙寺が実際にどこに存在していたのか──この業界では、長年の難題とされているテーマである。


 当時の主流学説には、佐和山城内説、霊仙山説、賤ヶ岳説などがあり、中には敦賀周辺にあったとする大胆な説まで存在する。いずれの説も研究者たちは実地調査を重ね、自説の裏付けを試みてきたが、決定打となる成果は未だ得られていなかった。


 山崎教授は、その中でも長らく霊仙山説を唱えてきた人物だ。


 当然のように、拓真にも見解を求めた。


 だが、拓真が返した答えは──教授の想定を、はるか斜め上から突き抜けるものだった。


「姉川上流、だって?」


 山崎教授の声には、驚きと疑念がないまぜになっていた。


 長年この問題に取り組んできた研究者として、その地名は意外すぎたのだろう。


「そうです。人目につかない山中で、なおかつ水が豊富な場所です」


 拓真は机に広げた地図の上へ指を伸ばし、静かに続けた。


 自分の声が、妙に落ち着いて聞こえるのを意識する。


「この辺りなら国友村からも近い。七廻り峠を使えば、長浜港から物資を直接運び入れることもできます」


 理屈は整っている。史料とも矛盾しない。


 ──そして何より、拓真は知っていた。龍仙寺が、そこにあったことを。


 山崎教授はなおも半信半疑だったが、最終的には拓真と共に現地調査へ向かった。


 人の気配が途絶えた山中、湿った土の匂いと沢のせせらぎに包まれながら、二人は黙々と地面を探る。


 そして──。


 掘り返した土の中から、錆びついた薬莢が次々と姿を現した。


 それを見つめる教授の顔から、疑念がゆっくりと消えていく。


 拓真は、その横顔を見ながら、胸の奥に小さな波が立つのを感じていた。証明されたのは学説だ。だが同時に、自分自身の「過去」でもある。


 発見は瞬く間に報じられた。


 新聞、専門誌、ニュース番組──長年決着のつかなかった龍仙寺の所在地論争は、これをもって終止符が打たれた。現在、跡地には大規模な調査計画が組まれ、数年以内に本格的な発掘調査が行われる予定だという。


 この一件を契機に、山崎教授は拓真を自身の研究室へ招聘した。


 もっとも、その道のりは平坦ではなかった。記憶喪失者で、学歴は高卒資格のみ。経歴も来歴も曖昧な人物を学内に迎え入れることに、大学側が難色を示すのは当然だった。


 だが、最終的に折れたのは大学だった。


 職員でも教員でもないが、「専属研究アシスタント」という、どこか胡散臭い肩書きが与えられ、研究室への所属が正式に認められた。


 山崎教授にとっては、これ以上ない共同研究者を得た形になる。


 一方の拓真にとっても、城州大学が保有する膨大な資料や研究成果に直接アクセスできる権利を手に入れた。まさしく、互いに利のある関係だった。


 ただし、給料は安い。


 その代わり、教授はメディアや研究機関へ積極的に拓真を売り込み、監修や執筆の仕事を次々と紹介してくれた。


 忙しさは増したが、生活は安定した。


 拓真はようやく、この世界に「居場所」を持てたのだと、静かに実感していた。

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