とある画家の話
今日もいつも通りキャンバスに向かって絵を描いている。自室のカーテンの隙間から光が差し込むのが見えた。もう、朝か。パレットと筆を置いて伸びをする。今日もまた徹夜してしまった。蓮歌に徹夜はしょうがないけど極力やめようって話したばっかだったのにな。まあ、いいか。今日ぐらいは。
筆を持って続きを書き始める。いつもかけている目覚ましが鳴って現実に戻った。もう6時か。学校に行く準備をしなくては。
洗面所に行き絵の具で汚れた手を洗う。鏡に映った自分の顔を見る。最後に寝たのが多分4日前なだけあってか隈がよくわかる。蓮歌にもバレるだろうな。しょうがないか。
「おはよう、時」
「おはよ」
リビングに置かれた朝食を食べようとすると母親が言った。
「今日もまた徹夜したの?」
「うん、まあそんなとこ」
なんで気づかれたんだ?俺何も言ってないぞ。顔色見ればわかるか。
眠い足取りで学校に向かう。あくびをしながら歩いていると後ろから声をかけられた。
「時ー!おはよっ!」
「うん、おはよ。久登」
「時はまた徹夜?」
「えっ?うん、そんなとこ」
「最後に寝たのいつ?」
「一昨日だっけ?」
「忘れてるのやばいじゃん、普通に」
「久登は寝たの?」
「僕は寝てるよ。一昨日はゲームしてたら朝になってたけど」
「人のこと言えないじゃん」
別のクラスの久登と別れ教室に入って席に座るとものすごい眠気に襲われた。まずい、今までの徹夜の分が今くるか。1限までならいいか。
「ーーき!時!おい!起きろ!」
目をゆっくり開ける。まずい、どのくらい寝てた?
「次移動!実習室行くぞ!」
教室内を見渡すと俺たち以外の人がほとんどいなくなっていた。
「やばい!!急げ祐樹!!」
「あっ、ちょっと!?」
教科書を持って急いで教室に向かう。席に座った瞬間にチャイムが鳴り少しホッとした。
1日が終わり、いつもの場所で蓮歌が来るのを待つ。少し湿った風が吹く。もうすぐ春が終わる。周りは一気に受験モードだ。俺だって、頑張らないと。蓮歌との約束もあるし。
「ごめん!お待たせ」蓮歌が慌ただしく走ってきた。
「そんな待ってないから大丈夫。行こっか」
「うん!」
俺たちが小学生の頃から通っている絵画教室。たくさんの思い出が詰まった場所だ。
「時!また徹夜したでしょー!!あっ、目線逸らした」
「徹夜はしたけど蓮歌はどうなの?」
「私、昨日ちゃんと寝たよ?それに、話したばっかだったでしょう?徹夜は控えるって先生と」
「そうだけど、勝手に朝になってたから」
「それはわからなくもないけどーー。ともかく!今日は寝ること!絶対!約束!!」
そう言って蓮歌は小指を差し出した。
「わかった。約束」2人で入り口の前で指切りをした。
「こんにちは!」
「こんにちは」
挨拶をしながらドアを開けると先生がこちらを見てニカっと笑った。
「こんにちは」
教室にはまだ5時だということもあってか、小学生もちらほら見える。荷物を置いて制服が汚れないようにエプロンを着る。昨日ここで描いたキャンバスを持ってきてイーゼルの上に置く。さて、今日も始めますか。鉛筆を出して下書きを描いていく。俺が描くのは雰囲気重視の絵だ。自分の思い描いたものを気ままに描いている。一方、斜め前ぐらいにいる蓮歌は風景よくを描いている。彼女の描く空はすごく綺麗で実際にそこに存在しているかのように思えてくる。
「時も昨日の続きかい?」
「はい、下書きが納得いかなくて」
先生が自分の書いた線をまじまじと見ている。
「んー、そうだね。これはここ固定かい?」
「そうですね。ここじゃなくてもいいと思うけど、今回はこいつが主役にしたいので」
「そうだねー。他は何か決まってる?」
「いや、今のところは決まってないです」
「時の絵は雰囲気あるからここに小さな世界を作ってみたりとか、いいんじゃないかな」
「はい、もう少し考えてみます」
「先生ー、ちょっと来て」
「はいはい、いい加減敬語を覚えなさい」中学生ぐらいの子の方へ向かって行った。
描き続けていると時間があっという間に過ぎていき、何時間も経っていた。
「ほら、もう帰れよ。お前ら」
先生にそう言われ筆を置く。あたりを見渡すともう俺と蓮歌しか残っていなかった。
「あんまり遅くなると親御さん心配するぞ?」
「そうですね。時、今日はもう終わりにしよ」
「だね」大きく伸びをした。
片付けをして教室を出て歩いて家まで帰る。俺らの家は近所だから方向は一緒だ。
「今何時?」
「今?」スマホを開くと蓮歌が覗き込んできた。
「えっ、もうこんな時間!?やばい、お母さんに怒られる」
「大丈夫だと思うけどな」
「時のお母さんは優しいからそんなことが言えるんだよ〜」
「優しいのかな?あれは」
「私からしたら優しいと思うけど」
「優しいというか放って置かれてる感じがするんだよな」
「確かに、そんな感じはするけどーー。でも、自分の子供は心配でしょ!やっぱり」
「そうか」
それぞれ自宅に帰った。今日もまた夜遅くまで描くことになるのだろう。
「ただいまー」そう言って入ると兄とすれ違った。
あまりにも合わなさすぎて二度見をしてしまった。
「そんなに綺麗な二度見があるか」
「いや、いつ帰ってきてたの」
「一昨日だぞ」
「まじか」
「お前、集中しすぎだぞ?集中するのはいいことだけど、ほどほどにしないと死ぬぞ」
「しょうがないよ、受験だもん。夢、追っかけてるから。兄ちゃんより本気で」
そう言い自室のドアを閉めた。今日も描かないと。1日でもサボって感覚が思考がなまらないようにしないと。
それから何ヶ月が経って夏になった。夏休みももうすぐだ。
今日は美術部の活動がなかったので久々に美術室で描いている。やっぱここは絵を描くのに向いている。水場も近いし紙はあるし絵の具とかパレットとか筆とかも全部揃っている。さすがは美術室と言ったところだ。
蒸し暑い教室の中で虚しく動いている扇風機はこちらに一切冷気を持って来ない。夏に限って涼しげな絵を描きたくなるのはなぜなのか。時折、不思議に思うことがある。
3年の夏。高校最後の夏だ。みんな受験に必死だ。俺だってそうだ。こうして今日も絵を描いている。
ふと、胸あたりに激痛が走った。息が詰まっていく感覚がする。呼吸しているはずなのに、呼吸ができない。持っていた筆とパレットが音を立てて床に落ちた。倒れ込んで痛む胸と首を軽く抑えた。
苦しい、苦しい。息が、できない。前まで、こんなことはなかったのに。少し痛かったり息苦しくなる程度だったのにーー。
だめだ。描かなきゃ、描かないと。こんなんでくたばってたらこの先、どうなるんだよっ。
震えている手でなんとか落ちた筆を拾おうとするが、うまいこと力が入らない。息苦しさや痛みは増していくばかりで治る気配はない。誰かーー。なんて思っても誰も来ないだろう。もうしばらくしたら治るはずだ。そうしたらまた描かないと。この絵は、提出するものなんだから。
ドアが開く音が聞こえた気がした。知っている声がする。この声はきっと祐樹だ。
しばらくして、周りの音がはっきりと聞こえるようになると次第に視界も息苦しさも元に戻っていった。
まだ若干過呼吸の俺の背中を摩る友人は少し怒ったような表情で言う。
「本気で心配したんだからね!?時の靴あったから美術室覗いてみたらキャンバスの前で時が倒れ込んで苦しそうにしてたから」
無言のまま頷くと、祐樹は続ける。
「水分ちゃんと取ってた?」
「一応は、ちゃんと取ってた」
「ーー前からああなってたりしたの?」
「ん〜、まあそんなとこ。でも、今日みたいなほどじゃないけどね」
「病院とか言ったほうがいいんじゃない?」
「いや、いいよ。いつもちゃんと治るし。病院行くぐらいならもっと描かないといけないから」
立ち上がって床に置いてある筆とパレットを拾う。空が赤く染まっている。帰らないと。
片付けを始めると祐樹が口を開いた。
「俺は、時が美大行くの応援してる。頑張ってるのも知ってるからちゃんと応援したい。でも、頑張りすぎて自分の首締めてたら、俺ーー」
祐樹は必死に言葉を探している。俺は手を止めて友人を見て言った。
「大丈夫、そんなことはしないから。夢を追っかけるためには多少の犠牲はつきものだし」
「でもっ」
「よくある話らしいんだ。美大を目指してる人の中にもこうなる人は少なくないって。絵画教室の先生が言ってた。事実かどうかは曖昧だけど。ほら、早く帰んないと先生に怒られる」
巡回しにきた教師が俺らを見つけて「まだ居たのか、早く帰れ!」と俺らをせかして学校から追い出した。
まだ納得してなさそうな祐樹と別れ、自宅に向かう。大丈夫とは言ったものの、正直今回はやばかった。下手したら死んでたかもしれない。死ぬまでは行かなくとも、気を失ってた可能性はある。そう思うと少し怖くなった。蓮歌にはこのこと絶対に言えないな。
そこから毎日のように絵を描いた。授業と登下校以外の時間は全部絵に時間を注ぎ込んだ。試験の練習とか課題とかを家でも教室でも。学校にいる時間は授業合間の時間は睡眠時間になっている。蓮歌もきっと同じだ。蓮歌の家はそこまで裕福とは言えない。だから俺以上に頑張っている。今回の試験が落ちれば、大学にも行かせてもらえないらしい。俺も、反対されていたがなんとか納得してもらい試験を受けさせてもらえた。最初で最後の挑戦。この一回に全てを注ぎ込まなくてはならない。
胸あたりに痛みが走り上手く手に力が入らなくて鉛筆を床に落とした。芯は先端が少し折れただけだったのでそのまま過呼吸のまま描き続けた。
「ーーき。ーー時!!」
先生の声で現実に戻る。
「なっなんですか」
「もう帰る時間だ。あと、今日はもう帰ったら絵を描くな」
「えっ、でも」
「だめだ。蓮歌もだ!」
「私はーー」
「口答えをしない!いいから帰ってさっさと寝る!いいな」
久々に見た先生の怒った顔に少し怖気付いた。
「はい」
「わかりました」
後片付けをして家に帰る。帰る時は珍しく無言だった。
次の日、ちゃんと寝てから学校に向かう。授業中も眠くはあったがいつもよりかはマシだった。
昼休み、6人でいつも通りご飯を食べ教室に帰ろうとすると久登に呼び止められた。
「時、最近やけに無理してない?」
「え?」
「前よりもすごい顔色悪くなったし、それにーー」
「それに?」
「時の鼓動、変な音がする」
「何言ってんだよ。変な音って」
「なんか、なんだろうな。普通の人間じゃない音がする。グチャっグチャって」
久登はたまにこういう変なことを言う。でも今日のこいつの表情はいつにも増して真剣だった。
「大丈夫だかーー」
「大丈夫じゃない人の音がするんだもん!重い病気の人と同じ音がするんだもん!!」
久登は俺に詰め寄って話を続ける。
「僕、人の体調不良とか何か異変があったらすぐにわかるタイプの人間だから。しかも当たる確率結構高いし」
「そんな、占いみたいな言い方されても」
「ともかく!ちゃんと休んで。時の場合はちゃんと休めば治るはずだから」
「わかったから離れてくれない?暑苦しい」
授業が終わり、帰路に着く。あんなことを久登には言ったものの、はなから休むつもりなんて一ミリもない。俺は人生を賭けてるんだ。最初で最後のこの挑戦を。
食事も学校で食べる昼食以外まともに取っていない。睡眠は昨日とったからあと一週間は大丈夫だろう。
早く帰って描かないと。そんなことを思うといつものように苦しくなる。なんとか耐えながら家に着いた。
自室に入ると荷物を置いて私服に着替えて直ぐに描き始める。誰がなんと言おうと関係ない。俺は、約束したんだ。蓮歌と。一緒に画家になるって。彼女も本気だ。だから、俺だけ手を抜くなんてありえない。
睡眠や食事を削ってまでして絵を描いていた。そんな日々が続いていたからか体育の授業の時に頭がくらついて倒れた。
気づいたら保健室のベッドの上で体操服のまま寝転がっている。
あれ?俺はーー。しばらくぼーっとした後に現状に気づいた。まずい、先生にも蓮歌にも怒られるな。まって、今何時!
そう思い急いでベッドから出ようとするとカーテンが開いて先生が入ってきた。
「あら?おはよう」
「おはよう…ございます?」
ベッドから降りようとしている俺を見て先生が言った。
「まだゆっくりしてなさい」
「でも授業出ないと」
「いいの、担任の先生に伝えてあるし。同じクラスの子だって知っているでしょう?」
「はい。わかりました」
陰キャ風情の俺がわざわざ伝えられてるのか?でも祐樹が言ってくれてそうだな。
「それと、あなたすっごい気持ちよさそうに寝てたわよ?昨日はちゃんと寝た?」
「!?」
「寝てたならいいんだけど」
「ーーまあ、昨日はちょっと寝るのが遅くて」
「それにしては顔色がかなり悪いわよ。鏡で自分の姿見てる?」
「毎日朝に一応」
「そう」少し心配そうな顔をした後言う。「もう少し寝てなさい。次起きた時に教室に返してあげるから」
「わかりました」
先生がもう一度カーテンを閉めた。ベッドに倒れ込み何もない天井を見つめる。こればっかは蓮歌に言えないな。そんなことを思っていると次第に眠くなった。
祐樹の声で目が覚めた。先生が起こそうとしても全く起きなかったらしい。久々だ、こんなに寝たのは。いつぶりかすら思い出せない。
制服に着替えて祐樹と共に教室に戻る。いろいろ言われたが俺は手を抜くつもりなんてない。きっと祐樹のことだからそれはわかっているだろう。
学校が終わり家に帰るといつものように部屋に篭って描き始める。自分の部屋は今まで描いた絵や真っ白なキャンバスが並んでいて狭い。でもそんなこと関係ない。描けるスペースさえあればいいのだ。それ以外はいらない。
月日が流れ受験も終わった後日。今日は合格発表の日だ。俺は蓮歌と一緒に見に来た。なぜかここはインターネットを使わずに現地で発表だった。家から少し距離があるから見に来るのも時間がかかるから一苦労だ。
「やばい、朝から落ち着かない」駅のホームで隣でソワソワしている蓮歌に言う。
「できることはやったから大丈夫だって」
「どうしよ、落ちてたら」
「大丈夫だって!蓮歌すっごい頑張ってたんだから。途中にいろいろあったけどさ。でも、一緒に受かる。でしょ?」
俺の言葉を聞いて安心したのか彼女がフワッと笑った。
「そうだね。時の言うとおりだね!」
言葉ではそう言ったが正直俺も不安だ。きっと彼女だって不安だ。それは俺たち一緒のはずだ。大丈夫。きっと、努力は報われる。
大学の前に出されている看板の周りにはたくさんの人が集まっている。受験票を握りしめて自分の番号を探す。
俺の番号はーー。看板と睨めっこをしながら探す。
「!!」
あった。俺の受験票と同じ数字。本当かどうかを受験票と看板を交互に見ながら確かめる。同じだ。よしっ。小さくガッツポーズをした。
そのテンションのまま蓮歌を少し離れた場所にいる見る。彼女の表情を見てそのテンションは一気に下がっていった。
絶望したような悔しそうな悲しそうな顔だった。そんな顔を見て俺は察した。彼女は受験に落ちてしまったんだ。蓮歌の方へ向かう。小刻みに震えている彼女を優しく抱きしめた。
「帰ろ、時」震えた泣きそうな声に俺は小さな声で答えた。
「うん。帰ろっか」
電車を乗り継ぎ最寄駅を出て人気がなくなった道で蓮歌が口を開いた。
「合格おめでと、時」
「えっ」
「言わなくてもわかる。私たち小学生の頃からずっと一緒にいるんだよ?それくらいわかるよ」
「そっか。わかってたか」
「うん、私に気をつかわないで素直に喜べばよかったのに」彼女は吐き捨てたように言った。
「ごめん、俺だけってのがどうしても申し訳なくて」
「いいの!私は負けたから。戦争に負けたの」
「そんなこと」
「ないってことはない。だってさ、事実だもん。ーーそれと、ごめんね。時。あの時私が「一緒に画家になろ」なんて言ったから振り回して人生壊しかけて」涙を浮かべながら彼女は言う。
「俺は、この道を目指してよかったと思う。最初こそは蓮歌に言われたからだったけど、中学あたりから描くのも楽しかったから。俺も本気で目指してた。だから、謝っちゃダメ」
「ーー時ってずっと優しいよね。時がそうだから甘えたくなるし弱音だって吐きたくなる。だから、ありがと時。一緒にいてくれて」
夕日のせいか彼女が今まで以上に輝いているように見えた。
「俺こそ、ありがとう。蓮歌」
「それと私、専門学校行くことにする。美大に行かなくたって画家になれるって先生言ってたから。だから一緒に画家になろ!」俺に向かってまっすぐ手を伸ばす。
「うん、一緒に!」
俺は何があっても真直ぐでいる蓮歌のことが好きだよ。なぜか口からそんな言葉が出なくて飲み込んだ。
人生の終わりはある日突然やってくる。だから後悔ないように毎日を生きる。ーーなんて誰かが言っていたような気がする。
人生の終わりは驚くほど唐突にやってくる。あの日、泣きながら笑っていた彼女は、高校を卒業してからしばらくして交通事故で亡くなった。
彼女が亡くなる前日の夜。俺は話していた。明後日はどこ行こうかとか話していたのに。
俺もせっかくだからと彼女の両親に言われ彼女のお葬式に顔を出した。みんな泣いていた。「いい子だったのに」とか「まだこれからなのに」とか言っていた。
俺はそんなことを聞きながら1人で歩いて家に帰った。あの時と同じ夕焼け。彼女は今どこにいるのだろうか。好きって言えなかったな。ずっと、小学生の頃からずっと好きだったって。蓮歌の前向きなところもたまに弱音を吐いて泣いているところも笑ってる笑顔も怒ってる顔も全部ーー大好きだって。
人生に後悔はつきものだ。そんなことも誰かが言っていたような気がする。
「時先生。お客様です」
アトリエの人にそう言われてパレットと筆を置く。
「通してくれ」
ドアを開けて入ってきたのは友人たちだった。
「なんだ、お前らか」
「なんだってなんだよ。いいだろ俺たちでも」陸がそういう。
「僕初めてきたよ、時のアトリエ」物珍しそうに辺りを見渡しながら久登言う。
「で、今日は何しに来たんだ?」
「全員暇だったから遊びに来た」
「全員暇って。よく全員予定空いてたな」
「奇跡にも程があるって思ってるよ俺らも」祐樹が微笑む。
「また同じ人の絵描いてんの?」良平が描き途中の絵を見て言う。
「またってなんだよ。いいだろ?好きな人なんだからさ」
雑談が始まる。いつもみたいに終わりが見えない会話だ。
画家になってから仕事が増えた。息抜きとして彼女を思い出すように彼女と彼女が大好きだった空を一緒に描いている。彼女ほど綺麗で鮮明で実際にあるように思える景色はまだ描けないけど。
あの時の記憶は忘れない。あの時、彼女がどんな気持ちだったかなんて俺には死んでも理解できないだろう。
だからこそ俺は彼女が、俺が愛したものを描き続ける。だってそれが俺たちの目指した『画家』なのだから。