真実の愛、売ってます。
どっかの怪しい老魔女の魔法薬品店で働いている見習いの子爵令嬢のお話です。
※主人公には転生男爵令嬢の使う外来語・和製英語・乙女ゲーム的用語が理解できないことを強調するため、無理やり漢字に置き換えていますが、誤変換ではありません。
※医薬品の取り扱いや成人への販売など、この世界はこうなんだと、ふわっと流してください。
「ねぇ、ちょっとここってラブポーション『真実の愛』を売ってる店よね?」
「はい。取り扱ってはおりますが……、あの、失礼ですが、お客様がお求めで?」
「そうだけど、何!? なんか文句あんの?」
そりゃ確かにありますけどね……。どんなものか理解して言ってます?
媚薬か惚れ薬と勘違いしてませんか?
なんて言葉をグッと押さえた。
まさか同じ魔法学園に通ってる、ある意味有名な男爵令嬢が来るだなんて思ってなかったなぁ。
わたし、この人苦手なんだよね……。
学園生もたまに来店するけど、真実の愛を求めて来た人はさすがに初めてだ。
「……少々事情をお伺いしてもよろしいですか?」
子爵家の娘でもあるわたしは放課後に魔法薬品店で働いている。
母方の実家の伯爵家の経営してる店舗の一つで、隠居した祖母を中心に営むわりと特殊な部類の店だ。 魔法薬師が顧客に合わせた薬を調合したり特殊な施術を行ったりするのが主な店で、見習いのわたしは受付と調合済の魔法薬の販売をしている。
元王宮魔法薬師筆頭のおばあや若手実力派の従兄弟が往診や配達に出ている時は、一人で店番を任されるまでになった。取り扱い注意なものも多いからきちんと対応しないと。早く見習いを卒業したいし、これも勉強。どんなお客様でも、ちゃんとした接客が出来るよう頑張ろう!
要望を伺うには喉を湿らせて寛いでいただいてと、良い接客には話しやすい雰囲気作りが重要だからね。
◇◇
『真実の愛』を主題にした舞台が今王都で、大人気絶賛長期公演中だ。
巡礼の旅に出た子宝に恵まれぬ夫婦が、授かった果実を分け合って食べたことで赤子を授かるという夫婦和合を称える話。
美しい姫に焦がれた見習い騎士が、数多の試練を乗り越えやがて救国の英雄となったことで、婚姻を許されるという努力と立身出世を称える話。
愛に関する説話は昔からあるけど、話題の舞台はその二つを由来にした物語。
とある国の王には娘が一人。
我が娘に相応しい婿を、真に国を思い姫を心から慈しむこの世で一番優れた男をと望む王の願いに、陰険な魔法使いが歪な形で応えてしまった。
それは姫は必ず運命の相手と結ばれるという祝福であり、運命の相手としか子をなすことが出来ないという呪いでもあった。
国の血統を繋ぐには、姫が胸元に付けた林檎型の宝石の首飾りを、真っ赤に染めるような真実の愛と出会うしかない。
秀麗な貴公子を集めた夜会を開いても運命に出会えなかった姫は愛を求め彷徨う、その先で出会った本当の真実の愛とは?……という筋書きだ。
男漁りする王女様なんて荒唐無稽な話だけど、とにかく華やかで見応えがある舞台なのだ。
若者の多くは、恋や流行に関心を持つもの。
舞台の影響で『真実の愛』という文句を取り入れるのも流行りだした。
求婚の言葉に「君に真実の愛を捧げる」なんて使ってみたり、恋文に「あなたに真実の愛を込めて」なんて結びの文句にしたり。この辺りは定番だ。
商人だってそんな流行りを意識した商品を開発する。
『真実の愛を叶える』を主題にした化粧品。
恋文に使う『真実の愛を伝える』染料。
現実の欲ならぬ、『泡沫の夢』やら『本気の恋』なんて香水も人気だ。
夜会で大人の合図を送り合うのに最適らしい。
真実の愛は一大流行となったのである。
さて光ある所に闇もまたあり、有象無象が集えば、何かしら問題は起きる訳で。
流行りの言葉を、言い訳にする不誠実な連中の存在も話題になった。
真実の愛の相手じゃなかったから仕方がないと恋人がいながら浮気をする者や、家同士の婚約を破棄をする者まで出現してしまったのだ。
お姫様になぞらえてか『真実を探している旅の途中だ』と奔放な振る舞いをする者に『真実の愛じゃ無いから大丈夫』なんて避妊を怠るお馬鹿さんまで出現する始末……。
男爵令嬢もたぶん、そんな悪い解釈をしちゃった方の一人で。
なんと在学中の第二王子殿下やその御付きの方々に付きまとっているんだよね。
殿下は既に友好国の姫君との縁談が持ち上がっていて、国家間でアレコレ調整中らしい。
内々の話でもこの程度の情報は貴族子女なら把握していて当然。
慎重な時期の王族に絡むなんて命知らずにも程がある。不敬以上に国家反逆罪に問われても仕方がないのでは?
こんな人が来店したら、身構えてしまうものだ。
真実の愛下さいなんて言われても。
うちは真っ当な魔法薬品屋。創作物にあるような怪しい媚薬や催淫剤なんて売ってるわけがない。
◇◇
「えっと……、わたしが『お助け伽羅』のくせに使えない? ちゃんと仕事をしろとおっしゃる?」
「そうよ、あんたお助けキャラでしょう?この役立たずっ!!」
お助け伽羅。役立たず。
樹⽊の傷を修復するために分泌された樹液が凝固して出来る樹脂が、長い時間をかけ熟成されることで特有の薫りを放つようになったものを沈香と呼ぶ。その中でも最上級と認められたものこそが伽羅。
我が国で最上の名に相応しい伝統と格式ある我が魔法薬師一門つまり『伽羅』の中で、わたし如きは見習いの『お助け』、そして『役立たず』ということでよろしいか?
なるほど。ほほぉ、なるほどねぇ。
男爵令嬢様は俗語と自分語があまりに多くて、一体当店に何をお求めに参られたのか、非常に理解に苦しむのですが、大変失礼な方ということだけは、よーく分かりましたとも。
「……まとめますと、お客様は、ここは恋愛趣味練習の、乙女芸夢の世界で、生面の膏薬大将たちの高感度を上げて、逆覇愛円筒を目指していると。そのためお助け伽羅のわたしの助力を得たいということでよろしいでしょうか?」
うん、何言ってるんだが、全くもって理解できないね。
乙女の芸術的な夢?
恋愛趣味を練習する?
逆覇愛の円筒?
それにしてもこの人、礼儀作法がなってないな。
茶器の持ち手に指を通すして反対側の手まで添えているのを知識不足として見逃がすにしても、ズルズル音を立てて飲んで茶菓子の滓を飛ばしてひじ掛けで指を拭うなんてあり得ないよ。布巾だってあるのに。
本当に無礼な人だ。礼儀を知らないのではなく、持ち合わせていないのだろう。
あるいは、わたしという店員の前ならどんな振る舞いも許されると思っているのだろう。
こんな態度の人に、助力なんてしたくはない。
「そうよ、この店には第二王子や宰相子息、騎士団長の次男、魔法使いの弟子、近衛騎士、若手魔法薬師が出入りしてるって知ってるんだからね。何か使える情報を寄こしなさいよ! 学園でも会えるけど、なんだか上手くいかないのよ。全然フラグが立たなくって」
「今あげられた方々が膏薬大将。……申し訳ありませんが、当店では他のお客様の個人的な情報は一切明かせません」
むしろどーして把握してるんですかね?
湿布薬、水虫薬、育毛剤、陰部のお薬などなど、膏薬型の薬をお求めになった顧客のことを。
従兄弟殿が漏らすなんてことは、絶対にあり得ないし。
あぁ、一部の商品は透けないように紙袋でお渡しているから。
他の商品は魔物由来樹脂の半透明の袋だし、逆に目立つのかな。
もしかして店の出入りを監視していたりして……。
使える情報って、弱みを握って脅そうって言うの?
うわぁ、なんだか怖いなぁ。嫌だな、帰って欲しいなぁ。
「いいわ。それなら好感度がすぐに上がるプレゼント用の真実の愛を出しなさいよ!」
「あの、念のため確認させて頂きますが……、惚れ薬か何かと勘違いされてます?」
「違うの?」
「違いますよ」
「でも好感度が上がってわたしにメロメロになるはずなんだってば。何でもいいから早く用意して」
例の贈答品を喜ぶ殿方は多いだろうけど。
彼らの場合はさすがにどうかな……。
だって王族と上位貴族だよ?
渡そうと試みるだけでも、怒られると思うけど……。
それにしても『真実の愛』かあ。
しかもあの詰め合わせの。うーん、なんとも大胆な愛の狩人。
命知らずの冒険野郎ってところかね。
うちで扱っている『真実の愛』という名の商品は三種類ある。
一つ目の『真実の愛~二人の絆~』は子宝に結ばれ易くなる薬で、夫婦ものにしか売れないことになっている。
二つ目の男性向けの商品だ。『真実の愛~男の底力~』分かりやすく言うと、活力が出て元気になるお薬ね。
ただこの薬、飲み薬なんだ……。うちのおばあの薬の効き目は王国一の特級品だけど、マズさも王国一でね。すっごく効果があって元気になるけど飲むのが本当に大変で、確実に接吻が嫌がられるという副作用もあるらしい。
毎回文句を言われるけど再購入していくお客さんは多いんだよね……。
コッソリ盛ろうとしても確実にばれるだろうから、大事には至らないだろうけど。
これを女の子から貰ったら、いわゆるお誘いだと思われるよね……。
渡すだけで相手が自分のことを好きになって特別な関係になれる贈物?
いやいや、簡単に致せる相手という意味でならそうかもしれないね。
三つ目は、そんなお薬を含めたとってもお得な詰め合わせ。
あまりにもマズすぎて盛り下がるじゃないかどうにかしろという要望にお応えして、おばあは激マズでも情熱が枯れないように、とにかく盛り上がるものがたくさん詰まったお楽しみ袋の販売を始めた。
毎年聖夜祭に合わせて中身が切り変わるので一部の好事家の間では好評なのだ。
『真実の愛~快楽への旅路~』
今回のは舞台を記念した特別版。
円筒の缶には、ギッシリと浪漫が詰まっている大人の玩具の缶詰らしい。……中身は秘密だよ。
学園を卒業するまではダメって、わたしも教えて貰ってないからね。
こういう大人向けの商品は、お酒や煙草と違って年齢確認はしないから学園生でも買えちゃうんだけど、まさか男爵令嬢が制服で堂々の御来店とはね。
本屋さんで放課後に働いている友達も、艶本を買いに来た学園生に遭遇して気まずかったって言ってたけど、こういう時って本当に気まずいね。
見逃がしてあげる優しさもあるけど、止めてあげる優しさというものもあると思う。
だけど、この人は客として、もてなすに値しない人。
わたしは客にお礼を言われなくても気にしないが、唾を吐き掛けられたくはない。
いちいち暴言や威圧的な態度を取られたくないし、正当な理由のない過度な要求は不快だ。
『使えないお助け伽羅』のわたしは、あなたを救うことはない。
余計な事には目をつむって、お求めの商品を販売させて頂くとしましょうか……。
◇◇◇
男爵令嬢は案の定『殿下ぁ、これあたしの気持ちです。受け取って下さい』ってやったそうな。
その場で護衛がすぐに拘束して、校長室に連行。
夫婦や恋人でもない、よく知らない相手が渡すには、非常識な贈り物だよね。
事前に学園にはおかしな様子の生徒が来店したと話をあげていた。
その後事情を聞きに来た王室警備にも、殿下や複数の殿方の弱みを教えろ、関係を結べるよう手助けしろと脅された上、同様の商品を多数持ち出していった不審者だと説明。
表向きは学園内の風紀を乱したことによる退学だけど、興味のある分野の仕事を紹介されるみたい。よかったね。満たされた日々を送れそうで。
売ってはいないんですがね……。惚れ薬や媚薬。
高感度、高感度うるさかったので、感度三千倍の超強力な媚薬を作ってみたんだ。もちろん膏薬だよ。
うちは王室警備の裏方とも繋がりがあるので、お試しいただけるそうだ。
新薬の開発に研究は欠かせないからね。痛みも快楽に変わるはずだから日常生活にどんな影響が出るかきちんと記録に残しておかないと。
医療の発展の助けになれて良かったね。
なんでもいいからと言ったからには、こうなっても仕方がないよね。
それとこれはただの私怨なんだけど……、魔法使いの弟子のあの彼がいつも膏薬を使ってることを、なぜか把握してたのが、本当に許せなくて。
彼には幼少期魔獣に襲われた時に負った火傷があって……、普段はただの古傷だって笑ってても、毎年季節の変わり目には通ってくるし、たまに悪夢にうなされるって睡眠薬を処方することもあるんだ。それでも討伐する側に回るため、見習い魔法使いとして頑張っているの!
わたしなんかただの同級生の薬屋店員だろうけど……、少しでも力になりたいなって思ってて。
こんな独りよがりな気持ちを、真実の何て言いたくはないけど、林檎に似たカミツレの優しくて甘い、安眠香の香りを嗅ぐと、ちょっとだけ優しい気持ちになれるのは本当だよ。