友達って感じ
【菜乃花目線】
*
スキーしたことある?
マジックできる?
ホームページ見た?(この学校の)
*
彩音先輩は、どうしてこんなことを聞くんだろう?しかも、わざわざ紙に書いて。
顔を上げて彩音先輩を見ると、私と千華ちゃんを見て、にこにこしている。由奈先輩は、少し紙を見た後、またスマートフォンに視線を戻した。
どうして紙に書いてこんなことを聞くんだろう⋯。気づけばさっきと同じことを考えている。堂々巡りだ。
「これ、縦読みですよね」
千華ちゃんがそう言った。
「せいかーい!すごいね、千華ちゃん!」
「ありがとうございます」
あ、縦読みだったのか。
それぞれの行の1番最初の文字だけを読むと⋯。
「スマホ?」
「そう!」
こんなに簡単なものだったのに、文の内容に気をとられて気づけなかった。もっと柔軟な考え方をしないと。
「ねえ、みんなスマホ出して!メッセージアプリのグループ作らない?」
彩音先輩がそう言った。そのために縦読みで『スマホ』になることを紙に書いたのか。
確かに、ミステリー研究部のグループがあれば、何か連絡することがあるときに便利そうだ。
私と千華ちゃんのQRコードが彩音先輩に読み込まれた。由奈先輩とは、既に連絡先を交換しているんだろう。
「はい、グループでーきた!」
彩音先輩から『よろしく!』というスタンプが送られてきた。
《よろしく》
《よろしくお願いします》
《よろしくお願いします!》
由奈先輩、千華ちゃん、私もメッセージを送った。
みんなのアイコンを見てみる。このアプリのアイコンって、結構個性が出ておもしろいんだよね。今まで、お母さんとお父さんときぃちゃんのアイコンしか見たことないけど⋯。
由奈先輩は筆記体で『YUNA』と書かれている。なんか意外とオシャレ。
彩音先輩はにっこり笑っている絵文字。彩音先輩の明るい性格が表れている気がする。
千華ちゃんは真っ白。髪も綺麗な白だし、白が好きなのかな?
ちなみに私は、ブドウのイラスト。ブドウ好きなんだよね〜。
「日野、後木。個人でも繋げていい?」
急に由奈先輩にそんなことを言われて、すごくびっくりした。けど、嬉しいからすぐに返事をした。
「もちろん、いいですよ!」
「私もです」
「ありがと」
私のスマートフォンに、由奈先輩の連絡先が追加された。
「私と菜乃花ちゃんも、繋いでいい?」
「え、うん。もちろん!」
千華ちゃんの連絡先も追加された。
急に友達が増えた気分⋯。嬉しい。
「本当にあのホームページはひどいよね」
そう言ったのは、意外にも由奈先輩だった。
いや、よくスマートフォンを見てるし、ホームページを見ててもおかしくないよね。
「だよね!情報が少なすぎると思う」
「そうですね⋯」
彩音先輩も千華ちゃんも、やっぱり気になってたみたい。
「私も見ました。ほとんどわかんないですよね」
「いや、情報はいいんじゃない?このぐらいしか必要な情報ないよ」
由奈先輩がそう言った。
「え?この学校、薄すぎないですか?」
「うん、薄い」
⋯そんなはっきり言う?
あ、でもそういえば、普通の高校にはあるはずの校訓とか、こういう人間を育てたいとかがない。確かに薄いのかもしれない。⋯大丈夫かな、この高校。
ピーンポーンパーンポーン
あ、放送だ。この高校に来てから初めて聞いた。
『演劇部とアニメ鑑賞部に入っている1年生の財布がなくなりました。水色の財布だそうです。見つけた人は、アニメ鑑賞部の部室、または放送部の部室までお願いします。繰り返します。1年生の財布が──』
財布がなくなったのか⋯。1年生で、今この放送があるってことは、昨日なくなったっぽいよね。登校初日に財布なくすって⋯その子、大変だな。
ピーンポーンパーンポーン
放送が終わってすぐ、彩音先輩が由奈先輩に話しかけた。
「今の、理沙だったね!」
「いや、『だったね』って言われても、私はその人のこと知らないから」
「リサさん?って誰ですか?」
「中林理沙。私の中学の同級生なんだ!放送部だから、さっきみたいな感じで放送してるよ」
「そうなんですね」
彩音先輩と同級生ってことは、理沙さんも先輩か。
「あ!そうだ!事件の放送があったってことは、ミス研に依頼が来てるかもしれないよね?見に行ってくるねー!」
彩音先輩はそう言って、部室から出ていった。
「いや、なくなったとしか言われてないから、事件とは限らないんだけど⋯」
由奈先輩が、呆れたような困ったような感じで呟いたけど、もう彩音先輩には聞こえていない。
気になることがあるから、私は由奈先輩に質問する。
「依頼って、どういう感じで受け取るんですか?」
「あぁ、地下に入る階段の近くに、依頼箱を設置してる。そこに依頼内容と依頼者の名前、所属している部を書いた紙を入れてもらう。それをミス研が確認するって感じ」
「なるほど⋯」
依頼箱なんてあったんだ⋯。全然気づいてなかったな。
【彩音目線】
少しリズミカルな早歩きで階段を登り、依頼箱を開ける。
そこには、紙が1枚入っていた。ウキウキしながら折られていた紙を開くと、そこにはこう書いてあった。
*
A棟の1、2階のトイレ掃除お願いします
*
「はぁ〜」
依頼者の名前も部も書かれていない。
依頼者がわからなければ、報酬をもらえない。タダ働きをすることになる。『どうせ報酬がもらえないなら、やらなくてもバレないんだから、サボろうよ』と由奈に言われたこともあったけど、トイレ掃除はいつか誰かがやらないといけないこと。それをやったら、いつかは、いいことが返ってくるって信じてる。依頼者がわからなくても、絶対に依頼されたことはやる!ミス研を頼ってくれるのは嬉しいし、ボランティアも悪くないしね。⋯電気はつけたいけど。
来たときよりゆっくり階段を降りて、部室に戻った。
【菜乃花目線】
「みんなー、依頼、あったよー!」
彩音先輩が戻ってきて、持っていた紙を机に広げる。
「はい、これ」
その紙には、トイレ掃除の依頼が。
依頼者の名前が書かれていない。書かないといけないはずじゃ⋯?
「うわ、またタダ働き?」
「そう!頑張るよー」
「嫌だ⋯」
由奈先輩がタダ働きだと嫌がっている。
そうか、依頼者がわからないと、お金をもらえないんだ。『また』って言ってたってことは、去年もあったのか⋯。
「あ、あの、A棟っていうのは?」
「えっと、この学校はA棟、B棟、C棟と体育館、会館があるんだ。その全部が渡り廊下で繋がってて、A棟は、正面玄関がある棟⋯つまりここ!」
「そうなんですね、教えてくれてありがとうございます!」
A棟、B棟、C棟と体育館、会館があるのか⋯。そのくらい広くて複雑なら、この高校の校内地図みたいなのがほしいな⋯。ないのかな?
「よし、トイレ掃除行こ!」
「いや、1階と2階のトイレを全部掃除するなら時間がかかる。もう11時だし、ちょっと早いけど先に昼ごはんにしよう」
「おぉ、なるほど。由奈にしてはいい考えだね」
「『由奈にしては』って何?私だっていろいろ考えてるんだけど」
「どうやったらちょっとでも楽できるか、を考えてるんでしょ?」
「そうだけど、それだけじゃないし⋯」
彩音先輩と由奈先輩が言い合いを始めてしまった。喧嘩じゃなくて、仲良しなのが伝わってくる感じ。
「あ〜、もう昼ごはん食べよう!私、食堂行ってくる」
「うん、行ってらっしゃ〜い」
すぐに言い合いが終わり、由奈先輩が部室を出ていった。
私はお弁当を作ってきたけど、食堂っていう選択肢もあるよね⋯。今度、行ってみたいな。
「2人はお弁当?」
「はい」
「作ってきました⋯!」
「じゃあ、おかず交換しない?」
お弁当のおかずを交換⋯。そんなことをするほど仲がいい友達がいなかったから、ちょっと憧れはあった⋯!
「やりたいです!」
「私もやってみたいです」
「よし、じゃあやろう!」
彩音先輩と千華ちゃんがお弁当箱の蓋を開けた。
彩音先輩のはシンプルだけど、作った人の温かさを感じるお弁当だ。
「これ、おばあちゃんが作ってくれたんだよ。おいしそうでしょ〜?」
「はい」
「すごくおいしそうです!」
「千華ちゃんのは⋯うん、いいね!」
「うん、愛を感じる」
千華ちゃんのお弁当は、なんというか⋯。すごく愛を感じるお弁当。本当になんて言ったらいいのかわからないけど、とにかく作った人の愛が溢れ出ている感じがする。
「⋯やっぱりおかず交換やめます」
千華ちゃんは気まずそうにお弁当箱の蓋を閉めた。
「私も食堂に行ってきますね」
「あ、うん、わかった」
あれを食べるのは恥ずかしいっていうのもわかるけど、食べないのも作ってくれた人に申し訳ないような⋯。あれは誰が作ったんだろう⋯?
千華ちゃんが教室から出ていった。1年生なのに先輩に場所を聞かずに食堂に行けるってことは、やっぱり校内地図があるのか。今度コピーさせてもらおうかな。
「菜乃花ちゃんのは、どんな感じ?」
「あ、はい」
私もお弁当箱の蓋を開ける。
「お〜⋯シンプルでいいね!」
「ありがとうございます」
今朝、自分で頑張って作ったお弁当。そのときはすごくうまくいった!って喜んでたけど、彩音先輩のお弁当を見た後だと、すごく下手な感じがする⋯。
「どのおかずを交換する?」
「え、え〜っと⋯じゃあ、卵焼きで」
このおかずの中で1番うまくいったと思う。ちょっと焦げかけたけど。
「じゃあ私も卵焼きにしようかな!はい」
「あ、えっと⋯はい」
彩音先輩が、卵焼きを私のお弁当箱の蓋に乗せてくれた。私も彩音先輩の蓋に乗せたけど、やっぱりあんなのとこの綺麗な卵焼きを交換するのは悪いよな⋯。今からでも交換をキャンセルして、明日はもっとうまく⋯。
「いただきまーす!⋯うん、おいしい!」
あ、私の卵焼きを食べられてしまった。もうキャンセルできない。
私も彩音先輩がくれた卵焼きを食べる。
「おいしい⋯!」
「でしょ!?」
「はい!」
そして自分で作ったものを食べる。うん、これはこれで、おいしい。