ミステリー研究部
【菜乃花目線】
「では!これから、ミステリー研究部、部活動説明を始めます!」
紫髪の人が、とてもはっきりとした元気な声で話している。
「まずは自己紹介から。私はササキアヤネ。よくある『佐々木』に、色彩の『彩』に『音』!よろしくね!」
彩音先輩は、きらきら輝く笑顔で自己紹介をした。
「ほら!次はユナ!」
「え⋯めんどくさい」
「ダメ!ちゃんとやって!」
嫌がりながら、黒髪の人が話し出した。
「はぁ⋯。マツシマユナ。『松』の木に、よくある『島』。自由の『由』に、奈良県の『奈』。よろしく」
由奈先輩は、簡潔にまとめている。
「じゃあ、1年生の2人にも自己紹介してもらおうかな?」
彩音先輩がそう言って、私は驚いてしまった。でも、考えてみれば当たり前のことだ。
「ウシロギチハナといいます。普通の、『後』ろの『木』、数の『千』に華やかの『華』です。よろしくお願いします」
「オッケー!千華ちゃんね!よろしく!」
「よろしく」
千華ちゃんの自己紹介に、先輩2人が返事をした。後木って、なんか聞いたことある名字な気がする⋯。こんな珍しい名字の人は、なかなかいないと思うけど、珍しいからこそ、どこかで聞いたことがあるのは間違いじゃない気もする⋯。
前と横から視線を感じる。彩音先輩と千華ちゃんが私を見ていた。⋯あ、そっか、自己紹介!千華ちゃんの名字に気をとられて忘れかけてた。最後は私だ。緊張する⋯!
「あ、えっと、ヒノナノカです!日付の『日』に、野原の『野』、えっと〜」
『菜乃花』という漢字をどう説明するか。すぐには思いつかない。
「説明しづらいので、書きますね!」
私は、ポシェットに入れて持ってきたペンとノートを取り出し、『菜乃花』と書いて3人に見せた。
「こういう漢字です。よろしくお願いします!」
「うん、よろしく!菜乃花ちゃん!」
「よろしく」
「よろしくね」
彩音先輩、由奈先輩、千華ちゃんの順で返事をしてくれた。
「よし、今度こそ、部活動説明を始めます!と言いたいところなんだけど、その前にこの学校について説明するね」
彩音先輩が話し始める。
「この高校が、他の高校とは全っ然違うっていうのはわかるよね。授業はないし、校則もこーんなにゆるいし」
彩音先輩は自分の髪を見せた。
「授業がないから、成績もない。先生もほとんどいない」
確かに、登校してきてから一度も先生らしき人を見ていない。
「ここからはこの高校での部活動の話になるかな。ここでは、部は会社みたいなものなの」
『部は会社みたいなもの』⋯?どういうことだろう?
「それぞれの部が何かしらの仕事をして、利益を出す。その利益のぶんだけ、部活動のために使えるの」
なるほど。いい仕事をする部ほど、いい部活動の環境になっていく、ってことだよね。
「あ、そうそう。先生に会うことはほとんどないし、会ったとしてもそんなに緊張しなくていいよ!部員からしたら、自分の部の部長が1番偉いから!」
よくわからない。
「⋯どういうことですか?」
「う〜ん⋯菜乃花ちゃんのペンとノート、借りてもいい?」
「はい」
ペンとノートを、机の上で彩音先輩のほうにスライドさせる。彩音先輩はそれを受け取り、何かを書き始めた。
「こんな感じ!わかるかな⋯?」
彩音先輩が、ノートを180度回転させて、4つの机の真ん中に置いた。ノートには、真ん中より少し上に『えらい順』と書かれていて、次の行に『自分の部の部長>先生>他の部の部長>部員たち』と書かれている。
とにかく自分の部の部長が1番偉いってことかな。
隣から千華ちゃんの「わかりました」という声が聞こえたから、急いで頷きながら「私も」と言った。彩音先輩は笑顔で「よかった」と言い、説明の流れに戻った。
「では、ここからは、ミス研の部長にバトンタッチします!由奈!」
「え⋯。やだ」
「『やだ』じゃない!嫌でもやるの!」
由奈先輩が部長なんだ!?無意識に彩音先輩が部長なんだと思ってた⋯。彩音先輩のほうがしっかりしてて部長に向いてそうなのに、なんで由奈先輩が部長なんだろう?
「日野、だっけ?」
「はい!?」
由奈先輩に突然名前を呼ばれて、すごくびっくりした。
「なんでこの部室では電気をつけてないのかって話だけど、その理由は簡単。電気代が払えないから」
「そう。さっき、部は会社だって話したでしょ?ミス研は収入が少ないから、エアコン代とこの机たちで全部なくなったんだよね〜⋯」
「そうなんですね」
由奈先輩の説明に、彩音先輩が補足した。
また由奈先輩が話す。
「ミステリー研究部の活動内容は、推理小説を読んだり、ミステリーのトリックになりそうな雑学を教え合ったり、依頼が来たらそれを解決したりすること。まぁ、依頼はほとんど雑用だけど」
「そう。去年の依頼解決数は結構あるけど、事件解決数はゼロだったんだよ。平和だったってことだから、いいことなんだけどね」
また彩音先輩が言い足した。
そして由奈先輩が話す。
「雑用ばっかりだから、収入が少ない。だから電気をつけられない。ってこと」
「そういうこと!でも、電気つけてなくても慣れれば問題ないから、安心して」
「彩音。私にバトンタッチするって言ってなかったっけ?」
「⋯あ、ごめん、つい」
怒ったような呆れたような目で、由奈先輩が彩音先輩に言った。そして、彩音先輩は明るく、かつ反省もしている声で謝った。
この2人、仲良しって感じ。
私はそんなに積極的な性格じゃないから、友達と呼べる存在がきぃちゃんしかいない。そのきぃちゃんとも最近は会えてないし⋯。この高校で友達ができたらいいな。
先輩たちを見ながらそんなことを考えていると、由奈先輩が「じゃあ、これを書いて」と千華ちゃんに紙を渡していた。
私、何か聞き逃したかも⋯!
「菜乃花ちゃんは?」
「はい⋯?」
「ミステリー研究部に入部、する?」
彩音先輩にそう聞かれ、気がついたら答えていた。
「入ります!」
ミステリー、結構好きだし。先輩も千華ちゃんもいい人だし。説明は聞いてないところがあったけど、この部活動では、なんかうまくやっていけそうな気がする⋯!
「じゃ、日野もこれ書いて」
由奈先輩にそう言われて渡されたのは、入部届だった。隣を見ると、千華ちゃんもこれを書いている。
入部届を書いて由奈先輩に渡すと、「もう帰っていいよ」と言われた。
「え、もういいんですか?」
この質問には彩音先輩が答えてくれた。
「うん、新1年生は入部したら帰らせていいって、校長先生が言ってたから」
「そうなんですね」
この高校の校長⋯名前、何だっけ?ホームページに載ってたはずだけど、忘れてしまった。
「そういうことなら、帰りますね」
「うん、また明日ね!」
「じゃあね」
千華ちゃんが先輩たちに軽くお辞儀をして、部室から出ていく。
「私も帰ります。今日はありがとうございました!」
「これからもよろしく!また明日ね!」
「じゃあね」
私もお辞儀をして、部室を出た。
*
家と高校の距離が遠くないのもあって、家に着いた時間はまだ11時くらい。
まだ昼ごはんには早いし、お母さんに連絡でもしようかな。
《今、家に帰ってきたよ〜》
いつも通り、すぐに返信が来る。
《どうだった?》
どうって言われても⋯。
《よかったよ。みんないい人そうだし》
《何部にしたの?》
《ミステリー研究部》
《へ〜、なんかよさそう!》
『うん、いい部だよ』と送ろうとしたら、それを打ち終わるより早く、お母さんからメッセージが来た。
《今から電話していい?》
「え?!」
電話がかかってきた。急だな⋯。
電話に出るとすぐ、『ミステリー研究部ってどんな部活?』と聞いてきた。お母さんは興味を持ったことは何でも知りたがる性格だから、この電話は長くなりそうだ。
*
スマートフォンの時計を見ると、午後1時。
お母さんと2時間も電話してたのか⋯。
最初は咲元高校とかミステリー研究部とか、今日のことを話してたけど、なぜか途中から好きな季節の話になってて⋯。お母さんのコミュ力すごいな。
昼ごはんの準備をしようかと思ったら、メッセージが来た。
ギターのアイコンの、きぃちゃんだ。
《きぃちゃんって呼ぶな〜!》
「あ⋯」
きぃちゃんはいつも、私が『きぃちゃん』と呼ぶのを嫌がっている。
もう1つメッセージが来た。
《喜菜子お姉さんと呼びなさい》
『きぃちゃん』と呼ぶとこうやって怒られるけど、私は小さい頃から『きぃちゃん』って呼んでるから、癖で『きぃちゃん』って呼んじゃうんだよね⋯。
《ごめんごめん!喜菜子お姉ちゃん》
《う〜ん⋯ちょっと違うけど、それでよし!》
《どこの部に入部したの?》
やっぱり聞かれるよね〜。
《ミステリー研究部だよ》
《ミステリー研究部⋯?どんな感じ?》
どんなって言われても⋯。
《先輩たちもいい人だし、いい部だと思うよ》
《そうなんだ。よかったね!》
《うん》
あ、そういえば⋯。
《喜菜子お姉ちゃんは、どこの高校に通ってるの?》
《え〜っと⋯いい学校だよ!》
またか⋯。
きぃちゃんに高校のことを聞いても、いつも教えてくれない。何でだろう⋯?
お腹がすいてきた。
「⋯あ、お昼ごはん!」
*
登校2日目。
ミス研の部室で、4人はそれぞれの活動をしている。
私と千華ちゃんは読書、由奈先輩はスマートフォンを見ていて、彩音先輩は紙に何かを書いている。
彩音先輩が、何かを書いた紙を私と千華ちゃんに見やすい向きにして、4つの机の真ん中に置いた。
その紙には、こう書かれていた。
*
スキーしたことある?
マジックできる?
ホームページ見た?(この学校の)
*