なきむし姫は卒業したい
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少しでもつらいことがあれば逃げ出したくなるのが私の悪いクセだ。苦手な先輩との仕事でトチった。「学歴が泣いてんぞ」と嫌味を言われ、泣きたくなった。シャワーを頭から浴びながら、実際、泣いた。ド田舎から札幌に出てきてはや八年。うち四年は一人暮らしで、だから私は私を置いて東京に行ってしまった薄情な恋人のことをしこたま呪っている。大きな仕事がしたい? そんな夢、知ったことか。
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電話もたまにしか付き合ってくれない。泣き言を吐くたび、それが長くなると、彼は決まって「悪い。疲れてるんだ」と優しくないことを言う。彼の寝落ちが終了の合図。何度「馬鹿っ」と罵って通話を切ったかわからない。
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ここ最近、ビールと歯ブラシくらいしか友だちがいないように感じている。キンと冷える時期。四年前、クリスマスの季節に駅前通を彼と歩いた。大通公園に到着し、イルミネーションツリーは思ったよりしょぼかったけれど、大好きな彼と一緒にいられることに感動し、私は泣いた。彼は「馬鹿だなぁ」って笑ったっけ……。
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四年前からちっともパワーアップしていないツリー。私は白いコートを着ている。手袋もブーツも白。雪になって消えてしまいたいくらい、今の私は落ち込んでいる。くそしょうもない仕事はうまくいかないし、くそったれな恋人はもう恋人なのかどうかすら怪しいし……。
フードをかぶって俯いた。
そうすることで泣き顔を隠した。
次の瞬間、「美紀!」と名を呼ばれた。
知った声に振り返る。
彼がいた。
黒いトレンチコートに紺色のスーツ。
痩せた身体にはY体すらもったいない。
「いると思った」彼は笑顔だった。
「ヤだっ!」私は吠えるように叫ぶ。「今さら何言っても許さないから!!」
「ごめん。でも、お客さんは『霞が関』だからさ」
「自慢げに言うな、馬鹿! 死んじゃえっ!!」
いやいやをするように首を横に振る私のことを、彼はふわりと、それからぎゅっと抱き締めて。
「泣くな、姫君」
「ヤだ、ヤだよぅ。つらい、しんどい。もうあなたから卒業したいよぅ……」
彼がそっと私の頭を撫でた。
「一緒に暮らそう」
「……えっ?」
呆気に取られ、彼を見上げる。
彼は「マンション、買っちゃった」と言って微笑んだ。
「卒業なんてさせない。俺たちは結婚するんだ」
力強いセリフに鼻の奥がつんとなって、私はいよいよ子どもみたいに泣きじゃくる。
雪に溶けて消えたのは、私の涙と寂しさだった。




