第9話 中学卒業と高校入学
中学最後の夏休みが始まった。
懸案だった自分の身体能力がどれほど低下しているか休みを利用して確かめてみた。
結果だけを言うと、俺の勇者としての能力は全く衰えていなかった。
今現在の頭の快調さから考えて多分そうじゃないかなーと思ってたんだけどな。
100メートルを真面目に走れば多分5秒を切る。
オリンピック選手としてちやほやされるのはおそらく100メートル8秒台までだろう。
5秒を切ったらどこかの研究所に連れていかれてモルモットになるんじゃなかろうか?
ということなので、何があろうと俺のまじめな身体能力は公にはできない。
勇者とは聖剣エノラグラートを装備できる者のことなので、聖剣がない以上正式な勇者とは呼べないが、スペック的には俺はまだ勇者だ。
あと俺があの世界で使えていた魔術も全部ここ日本で支障なく使えた。
これも秘密にせねば。
8月に入り、ネットでは何度も見ているサイタマダンジョンの前にも行ってみた。
うちから自転車に乗って30分はかかると思っていたけれど、行ってみたら20分で着いてしまった。
俺の記憶だと畑が一面に広がっていた場所に、ごっつい建物が何棟も建っていた。
民家もあったはずだから立ち退いたんだろう。
とはいえ、どのダンジョンも俺の生まれたころに出現していたということなので俺の記憶など何の意味もなかった。
敷地内がどうなっているのか調べようと思ってサイタマダンジョンセンターと書かれた門から自転車を乗り入れて一番大きな建物の前まで行った。
そこが本棟で、その奥にダンジョンの出入り口がある。とネットに書いてあった。
ダンジョンの出入り口は基本的には黒い渦に見えるとネットに書かれていたけど、写真も動画もなぜかぼやけてしまって渦ははっきり見えず黒い板にしか見えないんだよ。
俺が言うのもなんだが、不思議なこともあるもんだ。
実際目にしたら、その時感動できるからいいけど。
バスが門の中に入って本棟前のバス停に停まりバスからかなり人が降りてきた。
夏休み中でもあるし、このダンジョンに近い高校生や大学生が押し寄せているんだろう。
バスから降りてきた連中の年恰好は20歳前後から3、40歳代。
高校生ではまだ免許は取れなかったか。
男性と女性の割合はだいたい2対1。そんなところだ。
これはネットに書いてあったダンジョン免許取得者の男女割合と一緒だった。
当たり前か。
彼らの服装は軽装で誰もが大型のスポーツバッグかリュックを背負っていた。
今は暑い盛りなので防具を付けてここまで来られないものな。
実際、ダンジョンセンター内には貸しロッカーの付いた着替え室があるとネットに書いてあった。
ついでに浴場施設まであるらしい。
もちろんどちらも有料だ。
そういった連中が自動改札機のカードリーダーにカードをかざして本棟の中にぞろぞろ入っていった。
それだけ見た俺は一応満足して敷地から出た。
ダンジョンセンターの敷地周辺にもいろいろ建物が建っている。
ハンバーガーショップやファミリーレストランもあるし、温泉風の浴場もある。それにダンジョン用の防具を扱っている店もある。
俺は適当にそこらを眺めて自転車を漕いでうちに戻った。
ネットで既に知っていた情報なので新しいことは何もなかったが、直接見たことでなんだかわからないやる気が出てきた。
夏休みが終わり2学期が始まった。
2学期でも俺の成績は超高空飛行を続け、中間試験、期末試験、ともに全科目満点で終えた。
「長谷川。
お前なら、都内の進学校にも余裕で合格できるんじゃないか?」
そう担任の前川先生に言われたけれど、都内の進学校にはそれ相応の受験勉強が必要だろうし内申書はそれほど重要じゃないと思う。
なので「塾にも行っていない僕じゃ無理と思います」と、答えておいた。
前川先生は残念そうな顔をしていた。
教え子がいい高校に入ると自分の評価が上がるのかなー。とか考えてしまった。
そして、3月。
さいたま高校の受験日だ。
試験は想定していた通り簡単だった。
自己採点で全科目満点。
実際は1問くらい書き間違いくらいあったかもしれないけど、特に問題はないと思う。
実際問題、7割がたは内申書で決まるとも言われていたけど、たとえ内申がいくら悪くてもさすがに合格するだろう。
ちなみに、滑り止めと最初に考えていた私立高には願書すら出していない。
さいたま高校に落っこちたら高校浪人ということになるが、それはないだろうとタカをくくってのことである。
5日後合格発表があり、当然のごとく俺は合格した。
合格したことをスマホのメールで前川先生に報告したら、1分もかからず返信が返ってきた。
「やったな! おめでとう!」と書いてあった。
俺は精神年齢25歳なのでちゃんと「先生のおかげです。ありがとうございました」と、返しておいた。
その後父さんと母さんに合格をメールで知らせておいた。
こっちもすぐに返信があった。
4月になれば俺は高校1年生。夏休みになってダンジョン免許を取れば冒険者だ。
そういえば結菜は共学の▽×高校ではなく女子校のさいたま女子を受験したらしい。
本人から聞いたわけではなく教室で小耳にはさんだだけだ。
卒業式の後そういった話が出て、結菜がさいたま女子に合格したことを知った。
そして4月。
俺は高校生になった。
高校は自宅から歩いて20分ほど。
中学の時と比べれば遠くなったが、それほどでもない。
クラスは1組から8組まであり、俺は1組になった。
担任は吉田茜という女性教師だった。
自己紹介で30代と言っていたのだがそれより若く見えるし、言い方はちょっと変だがいい体つきをしていた。
そのせいで体育の先生かと思ったけど国語の先生だった。
最初のクラスルームで何か質問がないかと言われたので、
「先生、冒険者なんですか?」と、聞いてみた。
「あら、よくわかったわね。
これでもBランク冒険者なのよ。
すごいでしょ?」
Bランクと言えばダンジョンセンターでの累計買い取り額が1千万円以上だったはず。
教員を続ける中で1千万円以上稼いだということはかなり凄いことなのだろう。
「学生時代、大学のサークルでダンジョン部ってところで頑張ってたのよ。
今はたまにしかダンジョンに潜らないんだけどね。
たしかきみは、長谷川くんだね。
長谷川くんはダンジョンに興味があるの?」
「はい。夏休みになったらダンジョン免許を取ろうと思っています」
「そうか。学校と両立しなければいけないけど、1階層くらいなら息抜きにもなるしいいバイトだし、まっ、頑張れ」
「はい」
なかなか分かっている先生で助かった。
好感度アップだ。