第54話 2泊3日ダンジョンツアー3、夢
目が覚めた。
腕時計を見たらまだ2時半だった。
早すぎる。
どうすればいいんだ?
久しぶりの野営だったので感覚が鈍ったというか、向こうの世界で野営する時はいつも夜間3交代だったので、そこまで感覚が鈍ってないというか。
とにかく目が覚めてしまったものは仕方ない。
6時に起きて諸々《もろもろ》をこなし7時から仕事を始めようと思っていたのだが6時まで3時間半もある。
ベッドの上だとちゃんと朝まで寝られるのに。
ここでリズムを壊してしまうと、ツアーが終わった後で大変なことになりそうなので寝られないにしても横になって目を閉じていよう。
そう思って目を閉じていたら、またうつらうつらとしてきた。
いつしか俺は夢を見ていた。
そこは騎士団の訓練場。
これは夢じゃなくて俺の記憶だ。
騎士見習いたちと一緒に訓練させられる日々。
まるで体のできていないひょろひょろだった俺が、笑われながらも必死に訓練に耐えた。
3カ月で体もだいぶ出来上がり、それに従ってさらに訓練は厳しくなり、そのうち騎士団員たちと訓練するようになっていた。
訓練が5カ月目に入り、俺もどうにか他の騎士団員たちと伍して訓練できるようになった。
そういったなか、初めての実戦訓練として、騎士団の3名に連れられて魔物が棲み付いているという王都の外れの廃墟に向かった。
騎士団の3名のうち1名は名まえは忘れたが上級騎士でもうふたりは若手騎士だった。
通常なら、騎士団ではなく王都警備隊が対応すべき案件だったようだが、警備隊では対応しきれず騎士団へ助けを求めたらしい。
騎士団では俺の訓練にちょうどいいということで引き受けたといういきさつがあったようだ。
その時の俺は、革鎧に革のヘルメット、革のブーツに革の手袋といったいでたちで、武器は数うちの大剣だった。
ものになるのかどうかも分からない若造にちゃんとした武器や防具を与えるはずないものな。
訪れた廃墟は以前は貴族の屋敷だったという話で、敷地内は荒れ放題。屋敷も蔦で覆われ、日陰はコケのようなもので覆われていた。
屋敷の周りを1周して、地面を中心に魔物の痕跡を探ったが何も見つからなかった。
魔物が王都近辺に現れるといううわさはよく流れるらしいが、よくて盗賊のアジト、大抵は誤認だと上級騎士は言っていた。
しかし、王都警備隊が手に負えないと投げ出した案件なわけだから単なる誤認ではないはずだ。
良くも悪くも騎士団の構成員たちはいわゆるいいとこの出なのだそうで、彼らは下級兵士の寄せ集めである王都警備隊を少々軽く見ている感じがする。
上級騎士が先頭になって屋敷の正面玄関の片側が半分外れた両開きの扉を通って屋敷の中に入った。
次にふたりの騎士が屋敷に入り最後に俺が屋敷の中に入った。
そこは玄関ホールで石造りの床は風雨で汚れていてホールの壁際には枯れ葉や枯れ枝が溜まっていた。
まさに廃墟だ。
上級騎士が「任務だから部屋をひと通り見て回るが、どうせ何もないだろうなー」と言いながらホールを抜けてその先の部屋に入っていった。
その部屋は大広間になっていて天井も高く、かつてはシャンデリアが何個も吊り下げられていたのかもしれない。
今現在、天井からはなにも吊り下げられておらず、かつては天井画が描かれていたかもしれない天井は黒カビで一面覆われていた。
「ここも問題なさそうだな」
「そうですね」
騎士たちが会話している中で、天井の黒カビが波打ったように見えた。
何かの気配がする。
「天井に何かいます!」
俺はそう警告したのだが、騎士たちは鼻で笑って、
「初めてだからと言って、そう緊張するな。
何もいやしないよ」
「イチロー、肩の力を抜けよ」
「そんなんじゃ、これからさ……」
そこで若手騎士の声が途切れ、床にその騎士の頭が転がった。
床に倒れながらも首の付け根から鼓動に合わせて噴き上がる血しぶきが妙に非現実的だった。
俺があっけに取られてその騎士を眺めている間にも残ったふたりの騎士は剣を抜いて構えた。
俺も遅ればせながら背中の大剣を引き抜いたものの、どこに向かって構えていいものか分からなかった。
どこにいる?
俺は目だけを動かして周囲を探った。
怪しいのは天井だがさっきの気配はすでにない。
ん?
広間の奥にさっきまでなかった何か黒いものが立っている。
「今度は部屋の奥になにかいます」
ふたりの騎士がそちらを向いた。
黒い何かは床の上をすべるようにこちらに近づいてくる。
「何者だ!」
上級騎士が誰何したが黒い何かは無言のまま近づいてくる。
「まさか魔人なのか?」
魔人とは魔族の中でより力を持った者のことだと習った。
特殊な能力を持つ者もいれば、強力な魔法を使う者もいるという。
ちなみに魔術とは、人が魔族の魔法をまねて編み出したものだそうだ。
人は魔術を訓練によって術として習得するのに対して、魔族は魔法を生まれながらに習得しているという。もちろん、真偽のほどは分からない。
俺がその黒い何かに抱いた第1印象は死神だ。
死神の鎌こそ持っていないようだが。
黒いものが揺らいだと思ったら、上級騎士が長剣を振った。
長剣から風切り音と一緒に何かに当たったような音がした。
長剣は見えない何かを切ったか弾いたかしたようだ。
その時黒い何かが笑ったように思えた。
次に若手騎士が黒いものに切りかかった。
若手騎士の剣は空中で止められ、若手騎士は剣を振り切ることができなかった。
黒い何かに実体がないわけではないようだ。
実体があるなら切れる。
俺が前にでようとしたら、上級騎士が「イチロー、前に出るな! 俺の後ろにいろ!」と大声で俺を止めた。
俺が出てはマズいのか?
上級騎士はそこで一度剣を振った。
さっきと同じような音がした。
続いて若手騎士が剣で突きを入れた。
こんどは何かに阻まれることはなかったが、手ごたえもなかったようだ。
そのあと一連のことが続けさまに起こった。
最初に若手騎士が突き出した剣を引き後ろに下がろうとしたところで彼の頭が床に落ちた。
頭を失った胴体は血を噴き上げながら床に転がった。
彼が何をされたのか全く分からない。
若手騎士が倒れる間に上級騎士が黒い何かに一気に詰め寄り振りかぶった剣を右斜め上から左斜め下に振り切った。
ギョエー。
かん高い悲鳴とともに肩口を袈裟切りにされた黒ずくめの男が床に転がった。
男の傷口からは赤い血が流れ出ていた。
全てが終わった後、俺は背中に冷たいもの感じ、腕と膝が震え始めた。
そこまで夢で思い出したところで俺は目覚めた。




