第51話 吉田先生
大剣クロを手に入れた俺はさっそく大剣用肩掛けホルダーをネットで注文した。
3日後の午前中届くみたいなので、母さんに受け取ってもらうよう頼んでおいた。
その翌日から4日間、俺はサイタマダンジョンの3階層でもっぱら徘徊モードを発動させてモンスター狩を続けた。
その間大剣クロは使っていない。
1日あたり40万円ほど実入りがあり、累計買い取り額は4225万5千円となっていた。
ネットで注文していた大剣用肩掛けホルダーもうちに届いている。
あと、2泊3日の泊りがけダンジョンツアーについても父さん母さんに了承してもらっておりその準備も進めた。といっても、毛布2枚とLEDランタン、ボトルに入った歯磨きガム、食料、飲み物程度を揃えただけだ。
実施は8月14日。本来なら秋ヶ瀬ウォリアーズの3人と1階層に行くはずだったが、彼女たちの都合で1回休みになったことと、父さんが盆休み中に重なるので、母さんと2人で過ごしてもらおうとの配慮だ。
そしてその翌日。
父さんは昨日から盆休みに入っている。
そろそろ鞘ができたころだと思い、大剣用肩掛けホルダーをリュックに入れてサイタマダンジョンセンターに向かった。
売店で昼食用のおむすびを買って、武器預かり所に行ったところクロが鞘に入って出てきた。
代金は5万1千円、冒険者証で支払った。
鞘の色は黒。先端に矢じり型、鞘の縁に沿って銀色のスジ模様が入っているだけのシンプルな鞘だったが、それがまた良い。
俺好みだ。
鞘から少しだけ抜いた感じも滑らかで、元に戻したらカチンとわずかな音がした。
さっそく肩掛けホルダーにクロの収まった鞘を固定して背負ってみた。
鞘から引き抜くときは背中を前に曲げながら引き抜く。
鞘に納める時は、鞘はホルダーに取り付けた位置を中心にして上下に回るようになっているので、左手で鞘が横向きになるよう鞘の下側を持ち上げてから納める。
鞘に剣が納まったら、横向きになった柄を上に回して鞘の向きを調整する。
以前俺が使っていたものとは違うので多少違和感があるが、すぐに慣れるだろう。
肩掛けホルダーの上からリュックを背負い、腰のベルトに2本のメイスを下げナイフを差した。
ヘルメットを被り、準備万端整った俺はルンルン気分でエスカレーターに乗って1階に下りていき渦の前の改札機を通った。
心なしか大剣を背負った俺に注目が集まっているように思える。
渦を通り抜けてルンルン気分そのままで階段小屋まで半分駆けていき、手袋をはめて階段を駆け下りた俺は、人目に付かない場所を探してそこから3階層まで転移した。
坑道の前後には他の冒険者はいないようなので、フィオナがリュックのポケットから出て俺の肩に止まった。
出てこい、出てこい、モンスター。
いつものおまじないを唱えてからディテクターで周囲を探ったらアタリが複数あった。
朝からついてる。
順番に片付けていこう。
一番近くのアタリは大ネズミだった。
背中のクロを引き抜き、向かってきた大ネズミに一振り。
首と胴体に二分された大ネズミが坑道の路面に転がった。
クロには刃がないのだが、恐ろしいほどの切れ味だった。
クロの剣身に血など付いてはいなかったが癖で一度血振りした俺は慣れた手つきでクロを鞘に納めた。
ネズミの死骸はタマちゃんに食べさせて核を回収した。
ここのところ母さんに作ってもらった布製の腰袋を腰からぶら下げているので核の回収がスムーズだ。
2、3階層のモンスターの核なら100個は余裕で入る。
傍から見ると今の俺は結構きている格好に見えるかもしれないが、実用的なのが一番だ。
ここで再度ディテクターを発動して周囲を探り、一番近いアタリに向かって駆けていった。
次のアタリは大蜘蛛だった。
クロの一振りで縦に両断した。
これで核は2個目。
核まで切ってしまったかと一瞬思ったがセーフだった。
しかし、もうちょっとまとまって出てきてくれないかなー。
愚痴を言っても仕方ないので俺はディテクターで周囲を探りどんどんアタリを片付けていった。
それで午前中に30個の核を集めた。
今日はほとんど走っている関係かいつもより快調だ。
ヘルメットと手袋もはずしてリュックを下ろし、大剣をホルダーごと外し最後にメイスなどもベルトごと外した。
すっかり身軽になった俺はフィオナを肩に止め坑道の壁にもたれて弁当のおむすびを食べていた。
そしたら奥の方からメイスを腰に下げた冒険者が歩いてきた。
珍しく1人、それも女性のようだ。
どっかで見たような顔立ちなのだが、キャップランプが眩しくて、はっきり顔が見えない。
その冒険者が急に立ち止まった。
「長谷川くん?」
この声は、担任の吉田先生だ。
そういえば、吉田先生はBランクの冒険者だったし。
「はい長谷川です。
吉田先生ですよね」
「うん」
俺が眩しそうに目を細めていることに気づいた吉田先生がキャップランプの明かりを弱めた。
「お昼一緒にしていい?」
「もちろんです」
吉田先生が荷物を下ろして俺の隣に座った。
「ここ3階層なんだけど、長谷川くんこの夏に冒険者になったばかりよね。
えっ! もしかして全国にただ1人いるっていう高校生Bランク冒険者って長谷川くんのことだったの?」
「今何人いるか知りませんが、いちおうBランクの冒険者やってます」
「そうなんだ。ほんの数日で1千万を1階層で稼ぐってどれだけのことか分からないけど、長谷川くんって成績もほぼトップ。
もうスーパーマンよね」
「Bランクに成れたのはタマタマだったんですけどね」
吉田先生は俺が壁際に置いた武器を見て、
「長谷川くん、またすごい武器使ってるのね。
メイスも2本も持ってるし」
「ちょっとまえ1階層で大剣を見つけたんで、今日から大剣使ってます」
「そんなものが1階層なんかで見つかるものなの? アイテムなんて6階層以降じゃないと出ないものだと思ってたけど」
「これもタマタマ」
「運のいい人っているんだね」
今度は俺の肩に止まったフィオナだ。
「長谷川くん、その肩のフィギュアは長谷川くんの趣味なんだよね?
すごく精巧で今にも動き出しそう」
フィオナは状況を察しているようでそれなりのフリをしてくれている。
「よくできてるでしょ」
「そういえば先生はソロプレーヤー?」
「たいていはね。
月初めに昔の友だちと潜った時にいろいろあって、今はひとりで潜ってる」
「ふーん」
「いろいろというのは、大ネズミに囲まれちゃったときわたしを置いて友達3人とも逃げちゃったの。
もうだめかと思ったんだけど、その時ヒーローが颯爽と現れて、あっという間にわたしを取り囲んでいた大ネズミを退治しちゃった。5匹が一瞬だよ。
カッコよかったなー」
あれ? どっかで聞いたことのある話だ。
身に覚えがあり過ぎる。
確かにあの時の女冒険者、顔はヘルメットのキャップランプの光が眩しくてはっきり見えなかったけど、見覚えがある感じがしたんだよなー。
あれって吉田先生だったのか。
ここで、名乗り出たらややこしくなりそうだから黙っておこう。
「その時の彼、黒ずくめでフルフェイスのヘルメットを被ってたんだけど、長谷川くんもグレーと黒だし、フルフェイスのヘルメットだね」
ちょっと、ヤヴァいかも?
「まあ、長谷川くんだったってことあるはずないものね」
先生が自己完結してくれて助かった。
「長谷川くん、良かったら午後から一緒に回らない?」
「いいですよ」
お互い昼食を食べ終わったころ吉田先生に提案されたのでオーケーした。




