第48話 秋ヶ瀬ウォリアーズ4、池の端(はた)
今日は斉藤さんたち秋ヶ瀬ウォリアーズの3人と1階層に行く日だ。
約束は9時。準備を整えて5分前にダンジョンの入り口の改札前に行ったら、3人はちゃんと揃っていた。
タマちゃんは連れてきているが、フィオナを連れていくと騒ぎになると思い、フィオナは連れてきていない。
うちを出る時、母さんがいい笑顔で『フィオナちゃんのことは任せなさい』と、言っていた。
これも親孝行の一種か。
「おはよう」
「「おはよう」」
「それじゃあ行こうか」
4人で改札を抜け、ほかの冒険者に続いて渦の中に入った。
後続の冒険者の邪魔にならないように渦から少し離れて、今日の作戦を話し合った。
「前回は向こうの端まで行ったから、今日は池に行ってみない?」
1階層の大空洞には何個所か池があるという。
どれもそれなりに大きな池だそうだ。
今まで池に行ったことがないので俺も大賛成だ。
残念なことに、魚の類は棲んでいないらしい。
魚が棲んでいればいい釣り堀になったろうし、魚が核でも持っていれば楽しさ倍増だったろうに。
「「さんせーい」」
「場所は分かる?」
「だいたいの方向はスマホで分かるから大丈夫」
1階層は冒険者の数が非常に多くにぎわっているため、スマホにダウンロードしたマップと、渦の前の電波塔からの電波に連動したアプリも作られている。
斉藤さんによると1番近い池は渦から約2キロ。
おそらくそこは冒険者の数が多いだろうということで、2番目に近い池に行くことにした。
2番目に近い池は渦から4キロ。
途中何かに出くわし時間をとっても1時間もあれば到着できる。
俺たちはその池、サイタマダンジョン1階層第2池、通称山田池に向かった。
なぜその池が山田池と呼ばれるのかというと、サイタマダンジョンが一般開放された後、最初期の冒険者山田何某が周囲の制止を振り切り、半裸になって飛び込んだところ足がつっておぼれかけたという事件があった。
山田何某は仲間の手で無事救助されたが、掲示板などでその名がいっきに広まり、その結果、彼の名が池の名まえとして定着したと斉藤さんが解説してくれた。
追加で、山田何某というのは俺もよく読むweb作家の山口某の本名だというのが通説になっているそうだ。
俺は今読んでいるのは『ロドネア戦記』という戦記物。剣と魔法だけではなく、巨大ロボットのような軍事アーティファクトも登場する。お薦めだ。
ディテクターで周囲を探りながら渦の前から1時間ちょっとで山田池に到着した。
少し時間がかかったのは、途中で見つけたモンスターをたおしていたからだ。
手に入れた核は3つ。
相手はどれもスライムだったので核の回収は簡単だった。
山田池は周囲を茂みに囲まれているため茂みを抜けないとそこに池があることは分からないと思う。
池の形は長い方の径で100メートル、短い方の径で50メートルほどの長四角に近い楕円形だった。結構広い。
池の周りの冒険者の数は茂みで隠れていることもあって見た目は予想通り多くはない。
ついでだったんでディテクターで調べてみたところ、見た目通り人は少なかった。
冒険者が少ないことはありがたいのだが、茂みが邪魔して寛げるような場所がないからかもしれない。
公園ではないのでボートは浮かんでいないが池の水面は波もなく鏡のように真っ平だ。
「きれいー」
水も澄んでいる。
岸辺から池の中をのぞくと池の底は真っ白な砂のようだ。
岸からすぐ3メートルくらいの深さになって、そのままの深さで続いているように見える。
聞いていた通り、池の中には動くものはいなかった。
ちょっと残念だ。
「きれいだけど、これからどうする?」
日高さんが斉藤さんに聞いた。
「そうねー。この池の周りを一周したいけれど茂みが邪魔で池の周りは歩きづらそうだし、どうしようかなー」
「そういえば、ダンジョン内の茂みって刈り取っていいんだろうか?」
俺はふと疑問に思ったことを口にした。
「講習だといいも悪いも言っていなかったからいいんじゃないかな」
「だったら腰を下ろせるくらいこの辺りの茂みの木とか草とか払ってやろうか」
「それいいわね」
「でも斧とか鎌なんかないから大変じゃない?」
「木と言っても細いし、草もそれほどでもないからナイフで何とかなると思うよ。
俺のナイフ、ギザギザついてるし」
俺が木を担当し、斉藤さんたちが草を担当した。
あっという間に、2メートル×3メートルほどの空き地が池に面してでき上った。
後の祭りだけれど、タマちゃんに頼めばもっと簡単だったろう。
「それじゃあ休憩しよう」
斉藤さんができ上った空き地にいつものレジャーシートを敷いてみんなその上に腰を下ろした。
俺たちは靴は履いたままで、ヘルメットと手袋だけとっている。
まだ10時半にもなっていないので昼には早い。
それでも各自寛いでペットボトルや水筒から飲み物を飲み始めた。
「いい天気だなー」
青空が気持ちいい。
「長谷川くん何言ってるのよ。
ここっていつもこの天気じゃない」
斉藤さんに呆れられてしまった。確かにそうだった。
「そういえばここじゃあ雨も降らないんだろ? それなのに草木は枯れてないし、こうして池まである」
「そういったことは全部、ダンジョンだからで片付けられているそうよ。
偉い学者さんたちもみんなお手上げなんですって」
「ダンジョンの謎の一部でも解ければノーベル賞ものじゃないの?」
「その謎の解明が人類全体に貢献できるようなものならもちろんノーベル賞ものだろうけど、ダンジョン固有のことで応用が利かないようなものなら難しいんじゃないか?」
「どうして?」
「だってダンジョンって日本にしかないだろ?
そうなってくると人類全体への貢献という意味で弱いんじゃないか?」
「なるほど、さすがは長谷川くん」
今度は感心してもらえた。
「それでこれからどうする?」
「だいぶ早いけどこのままお昼にして、早めに移動してモンスターを見つけに行こうよ」
「そうだね」
そういうことで、昼食の時間と相成った。
「ねえ長谷川くん、タマちゃん見せてよ」
残りの2人も俺に熱い視線を向けてくる。
「じゃあ。
タマちゃん、リュックから出ておいで」
俺の言葉でタマちゃんがレジャーシートの上に置いたリュックから出てきた。
金色のボディーが眩しい!
「うわー、長谷川くんの言うことお手だけじゃなくって聞くんだ!」
「すっごい!」
「さすがテイマー!」
各自がお弁当を広げたところで斉藤さんが聞いてきた。
「食べ物あげていい?」
「いいよ」
「食べられないものってある?」
「おそらくなんでも食べる。
さっき刈った草木でも食べると思うよ」
「えっ! それホント?」
「ホント。
3階層で他の冒険者がいないところで、モンスターの死骸を食べさせて核を吐きださせてるし」
生きてるモンスターまで食べてるとは言わなかった。なんとなく。
「すごい!」
「優秀!」
「さすがテイマー!」
タマちゃんも俺がおだてられているのがうれしいのか、体を揺らしている。
斉藤さんが弁当箱に入っていたミニトマトをタマちゃんの頭の上に置いた。
ミニトマトは転がり落ちる前にタマちゃんの体の中に沈んでいった。
次は日高さん。コンビニ弁当から唐揚げを1つ箸で摘まんでタマちゃんの頭の上に置いた。
唐揚げはミニトマトと同じようにタマちゃんの体の中に沈んで消えていった。
「わたしは、これあげる」
と、中川さんが自分の手のひらの上に弁当箱から摘まんでブロッコリーを置いた。
そしたらタマちゃんがブロッコリーに偽足を伸ばして吸収してしまった。
「「中川、ずるい!」」
斉藤さんと日高さんがご立腹のようだ。
「ずるくないもーん」
毎度の作中宣伝回でした。
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