第46話 喫茶店にて
結局ゲームカウント2-0で試合中止ということにした。
ネットを緩めてベンチに戻ってタオルで汗を拭く結菜にラケットを返した。
「一郎、あなた汗もかいてないじゃない」
汗をかくような運動してないから。とは答えられないので、
「俺は昔から夏に強かっただろ」
とか言っておいた。
結菜は小首をかしげていたが、本人である俺がそう言っている以上それが真実なのだ。
俺はテニスシューズから普段履きの靴に履き替え、残っていた緑茶のペットボトルを一口飲んで持ってきたスポーツバッグに入れた。テニスシューズもレジ袋に入れてスポーツバッグに入れた。
「帰り支度が終わったら、お前の行きたい店に行こうぜ。
忘れていたけど、ここの使用料はいくらだ?」
「500円。もう払ってるわよ」
「じゃあ俺が500円払うよ」
俺が500円玉を財布から出して結菜に渡したら、
「割り勘って言ったんだから250円でいいわよ」
そう言って結菜は俺に250円返してきた。
もちろん受け取って財布に入れた。
「どこに行く?」
「特に行きたいところがあるわけじゃいけど、そうねー、
駅の向こう側の洋菓子屋の2階はどう?」
あそこの洋菓子屋の2階というと和菓子でも売っているのだろうか?
「行ったことないからわからないけど、そこでいいよ」
「じゃあ、そこにしましょ」
公園を出て少し歩き、駅を横断して洋菓子屋に入った。
2階に上がったら和菓子屋ではなく喫茶店になっていた。
空いていたので、窓側の2人席に向かい合って座った。
「食べたいもの、いくら頼んでもいいぜ」
「一郎、ほんとにお金持ちになったのね」
「ある程度はな」
「じゃあ、遠慮なく」
「遠慮はいらないが、食べられる量にしとけよ」
「あたりまえでしょ」
結菜がメニューを見ながら、コレにしようかアレにしようかと言っていたので、俺はそのメニューを前からのぞいてみた。
下で売っている洋菓子の他、飲み物、軽食がメニューに載っていた。
俺は一番上にあったイチゴショートとアイスティーを頼むことにした。
店員のお姉さんが来たので俺はそれを注文し、結菜はイチゴショートとモンブランとチョコレートケーキ、それにアイスフロートコーヒーを頼んだ。
ケーキを3つも食べられるのかと思ったが、結菜はいちおうスポーツ選手だし食べられるのだろう。
いちおうは失礼だったか。
注文したものは時間のかかるようなものではなかったので5分もかからず運ばれてきた。
ふたりでケーキを前にして、
「冒険者になるとすごく身体能力が上がって一般の競技に出られなくなるって部活の先生が言ってたけれど、さっきの試合で実感したわ」
「うーん、それもあるかもな」
「何よ? そのせいじゃなかったって言いたいの?」
「俺は冒険者になってまだ2週間なんだぜ」
「そう言えばそうか。じゃあなんであんたはあんなにすごかったの?」
「俺の場合は苦労してたから」
そこで結菜は首を傾げ怪訝そうな顔をした。
本当のことを話しても信じはしないだろう。
俺自身、今となっては夢のような気がしないでもないような話だし。
とはいえ、夢でない証拠に俺は魔術を使えるし、Sランクの冒険者などよりよほど強いという自信もある。
信じてもらう必要はないから、俺の苦労話を話す気もないし魔術を見せることもしない。
俺がそれ以上話さなかったので、結菜が話題を変えた。
「学校の方はどうなの?
冒険者なんてやってて平気なの?」
「何とかなるんじゃないか?
冒険者免許を取ったのは1学期が終わった後だったけれど、1学期の成績も体育以外10だったし」
「何それ?」
「体育は手を抜きすぎて10にならなかった」
「それもどうかと思うけど、ほかの科目全部10ってあんたの高校進学校じゃない」
「そうだな。
成績の順位を出す学校じゃないけど、いい線いってるんじゃないか?」
「一郎、変わったというか、すごすぎない?」
「それなりに苦労もしてるからな」
そう言ったら、また結菜は怪訝そうな顔をした。
「お前の方はどうなんだ?」
「わたしはテニスに打ち込んでるよ。
あんたに手も足も出なかったけどね」
「テニスはいいが、学校の成績はどうなんだ?」
「普通かな?」
「普通ということは、上位ってわけじゃないんだ」
「うん」
中学のときはトップクラスだった結菜も高校に上がるとそうでもなくなるわけか。
俺が特別ってだけか。
これこそ、10年の苦労の賜物なんだろうけどな。
「そう言えば、一郎。高校に入って誰か付き合っている人いるの?」
「いきなりだな。
俺のところは男子校だし、そういう出会いは皆無だぞ」
「じゃあ誰とも付き合ってないというか、女子高生と話すのもわたしが初めて?」
「いや。
付き合ってはいないが、一緒にダンジョンに入っている女子はいる」
「えっ!」
「お前も覚えてるだろ? 同じクラスだった斉藤さん」
「もちろん」
「その斉藤さんと、斉藤さんの同級生2人。4人で潜ることがあるんだ」
「斉藤さんたちもBランクなの?」
「3人はAランクだ。
たまたま成り行きで一緒に潜ることになった」
「ふーん。斉藤さんも美人だったけど、残りの2人も美人なの」
「俺から言わせると美人というよりかわいい感じだな」
「あっそう」
なぜかそれ以降結菜は下を向いて黙ってケーキを食べ始めた。
なにかマズったか?
俺は元勇者だが、こういった状況に陥った時のリカバリー方法を知らない。
従ってなすすべなし。
会話が途絶えたところで俺もショートケーキを食べ始めた。
こういったものを食べるのも久しぶりだ。
結構おいしいじゃないか。
帰りにお土産に何個か買っていこう。
俺は早々に食べ終え、結菜が食べ終わるのを待っていた。
意外と早く結菜が食べ終え、最後残っていたコーヒーフロートのコーヒーをストローで飲み干した。
「それじゃあ、帰ろうか」
「うん」
俺はレシートを持ったのはいいがどこで支払うのか分からない。
「これ、どこで払えばいいんだ?」
「下の洋菓子のレジでいいのよ」
「ほう」
荷物を持って1階に下りたところで、
「俺はお土産にケーキを買っていくから結菜は先に帰っていていいぞ」
「おごってもらったから待ってる」
俺は先ほどのレシートを先に渡し、ケーキを5つほど選んで紙箱に入れてもらった。
箱はビニール袋に入れられ、箱の上には保冷剤が載せられた。
財布から1万円札を出してそれで支払った。
おつりはお札もあったけれどレシートごとポケットに突っ込んだ。
「帰ろうか」
「うん」
お互いの家の前で、
「それじゃあな」
「きょうはごちそうさま。
冒険者でケガしないでね」
「ああ、ありがと」
俺は結菜と別れうちの玄関に入り、帰宅を告げた。
「ただいま」
『お帰りなさい』
「お土産にケーキ買ってきた」
『あら、ありがとう。冷蔵庫に入れておかなくちゃね』
台所にいた母さんにビニール袋ごとケーキの箱を渡しておいた。
「ずいぶん早かったけれど、それで結菜ちゃんとのデートはどうだったの?」
「デートじゃないし、テニスだし」
「ふーん。
女の子を泣かせるようなことしちゃだめよ」
母さんは何を考えてるんだ? 分かるけど。




