第45話 テニス対決
俺はTシャツに半ズボン、その上に夏物の上着を着て、スポーツバッグにタオルとテニスシューズを入れて玄関に下りた。
あとの持ち物は財布と冒険者証とスマホ。そしてうちの鍵。
タマちゃんとフィオナはお留守番だ。
「母さん、結菜とテニスしてくる」
『あらめずらしい。気を付けてね。
フィオナちゃんは置いてくんでしょ? 面倒は見ておくからね』
スポーツバッグを持って玄関を出た俺はテニスコートのある公園へ向かった。
夏の日差しの中5分ほどで公園に着いた。
帽子を被っているわけではないが、日差しの割にそんなに暑くは感じなかった。
時刻は午後1時45分。
ちょっと早かったかなと思ったら、結菜はもう到着して日陰のベンチに座っていた。
公園のテニスコートは2面あり片方のコートは空いていて、使われているのは一面だけだった。
使っていると言ってもおじさんおばさんたちは日陰に入って涼んでいた。
「早いな」
「一郎は早く来るだろうと思って、早めに来ておいたの」
「そいつは済まなかった」
「コートの予約は2時だから別にいいわよ。
あんたも、日陰に入ってなさいよ」
「結菜、ジュースでも飲むか? おごってやるよ。
そこの自販機で好きなの選べよ」
「あら、ありがとう」
自動販売機にお金を入れてやり結菜が冷たい緑茶のペットボトルを選んだので、俺も同じ緑茶のペットボトルを選んだ。
ペットボトルを持ってベンチに戻って2人で並んで座った。
「一郎とこうやって2人でいるの久しぶりね」
「そもそも2人でベンチに座ったことなんてなかったんじゃないか?」
「あんた、もう忘れたの?」
「あったっけ?」
「もういい」
「わたし少しだけ冒険者のこと調べたんだけれど、Bランクの冒険者になるためには1千万円も儲けなくちゃいけないんじゃない。
一郎がBランクってことは、1千万円儲けたってことだよね?」
「まっ、そーなるよな」
「ずるーい! なんでそんなに儲けられたのよ。
普通何年もかかるって書いてあったよ」
「才能じゃね?」
「そうかもしれないけど、癪に障る。
わたしも冒険者になろうかな。
でも、冒険者になったら大会に出られなくなるし」
「そう言えば、お前のテニスってどうなんだ?」
待ってましたとばかりに俺の問いかけに結菜が答えた。
「こう見えてもうちのテニス部の中ではわたしはエースなの。
秋の新人戦で絶対優勝して、全国大会に出るからね」
「頑張れよ。
しかし、お前の……」
おっと、変なことを口走るところだった。
「何よ?」
「いやなんでもない。
おじさんたちも帰ったし、少し早いけどそろそろ始めようぜ」
俺たちは荷物を持ってコートの中に入り、ベンチに座ってそれぞれ準備をした。
「一郎にはこのラケット貸してあげるわ」
「サンキュウ」
「そのラケット、わたしが中学の時使ってたラケットだし、一郎には軽いと思うけど、どうせ素人なんだからそれでいいよね」
メイスと比べたら手渡されたラケットはメチャクチャ軽い。
確かに俺は素人だし、ラケットなんて持ったことないからこれでいいよね。と、言われればそうだな。と、返すしかない。
しかし、どうせ素人なんだから。はないだろう。
その素人にこれから玄人のテニスプレーヤーさんが負けるわけだから、ちょっとかわいそうかも?
だが、勝負ごとに情け無用! なんてな。
「ルールは3セットマッチ。先に2セット取った方が勝ちでいいよね?」
良くは分からないがそこらは結菜に任せておけばいいだろう。
「それでいいぜ」
ワイヤーが緩めてあったネットを張り直し、準備が終わったところでコートの真ん中でジャンケンして先攻後攻を決めた。
ジャンケンで勝った俺からのサービス。
ボールを線の後ろから打って、斜め向こうの四角に入れればいいはず。
数回それらしいフォームで素振りをしてみた。
素振りしたところ、俺が貸してもらったラケットは見た目以上に軟に見えた。
力を込めてボールを打ったらラケットが壊れてしまいそうなので、作戦を変更して手加減するしかない。
さらに言えば、俺が今手に持っているボールも割れてしまいそうだ。
ラケットが勝つかボールが勝つかは何とも言えないが、とにかく全力なんてとても出せそうもない。
メイスだって手加減して振り回しているわけだから今さらだが。
さて、サーブだかサービスだか知らないが2回打てるはずなので、最初の一回目は様子見でコートの隅でも狙って打ってみるか。
「それじゃあ行くぞ!」
『いいわよ』
軽くボールをトスして落ちてくるところをラケットの真ん中で斜め向こうの四角目がけてヒットした。
バシッ!
手加減して打ったはずのボールはエライ音を立ててネットの上の辺りに当たって跳ね上がり、俺のコートに落っこちた。
今のはフォールトだよな。
俺はボールを拾ってまた線の後ろに立った。
あれ?
結菜が静かだな。
「セカンドサーブいくぞ」
『ちょっと一郎、あんたのサーブなんか狂ってない?』
「ええ?」
『今のサーブのスピード、プロ並みだったわよ。
あんなのが入ったら打ち返せるわけないじゃない』
いやー。そう言われても、あれ以上手加減したら逆にコントロールが悪くなってサーブ失敗する。
とはいえ、そこまで言われて同じサーブは打てないので、できるかどうかわからないがさらに手加減してセカンドサーブを打った。
案ずるより産むが易し、で俺のできる限り手加減したボールはちゃんとネットを越えて、狙い通り結菜の守る四角に落っこちた。
ワンバウンドしたボールは結菜が反応するより早く彼女の足元を通り過ぎていった。
「サービスエースでいいんだよな。
フィフティーンラブ?」
『一郎。今のがセカンドサーブなの?』
「2球目だからセカンドサーブだろ」
『もういい』
結菜にボールを返してもらって、位置をずらして次のサーブ。
今度は1度で決まり、四角の中でワンバウンドしたボールは結菜の届かないところを抜けていった。
サーティーラブ。
そしてフォーティーラブ。
さらにサーブが決まってゲームカウント1-0。
結菜は「コートチェンジ」と、ブスッとひとことだけ言ってこっちのコートに歩いてきたので、俺は結菜がいたコートに歩いていった。
ちょっと怖くなってきたぞ。
次は結菜のサーブ。
結菜がトスしてボールをサーブした。
ボールはカーブしながら俺のコートに落っこちたので、逆らわずに打ち返したらカーブしながら結菜の足元を抜けていった。
……。
結局そのゲームも俺がストレートで取ってしまった。
ゲームカウント2-0
これ以上続けていたらすごくマズいんじゃないか?
実際大人が子どもをいじめているようにも見える。
「おーい、結菜。もうやめにしないか?」
結菜はブスッとして黙っている。
「お前の好きなものおごってやるから」
しばらく間があり、
『わかったわ』
と返事が返ってきた。




