第39話 トウキョウダンジョン2
売店で買い物を終えた俺は武器預かり所に行こうと思ったのだが、考えたら俺の武器はサイタマダンジョンセンターに預けているので、ここで払い出されるわけはない。
素手でも何も問題ないと言えばないか。
誰かに俺が素手で戦っているところを見られたらちょっと変かもしれないけれど、何もやましいことをしているわけでもない。
問題はタマちゃんとフィオナだけだ。
開き直った俺は、改札を通ってトウキョウダンジョンの渦の中に入った。
事前情報というかどこのダンジョンも1階層は大空洞なので、トウキョウダンジョンの1階層に渦から出た時に広がっていた光景はちょっとだけ違和感があったけれど、サイタマダンジョンの1階層に渦から出た時とほとんど変わらなかった。
すなわち、何の感慨も感想もなかった。
トウキョウダンジョンでも2階層に続く階段は渦からまっすぐ進んで500メートルにあるそうだ。
というか、500メートル先くらいにコンクリート製の建物が見えていた。
階段小屋だ。
俺が階段小屋を見定めて歩いていたら、横合いから声がした。
「おい。お前、お前だよ」
俺のこと?
振り向くと、20歳前ぐらいの男が俺を睨んでいた。
「なに?」
「さっきから見てたんだが青いストラップ付けてみっともないんだよ」
「俺がBランクじゃいけないのか?」
ヘルメットは改札を通る前に被ってるんだけどなー。
さらに丸腰がいけなかったな?
「お前高校生だろ?」
「そうだが?」
「高校生でBランクなんていないんだよ。
何粋がってるんだ?」
「俺がBランクでもないのに粋がって青いネックストラップを付けてると言ってるわけなのか?」
俺に絡んできた男の首元には薄汚れた水色のネックストラップが見えた。
20歳前後でBランクになるのは並大抵ではないので当然だ。
「そうだろうが!」
俺は黙ってネックストラップを引っ張ってカードホルダーを胸元から引き出し冒険者証を男に見せてやった。
「これで納得したか?」
「うそだろ? 高校生でBランク。
それも16歳じゃないか!」
うそじゃないから。
「これでいいんだろ?」
俺は冒険者証を胸元に突っ込んで、男を無視して2階層への階段に向かった。
トウキョウは少しは洗練されているのかと思っていたがそれは幻想だったようだ。
埼玉県民の俺が言うのも変だが、実にダサい男だった。
階段小屋には係の人が改札機の脇に立っていたので、俺は軽く会釈して改札機に冒険者カードをタッチして改札を抜けてその先の階段を下っていった。
階段の右側を下りていたら、下の方からクローラーキャリアが上ってくるところに出くわした。
平地を動いているところは何度も見ているが階段を動いているところは初めて見た。
前後を冒険者に挟まれて2台のクローラーキャリアが通り過ぎていった。
クローラーキャリアに同行していた冒険者は全部で6人。その6人が全員金色のネックストラップをしていた。
Sランク冒険者だ。
しかも6人とも。
おそらくトウキョウダンジョンを本拠地とする東京ボンバーズの6人だ。
見た目だけはできる雰囲気だったが、俺が唯一動画で見た『はやて』の後塵を拝しているようなチームなのでそれほどでもないのだろう。
俺には関わりのないことだけは確かだし、よそ様はよそ様。
適当に頑張ってください。と、言うくらいのものだ。
2階層は事前情報通りサイタマダンジョンとほとんど変わらなかった。
俺は後続の邪魔にならないように階段前から少しずれて転移場所にするため周囲をよく観察しておいた。
いったんリュックを置いてリュックの脇の物入れからマップを取り出して3階層に続く階段までの道のりを確かめた。
正面の坑道を道なりに進んでいけば3階層への階段があるらしい。
そもそも2階層に下りたほとんどの冒険者がそっちににまっすぐ向かっているからついて歩いていくだけでよかったようだ。
1キロほど進んだところに3階層への階段があった。
俺はなにが粛々だか分からないが粛々と階段を下りていき3階層に到達した。
見た目も雰囲気もサイタマダンジョンの3階層と同じだ。
俺は例のごとくディテクターを発動して人気のない方向を見つけてそっちに向かって歩いていった。
20分ほど歩いていたら前後に人気がなくなった。
まだモンスターに遭遇していない。
トウキョウダンジョンは抱える冒険者の数が他のダンジョンに比べ格段に多いのでモンスターが薄そうだ。
そうは言ってもまだ20分。
さらに10分ほど歩いていたら前方にモンスターらしい反応がディテクターに引っかかった。
気配はまだわからないのだが、ディテクターの反応の感じは複数だ。
事前情報では、現在のサイタマダンジョンは例外で2、3階層でモンスターは単体で出現するとされていたが、どうも違ったらしい。
俺はその例外に出くわしたというわけだ。
われながら運がいい。
ディテクターで見つけた反応に向かって歩いていたらそのうち近づいてくる気配も伝わってきた。
やはり複数だ。
俺ってラッキーの星の下に生まれたらしい。
気付けばフィオナが俺の右肩に止まっていた。
そっちに顔を向けたらフィオナがほほ笑んだ。
かわいいなー。
さらに進んでいたら50メートルほど先の坑道の曲がりからそいつらが現れた。
なんだ?
オオカミっぽいモンスターが現れた。
オオカミは確か4、5階層のモンスターだったはず。
ここでも下の階層から上の階層にモンスターが移動してきたようだ。
オオカミの足の先から肩までの高さが1メートルほど。正面を向いているので体長はどの程度なのか今のところ分からない。
観察してたらすぐそばまでオオカミが迫ってきた。
坑道の真ん中をひときわ大きなオオカミが先頭を切っている。
俺はパンチで迎えうつ代わりにウィンドカッターを放った。
俺のウィンドカッターは見えはしないので正確なところは分からないのだが、坑道一杯に横に広がりオオカミに向かっていったはずだ。
そして俺に跳びかかろうと体をやや落とし気味にしたそのオオカミに命中した。
ウィンドカッターはそこで止まることなくオオカミの体を通過してしまった。
その結果オオカミの体は上下泣き別れてしまい、上半身は後ろにズレ落ち、下半身は崩れながらも勢いのまま進んでからバタンと倒れた。
俺のウィンドカッターはそれだけではおさまらず、後続のオオカミ4、5匹に致命傷を与えた。
具体的にはウィンドカッターの風の刃が体の前から体の半分くらいまで食い込み、オオカミは血と臓物をまき散らせながら数歩進んで倒れた。
俺のウィンドカッターは俺の知らぬ間に尋常じゃない威力を持っていた。
残ったオオカミはあと4匹。
血だまりで格闘戦はしたくなかったのでタマちゃん先生にその4匹は任せることにした。
「タマちゃん、後は任せた。
核はいつも通り」
俺の言葉にタマちゃんはすぐに反応して、俺のリュックから飛び出した。
今までは、いったん地面にボトンと落ちてから移動していたのに知らぬ間にレベルアップしていたようだ。
俺の知らないテイマースキルで進化したとでも思っておこう。
そして今まで通り残った4匹を簡単に始末してくれた。
その後無残に上下2分割されたり風の刃に途中まで抉られて、血と臓物を坑道にぶちまけたオオカミの死骸をタマちゃんはあっという間に吸収してしまった。




