第36話 フィオナ
自分の部屋に戻った俺は先にリュックを床の上に置いた。
すぐにタマちゃんはリュックから這い出て自分の家の中に入った。
フィオナはまだポケットに入ったままだったので、
「フィオナ、ポケットから出てきていいぞ」
と、言ったらポケットから抜け出て俺の頭の周りを飛び回り始めた。
俺は防具から普段着に着替えた。
その間もずっとフィオナは俺の周りを飛んでいた。
スーパーで買ったハチミツとダンジョンセンターの売店で昼食用に買ったおむすびのパックとお茶のペットボトルをリュックから取り出して机の上に出しておいた。
「フィオナ、飛び回ってたら疲れるだろうから適当なところに座ってろ」
そう言ったら、フィオナは俺のベッドの端にちょこんと座り、部屋の中を眺めまわし始めた。
花畑とはよほど違うだろうし珍しいのだろう。
それに比べてタマちゃんは好奇心はないみたいだ。
もう段ボールいっぱいに広がって四角くなってる。
俺はフィオナにハチミツをやるため小皿を台所から持ってくることにした。
「フィオナ、勝手にこの部屋から出たらいけないからな」
フィオナにひとこと言ったらフィオナがうなずいた。
かわいいなー。
俺は部屋を出てドアを閉め、台所に下りていき、食器棚からティースプーンと一番小さな小皿を一枚貰って部屋に戻った。
ドアを開けて部屋に入るとフィオナが飛び回っていた。
タマちゃんはあいかわらずだ。
俺はハチミツ瓶のビニールの封を切って蓋を開け、スプーンですくって小皿にハチミツを入れてやった。
スプーンにハチミツがくっついたままなので先が小皿の上になるようにスプーンを置いてやった。
何も言わなかったけど、フィオナが飛んできて小皿に手を突っ込んで手に付いたハチミツをなめ始めた。
行儀は悪いが、花畑で育ったはずのフィオナに行儀云々は無意味なのでそのまま食べさせてやった。
どれくらいの量食べるのかと思ったけど案外小食で、小皿の上のハチミツはほとんど減っていなかった。
花のハチミツじゃ一度にたくさん食べられないし、こんなものかもしれない。
小皿の上のハチミツを捨てるのはもったいないけれど、放っておいたらホコリもかかるし乾燥しそうだ。
ホコリは何か上に覆いをかぶせておけばいいけど乾燥はな。
ところでハチミツって乾燥するのか?
分からなかったのでスマホで調べたら乾燥しないそうだ。
俺は再度台所に下りていき、皿の上にかぶせるカバーにするためタッパーを持って部屋に戻った。
フィオナはベッドの上の俺の枕の上で横になって目を瞑っていた。
手と口がハチミツでべとべとになってるんじゃないかと思って近くに寄ってみた感じではそうでもなかった。
かわいいなー。
そう思って見ていたらフィオナが急に眼を開けてニッコリ笑った。
かわいいなー。
フィオナの着ている緑の服なんだけど、これってどうなっているんだろう?
よく見れば模様も緻密だし、ただの布には見えない。
しかし、花畑に洋服屋なんかないだろうし、この服一体どうやって手に入れたんだ?
現に着てるんだからどうにかして手に入れたのだろうが、着替えないとマズくないか?
果たして脱げるんだろうか?
くっ付いてるように見えるんだよな。
諸々を考え合わせるとこの服はフィオナの体の一部と考えた方がいいような気がしてきた。
フィオナの背丈は8センチくらいで妖精女王フェアは10センチはあった。
花畑にはフィオナより小さな妖精もたくさんいた。
もちろんみんな服を着ていた。
やっぱ、洋服屋もないのにおかしいよな。
フィオナの服が実は表皮で、哺乳類みたいに成長するに連れて表皮も大きくなるのか、爬虫類や甲殻類みたいに脱皮するのか?
今のところフィオナは俺の言ってることは理解できているみたいだけど、妖精女王みたいに自分の意思を言葉では伝えられないんだよな。
そういう意味だとタマちゃんもそうだけど、フィオナの場合は小さいとはいえ人間に見えるから言葉による意思疎通の期待が大きくなる。
フィオナがまた目を閉じたところでフィオナ用の家を作ることにした。
とは言ってもタマちゃんと同じ段ボール箱の家だ。
タマちゃんの家は段ボールの底丸出しだけど、フィオナの家にはタオルを敷いてやろう。
タマちゃんは排泄しないようだけど、フィオナはどうなんだろう?
食べてるものがハチミツだけだから、蝉みたいに飛びながらおしっこするような気もするし、不思議生物なのは確かなのだから排泄は一切しない可能性もなくはない。
いずれ分ることだけど、足の裏で踏んづけたりして突然分かりたくはない。
こればかりは文字通り出たとこ勝負になるな。
タマちゃんの家を作ったので段ボール箱が1階の納戸の中にまだあったのを覚えていた。
納戸に行って畳まれた段ボール箱から、タマちゃんの段ボールの半分くらいの段ボール箱をみつけた。
その段ボール箱を組み立ててガムテープを貼って固定して、部屋のクローゼットの下の引き出しからバスタオルを出して底に敷いた。
これで出来上がり。
フィオナは俺の枕の上で本格的に眠ったようなので、起きたらフィオナに家ができたことを教えてやろう。
俺は椅子に座ってスマホをいじり妖精が排泄するのか調べたがどこにもそんな情報はなかった。
考えなくても、妖精自体想像上の存在と認識されているこの世界で、妖精の排泄に関するマトモな情報があるはずなかった。
まっ、いいや。
あとは、父さんと母さんに説明するかどうかだな。
秘密にしておく方があとあと面倒なことが起こりそうだから早めの方がいいだろう。
今日中に2人に話しておこう。
うちの父さん母さんならよそで言いふらさないだろうし。
とか考えていたら、玄関のドアが開いた音がした。
母さんが帰ってきたようだ。
『一郎、帰ってるの?』
やっぱり母さんだった。
「帰ってる」
『昼は食べるんでしょ?』
「おむすび買ったのがあるから部屋で食べる」
『ご飯食べたくなったら早めに言ってよ』
「うん」
俺が部屋の中で大きな声を出したのにもかかわらずフィオナはぐっすり眠っている。
ちょっと心配になって顔を見たら、夢の中でハチミツを食べているのか口をもぐもぐ動かしていた。
そろそろ昼なので、買ってきたおむすびセットを食べることにした。
おむすびセット2つは俺ので、1つはタマちゃんの分だ。
ラップをはがしてタマちゃんの段ボール前においてやったら、においを感じたのかタマちゃんから偽足が伸びてあっという間におむすびセットのおむすび2つとたくあんがなくなった。
それで偽足は引っ込んだので満足したんだと思おう。
俺も机の上におむすびセットを広げて食べ始めた。
タマちゃんほどではないが、おむすびセット2つ。合計4個のおむすびをあっという間に食べてしまった。
ごちそうさまでした。
お茶のペットボトルは1本余ったのでリュックに戻しておいた。
昼食を食べ終えた俺は、発泡スチロールのトレイやラップ、飲み終えたペットボトルをまとめて1階に下りていったら、父さんと母さんが昼食を食べていた。
持って下りてきたゴミは燃えるゴミのゴミ箱に入れておいた。
ペットボトルは包装のビニールを外して、ペットボトル入れに入れた。
さて、午後から何をしようか?
ダンジョンに行っていないと暇だ。
転移の練習を兼ねて行ってみるとするか。
たしかダンジョン高校の連中は3階層だった。
2階層ならだれもいないはずだ。
善かどうかはわからないが善は急げだ。




