第34話 フェアリーランド、うごめく黒いもや
『ゆうしゃさま、めをあけてください』
フェアの言葉に従ってゆっくり目を開けたら、青空の下、花畑が広がっていた。
ただ花畑の花はしおれて頭を垂れて、花弁はしなびていた。
これはひどい。
「それで魔物はどこにいるんだ?」
『あそこです』
フェアが指さした方向を見ると、花畑の中で何か黒いもやのようなものが広がってうごめいていた。
「あの黒いもやのようなものをたおせばいいのか?」
『はい』
「アレの弱点とか、アレに対して気を付けるべきところはないのか?」
『そういったことは、なにもわかりません』
全く手も足も出なかったのか、そもそも手も足も出さなかったのか?
何となく後者のような気がするな。
あれくらいなら、サクッとたおしてしまってここで昼食をとればいいな。
そのあとで向こうに帰してもらえばいいや。
俺は新しい方のメイスを構えて魔物に向かって駆けていった。
フェアは俺の頭の上を飛んでいる。
ついてきてくれるようだ。
妖精女王というくらいだから何かスゴイ魔法が使えるのかもしれないが、よその世界に助けを求めに来たことを考えると期待薄のような気もする。
うごめく黒いもや。
こいつは霊的な何かか、ガス状の何かなのかもしれない。
ガス状の何かならファイヤーボールで吹っ飛ばすだけだが、霊的なものだと俺には打つ手がない。
30メートルくらいまで近づいたところで、俺はメイスを左手に持ち替え、右手から魔物に向かってファイヤーボールを放った。
俺の白色ファイヤーボールは爆発することなく魔物の体を抜けていきその先で爆発した。
爆発に巻き込まれて花畑の花が吹き飛んだ。
戦いには犠牲はつきものだ。
諦めてもらうほかない。
現に俺は花を踏んづけて走っているわけだしな。
これで、黒いもやは霊的な何かである可能性が高まった。
聖女マリアーナがいたら霊的な存在などザコなのだが、俺はマリアーナの真似はできない。
安請け合いしたけど、ちょっとマズったカモ?
とはいえ元が付こうと俺は勇者だ。請け負った以上、勇者の名にかけて使命は完遂する。
俺は不利を悟りながらも右手に新しいメイス、左手に今までのメイスを握り2刀流でうごめく黒いもやの中に突っ込んでいった。
突っ込んでいって分かったことだが、うごめく黒いもやは影のような半透明のヒトガタがたくさん集まったものだった。
そいつらが重なったり離れたりしてぼやけた塊になったものだ。
ヒトガタがうごめいているわけだからよけい気色悪い。
そのヒトガタたちに向かって俺は両手のメイスを振り回す。
もちろん手ごたえはなにもない。
俺の周り360度、どこを向いてもヒトガタだ。
おいおいおいおい。
マズいんじゃないか?
ただ、ヒトガタは俺に触れることを嫌がっているようである程度の距離をおいて、それ以上俺に近づいてこようとしなかった。
しばらくそうしていたらフェアの声が頭の中に響いた。
『ゆうしゃさま、……』
苦しさが伝わってきた。
俺にはヒトガタの攻撃は効かないのかもしれないがフェアには有害な何かをしている可能性がある。
俺は左手のメイスを振り回しながらも右手のメイスをいったん腰に戻した。
「フェア、俺の右手の上に乗れ」
『はい』
俺の右手に乗ったフェアの羽根の上の2枚がしおれていた。
これなら治せる。
ヒールを2度続けて発動してやったらフェアの羽根は元通りピンと伸びた。
『ありがとうございます』
フェアは元気を取り戻したようだ。
しかし、このままではらちが明かないというか、じり貧だ。
何か手はないのか?
俺は思案しながらも左手のメイスを振り回していたら、背中のリュックからタマちゃんが這い出てきて足元に落っこちた。
タマちゃんも参戦してくれるようだが相手は霊的何かだ。
タマちゃんの気持ちは嬉しいが、何もできることはないだろう。
右手にフェアを乗せ、左手でメイスを振り回す俺。
足元には金色スライムのタマちゃん。
そのタマちゃんが俺の足元から離れてヒトガタたちのうごめく中に入っていった。
何をするのかと注意を向けたら、いきなりタマちゃんの体から四方八方に金色の偽足が伸ばされた。
偽足は俺や俺の振り回しているメイスには当たらないように微妙に調整してるようだ。
偽足の長さはどれも10メートルはあるんじゃないか。
いわば金色のウニだ。
そのウニがヒトガタの存在を無視するように俺の周りを回り始めた。
ウニが回るに連れてだんだんと俺を取り巻いていたヒトガタが薄くなってきている!
タマちゃんが偽足でヒトガタを吸収しているのか?
いや、そうに違いない。
タマちゃんが5周くらいしたらヒトガタはいるのかいないのか分からないほど薄くなってしまった。
それからさらに2回タマちゃんが俺の周りを回ったら完全にヒトガタの気配はなくなってしまい、タマちゃんも偽足をしまって本来の姿に戻った。
フェアも俺の右手から飛び立って『ありがとうございます、ありがとうございます』と言いながら俺の頭を周りをグルグル回っている。
「でかしたタマちゃん」
俺はしゃがんでタマちゃんの頭を撫でてやった。
タマちゃんは一度うれしそうに震えて、それから俺の足を伝わって背中のリュックの中に自分から入っていった。
「これでよかったのかな?」
『はい。まものはいなくなりました。
ゆうしゃさまにおれいをさしあげなくてはなりません。
わたしがゆうしゃさまにさしあげられるものは3つあります。
そのなかからひとつおえらびください。
ひとつめ、わたしのしゅくふく。
ふたつめ、アイテムボックス
みっつめ、てんいじゅつ』
うーん。
妖精女王の祝福にどういったご利益があるのかは不明。
ちょっと聞いてみるか。
「ちなみに、フェアの祝福を貰うとどうなるの?」
『こうかはふめいです』
そ、そうなんだ。
不老不死とかそれなりにすごい効果があるかもしれないけれど、ここは目先で選んでしまった方がいいな。
アイテムボックスはタマちゃんである程度代用できそうだから転移術か。
人前で披露はできないけれど使いではある。
よし、これに決めた!
「転移術に決めた」
『わかりました。……。
これでゆうしゃさまはてんいじゅつがつかえるようになったはずです』
「使い方は?」
『てんいしたいばしょをおもいえがいて、つよくてんいとねんじるとそのばしょにてんいできます』
「じゃあ、さっきの場所にも戻れるんだ」
『はい』
「使用回数とか、何か制限は?」
『しようかいすうはゆうしゃさまのまりょくしだいですが、ゆうしゃさまのばあい、まりょくのかいふくそくどがてんいでのしょうひりょうよりかなりおおきいので、むせいげんにてんいがつかえるとおもいます。てんいのせいげんはとくにありません』
「なるほど」
制限なしとはすごい。
フェアリーランドにも転移できるということだろう。
ここで昼食とか考えてはいたがテストも兼ねて転移を使っておいとまするか。
転移する前、辺りを見回したら、しおれていた花が少しずつ元気になってきたようだ。
戦いで踏みつぶされて地面の露出していたところから草の芽が出てそれがどんどん大きくなってきた。
面白くて見ていたら、そのうち花芽ができて膨らんできた。
とうとう花が咲いた。
そのころにはしおれていた花もみんな元気になったようで花畑全体が花で覆いつくされた。
今までどこに隠れていたのか無数の妖精たちが花の上、花の間を飛び回り始めた。
確かにフェアリーランドだ。
「俺はそろそろ帰る」
『もうおかえりですか?』
「ああ」
『それではおおくりいたします』
「試しに転移を使って帰る」
『それではさようなら。
ゆうしゃさま、いつでもこのフェアリーランドにいらしてください』
「そのうちな
それじゃあ、さようなら」
俺はフェアに出会った茂みの中を思い出して『転移』と唱えた。
 




