第330話 付録4、サイタマダンジョン
今日はダンジョン庁の河村さんとのミーティングの日だ。場所はサイタマダンジョンセンター管理棟の中の一室。
こういったミーティングを開いて、自動人形のレンタル事業や果物事業を進めてきたわけだ。
事業を始めるにあたり、ダンジョン庁の了解の下、『わたしの果樹園とサイタマダンジョンの1階層を結ぶ渦がたまたまできるかもしれません』と適当なことを言ってサイタマダンジョンセンターに新たな渦を作ったのだが、俺が自由に渦を作れる。と、ダンジョン庁も理解していると思う。
そのことについて、双方表立って確認してはいない。こういった大人の関係が築けているのは、河村さんがそれっぽいことを言って上司を納得させているからなのだろう。
部屋の中には俺と河村さん、そして河村さんの2期後輩だという野路さんの3人がテーブルを囲んでいる。野路さんも河村さん同様ダンジョン高校を卒業して一般大学に入学し、晴れて国家公務員総合職試験に合格してダンジョン庁に入庁した女性キャリア官僚だ。
ご本人いわく、河村さんの子分という扱いになるそうだ。
テーブルの上にはダンジョンセンターの女性が配ってくれたホットコーヒーが置いてある。
そういえば河村さんは今回のようにダンジョンセンターの施設を使っているのだが、ダンジョンセンターはダンジョン庁の外郭団体とはいえ、いちおう別組織。いいんだろうか? と、思ったが結果としてほぼ自由に使っているので問題はないのだろう。あったとしても、俺には関係ないし。
ミーティングの最初に河村さんが自動人形事業と果物事業の近況を説明してくれた。本来は俺の会社『サイタマの☆』の話なのだが、ダンジョン庁、実質的にはダンジョンセンターで面倒を見てもらっているのが現状だ。
その『サイタマの☆』の本社はとあるマンションの一室で、現在自動人形2名が電話とノートパソコンを使って配置調整と果物の出荷調整を行なっているだけだ。
将来的に河村さんが公務員を辞めるようなことがあれば、うちで雇ってもいいかもしれない。
この関係を全て仕切ってもらえばいいし、何か新しい事業を始めてもらってもいい。
「……、といった状況で『サイタマの星』のどちらの事業も順調に拡大しています。
ただ、冒険者の増加数が頭打ちになっていることをダンジョン庁では心配しています」
ちなみに会社の登記名に『☆』は使えなかったため、『サイタマの☆』の正式名称は『サイタマの星』だ。『サイタマの☆』は表示名ということになる。
「そうですか」
タマちゃんが言うにはダンジョンの中で外部の者が活動することでダンジョンポイントが手に入るとのこと。冒険者人口が増えてくれるに越したことはないので何かいい案がないか俺も真剣に考えてみるか。
「新規の冒険者に成るためにはだいたい10万円近くのお金が必要で、高校生にはかなり厳しい額だと思うんですよね。特に防具が高い」
「国からもメーカー、販売店に補助を出して極力価格を抑えているんですが」
「利益度外視で防具を売ればかなり安くなるんじゃないでしょうか?」
「ええ?」
「例えば主要メーカーで販売店網を持つダンジョンワーカーですが、『サイタマの☆』で買ってしまいましょうか? 赤字じゃマズいけど利益を出さない程度まで価格を抑えて販売してしまえばかなり価格を抑えられるかもしれません。
買収するのにどの程度の資金が必要か分かりませんが、純金100トン分、1兆円ちょっとで何とか買えませんかね? それくらいなら大したことありませんから」
「分かりました。さすがにそこまで長谷川さん個人に負担をかけるわけにはいきませんので国としても補助金増額を検討してみます。高校生限定ないし20歳以下限定とすれば一人当たりかなりの額補助できるかもしれません」
「そうですか。それは朗報だ」
野路さんは俺と河村さんの会話を持参したノートパソコンを使ってメモしている。
ダンジョン庁の予算がどうなっているのか分からないが、向うが譲歩してくれたのならこちらもなにがしか考えないとな。タマちゃんのためでもあるし。
河村さんは俺がダンジョンマスターであることを知っているので回りくどい表現をしても仕方がないのだが、一応メモまで取られているミーティングなので俺も遠回しな表現を使う必要がある。
「そういえばすごいアイテムを見つけたんです」
「どういったアイテムですか?」
「2点間を転移で結ぶアイテムです。
ダンジョン内とダンジョン外の2点は結べないんですが、ダンジョン内同士、ダンジョン外同士なら2点を結べます。
例えばここに1つ置いて、それと対になった1つをダンジョン庁のどこかの部屋に置けば、こことダンジョン庁を自由に行き来出来ます」
「えっ! それは画期的すぎるアイテムじゃないですか?」
「ダンジョン外で使用する場合は使用回数に制限があるんですけど、電池のようなものを取り換えれば何回でも使えます。ダンジョン内で使用する場合は使用回数に限度はありません」
「ぜひ譲ってください。価格については検討させてください」
「これもレンタル形式を考えています。料金は1転移いくらといった感じです。ダンジョン外で使うとメンテナンスが大変なので、ダンジョン内限定を考えています」
「ということは冒険者限定ということですか?」
「はい」
声で転移ではなく料金を払ったら何かの信号が出てそれを受けて転移が作動するといった感じに仕様変更が必要だな。覚えておこう。
「ダンジョン内限定であっても、1階層の渦の近くにそのアイテムを置いておけばダンジョンセンター間を移動できるということですか?」
「はい。例えばここサイタマダンジョンの1階層に1つ置いて、それに対になる1つをフクオカダンジョンの1階層に置いておけば、福岡と埼玉の移動が一瞬です。それを目当てに冒険者になる人も出るかもしれません。それが目当てで冒険者になったとしても、ある程度のダンジョンでの活動は期待できるんじゃないでしょうか」
「ほう」
「そういう使い方もできますし、1階層からどの階層でも一気に移動することが可能です」
「ダンジョンの深部へ設置した場合、モンスターに破壊されるようなことはないんでしょうか?」
「モンスターでは破壊できないものですから大丈夫です」
今のところモンスターが転移板を破壊できるかどうかわからないけれどタマちゃんに後でそういう風にしてもらえばいいや。
「そのアイテムの数は十分なんでしょうか?」
「金の延べ棒と同じでいくらでも取ってこられます」
「それでしたら是非そのアイテムを実働させましょう」
「見本を今度お見せしますよ。明日日曜だから明後日の夕方でどうですか?」
「わたしたちは明日でも構いません」
「それなら、明日の8時半にわたしの専用個室でお待ちしています」
「了解です。よろしくお願いします。ちなみにダンジョンに入る格好の方がいいですよね?」
「どちらでも構いませんよ」
「了解しました」
「あと、ダンジョン庁の方で何かありますか?」
「ダンジョンセンターではダンジョンの出入り口の渦を大きくするようなアイテムがあればありがたいということでした。なんとなく渦ができるかもしれないことを予見できる長谷川さんならそういったアイテムに心当たりがあるのでは?」
これは催促なんだよな。
「渦の大きさが大きくなればクローラーキャリアも大型化できますし、大型機械をダンジョン内に入れられます」
タマちゃんに頼めば簡単に渦の大きさは変えられるはず。しかしそれらしいアイテムとなると逆に難しい。
今回も「なんとなく」で押し通してみるか。
「ダンジョンから見ても、冒険者の数が増えればそれだけにぎわうわけですから、そういった望みは叶うんじゃないですか? なんとなくそう思います」
「やはり、なんとなくそう思われますよね」
「具体的にはどの程度広くなればいいんですか?」
これに対して野路さんが答えた。
「横幅で2メートル。高さで1メートルです」
「なるほど。それほど広くなくてもいいということですね」
「はい。現在のダンジョンセンターの建屋との関係もありますもので」
そのミーティングから1週間後。全国で64カ所あるダンジョンの出入り口の渦の大きさが左右1メートルずつ広がり、1メートル高くなった。




