第33話 フェアリー
俺は新しいメイスをベルトの右側、ナイフの鞘の後ろの吊り下げ用金具に掛けて吊り下げてみた。
左腰に下げた今までのメイスはこれまで移動に支障はなかったが、ふたつもメイスを腰に下げたらちょっと邪魔になる感じがした。
歩く分には問題ないと思うが、走ったら邪魔になりそうだ。
ちょっとマズったカモ?
今日は1階層しか行けないので出てくるモンスターはスライムと昆虫しかいない。
それではあまり意味はないかもしれないけれど、新しいメイスの試運転だ。
武器屋のある2階からエスカレーターで1階に下りた俺はそのまま改札口を通ってその先の渦を越えて1階層に入った。
1階層は真夏の今でも20数度なので、かなり涼しい。
冬になっても気温は変わらないらしく、そうなるとかなり暖かい。
ここに家を建てれば冷暖房不要になると思うが、今のところ居住用の建物を建てる計画はないようだ。
電気もなければ外部に通信もできないわけだから、俺のいた世界ならまだしも今の世の中では全くニーズがないのだろう。
今日は実質1階層しかオープンしていないんだが、逆に冒険者の数は普段と比べて少ないような気がする。
閑散とした感じがするのは、俺の勘だがBランク以上の冒険者が1階層で活動するのではないかとAランク冒険者が考えてダンジョンに入ることを見送ったに違いない。
俺にとってはありがたい。
とは言っても、人目がないわけではないので、タマちゃんへのメイスの収納を試すこともできそうにないしタマちゃんが活躍する場はなさそうだ。
俺はディテクターで周囲を探りつつ、とりあえず階段小屋がどうなっているか見に行くことにした。
渦から階段小屋までたったの500メートルしかないけれど、メイスが邪魔になるか確かめるため走ってみた。
階段小屋にたどり着いたころには新しいメイスを腰に下げていた違和感はなくなっていた。案外簡単に慣れるものだ。
階段小屋は封鎖されているという話だったが、人が立っているでもなく、ただ道路工事のコーンのようなものと、通行禁止の立て札が置いてあるだけの封鎖とは程遠いものだった。
その気になれば階段を下りていくことは簡単そうだけど、下りていくのは自己責任ということなのだろう。
階段小屋の前でディテクターで探ったところ反応があったのでそっちに向かって歩いていった。
反応は50メートルほど先の茂みの中。
新しいメイスをベルトの金具から外し、右手に持って近づいていった。
10メートルくらいまで近づいているはずなのに気配は感じられない。
気配が小さい=ザコモンスターと考えていいのだが、1階層のモンスター全てがザコなので、この先にいるのはザコザコということになる。
俺は極力気配を消して茂みの中に分け入っていった。
そして、茂みの中、少し開けたところにモンスター?を発見した。
「フェアリー?」
見た目いわゆるフェアリーが地面の上にうつ伏せで寝ていた。
フェアリーの背中には透明な羽が左右3枚ずつ付いていた。
6枚の羽が全部しなびているように見える。
さらにこいつはイッチョ前に羽に邪魔にならないよう背中が大きく開いた緑の服を着ており、頭の上に王冠のようなものまで載せていた。
フェアリーと言ってもダンジョンに現れたということはモンスターの一種だろう。
だからと言って、俺の新しいメイスの一撃でぺちゃんこにはさすがにできない。
見た感じフェアリーの羽はしなびてはいたが体にキズとかケガは無いようだ。
そのかわり背中が不規則に上下している。
このままだと死んでしまいそうだ。
仕方がない。
俺はフェアリーの上に右手をかざしてヒールの魔術を発動した。
フェアリーのしなびた羽がみるみる治ってちゃんと伸びてきた。
呼吸も落ち着いてきたようだ。
これなら大丈夫。
俺のヒールもこっちに戻ってきたらレベルアップしてたみたいだ。
俺にとってもこのフェアリーにとってもラッキーだ。
念のため再度ヒールの魔術を発動したらフェアリーの羽はピンと伸び完全に治ったように見えた。
そのかわりフェアリーは目覚めない。
どうすれば目が覚めるのか? と、思っていたら、急にフェアリーが体を動かし、いきなり飛んだ。
逃げていくのかと思ったが、フェアリーは俺の目の前で宙に浮かんだ。
『あなたがわたしをたすけてくれたゆうしゃさまですか?』
俺の頭の中にフェアリーの言葉というか考えというか、とにかくフェアリーの言いたいことが響いた。
これがうわさに聞くテレパシーというやつではなかろうか。
俺のことを勇者と呼んだのには驚いたが単なる言葉の綾なのだろう。
「その通り。俺がお前のしなびていた羽を治してやった」
『ありがとうございます。
おれいをしなければなりませんが、いまのわたしにはそのちからがありません』
「お礼はいいよ。
それでお前はこれからどうする?
ここにいたらそのうち誰かにつかまってしまうと思うが」
『わたしはフェアリーランドのじょうおうフェアといいます。
いまわたしのくにはまもののぐんぜいによってほろびにひんしています。
わたしはいせかいのゆうしゃさまにたすけをもとめるためこのせかいにやってきました。
ゆうしゃさま、どうかわたしのくにをおすくいください』
なんだかチープなおとぎ話が始まってしまった。
だが、嫌いではない。
いや、大好物だ。
「助けるといっても、そもそもそのフェアリーランドなんて俺は知らないからなにもできないぞ」
『フェアリーランドへはわたしがおつれします』
「連れていかれたとして、帰ってこられないようだとシャレにならないぞ」
『わたくしのいのちにかえてもおかえしします』
さっきまで死にかけていたフェアリーが「命に代えてでも」か? ちょっとお安い約束のような。
「助けに行ってやるが、俺は夕方までには帰らなくちゃならない。
それだとほとんど何もできないぞ」
『このばしょ、このじかんにおかえししますので、それはもんだいありません』
なるほど、俺がこの世界に戻ってきた時と同じような感じになるわけだな。
「分かった。それならいつでもいいから俺をフェアリーランドに連れて行ってくれ」
『ありがとうございます。それではいまからおつれします。
いちどめをつむっていただけますか?』
俺は妖精女王フェアの言葉に従って目を閉じた。




