第324話 ダンジョンマスター
タマちゃんがダンジョンコアと同化することで、ダンジョンコアは生き返ったが、タマちゃんは今までの記憶を全て失くしてしまった。
胸の中にぽっかり穴が空いてしまった。そんな空虚な感覚。
しばらくダンジョンコアを眺めていたら、進化して話せるようになったフィオナが俺に話しかけてきた。
「イチロー、前を向こうよ。タマちゃんはダンジョンコアとして生まれ変わったんだから、目の前のダンジョンコアはタマちゃんなんだよ」
「そうだった。生まれ変わったんだものな」
ふー。
タマちゃんは自分の記憶を捨てて俺たちのために生まれ変わったことを忘れてはいけない。
俺はダンジョンコアとして生まれ変わったタマちゃんのことをタマちゃんと呼ぶことにした。
「イチロー、ダンジョンコアの喜ぶことって何だと思う?」
「……。分からない」
「それはね、ダンジョンが発展することなんだよ。タマちゃん、そうだよね?」
『はい。その通りです』
そうか。それならタマちゃんのためにこのダンジョンを発展させようじゃないか。
まずは、ダンジョンの補修だ。
「地震の影響でダンジョンの中がかなり傷んでいると思うけれど修復できるかい?」
『はい。今回はこの階層から崩壊が始まったようで、そのほかの階層ではほとんど被害が出ていないようです』
「ということは死傷者も少ない?」
『けが人は出ているようですが、おそらく死者は出ていないと思います』
「タマちゃんのおかげだ。じゃあ修復はこの階層中心だな?」
『はい。この階層以外でも以前崩壊した個所もそのまま残っているのでその個所も現在補修しています。それほど時間はかかりません』
あとは、出入り口の渦だ。
「1階層の渦は修復できるかい?」
『はい。全64カ所の渦の修復は終わっています。
渦ですが、マスターが望む位置に渦を作ることができます』
ああ、そうだった。それがダンジョンコアを見つけたい理由のひとつだった。
渦を自由に作ることができれば自動人形を使って果物を大量に輸送できるし自動人形のレンタルも可能になると思っていただけだったが、そうすれば冒険者の数も増えてダンジョンが発展する。
「試しに、ここと新館の俺の書斎を渦でつないでくれるかい?」
『位置が分かりませんので、わたしに手を添えてください」
やはり館のことも記憶にないのか。俺は言われるままタマちゃんの上に手を添えた。
『……、位置の特定が終わりました。
書斎のどの辺りに作りましょうか?』
「廊下への扉の横辺りが空いていたからそこに」
『ここに作る渦はどこにしましょうか?』
「この中庭に面した残った壁のどこかでいい」
『了解しました。……。
こちら側の渦はマスターの真後ろの壁に作りました』
「試しに入ってみる」
俺はフィオナを肩に乗せて先ほどでき上ったばかりの渦の中に入った。
渦を抜けた先は間違いなく新館の俺の書斎だった。
俺は机の上の呼び鈴を鳴らしてアインを呼び、タマちゃんがダンジョンコアとして生まれ変わり、タマちゃんのいる場所に直結した渦をタマちゃんに作ってもらったことを説明した。
「タマちゃんさんがダンジョンコアになったんですね」
「その代り、俺のことも含めて今までの記憶を全て失くしてしまった」
「そうですか」
「残念だがそういうことだ。俺はまたタマちゃんのところに戻る」
「はい」
タマちゃんの前に転移した時には、中庭に散らばっていた瓦礫などは片付いていた。そして、中庭を囲んでいた建物も元通りになっていた。
この建物は飾りのようなものだけど、ちゃんとした館に改装してしまってもいいかもしれない。
ペットボトルからお茶を飲もうと思って『タマちゃん』と、呼びそうになってしまった。
タマちゃんに預けていた物品もなくなってしまったのか。
こればかりはしかたない。
そういえばタマちゃんが最後に言っていた『預かっていたもの俺に返す』ってどういう意味だったのだろう?
タマちゃん以上に大事なものなどなかったわけだから、今さらどうでもいいと言えばどうでもいいか。
これまでタマちゃんに頼ってばかりだったから、かなり不自由になるがそれだけだ。
「イチロー、タマちゃんが預かっていたものを返すと言ったのなら、返したはずだよ」
「フィオナ、どういうことだ?」
「だから、一郎が文字通り持っているってこと」
「フィオナの言っている意味がよく分からないのだが」
「イチローの体の中がタマちゃんみたいに収納できるようになってるんじゃないかな」
「収納? 俺が?」
「そう。収納スキル?って言うのか知らないけど、イチローはそういった能力を預けていたアイテムごとタマちゃんからもらったんじゃないかな?」
「あー。そうなのかもしれない。でも自分じゃそういった能力を持っている感じは全くしないし、もしそういった能力を持っていたとしても、使い方も全く分からないんだが」
「それなら、フェアのところに行って、使い方を教わればいいよ」
そうか。たしかにフェアは黒い影を退治したお礼を選ぶときアイテムボックスって言ってた。
「じゃあ、久しぶりだけどフェアリーランドに行ってみるか」
「うん」
転移しようと思ったら、ここからは転移できないことを思い出した。
一度新館に移動してから転移しようと思ったら、タマちゃんの声が頭に響いた。
『マスター。マスターだけこの階層から転移で出ていくことも入ることも可能にしています』
「ありがとう。タマちゃん。
それじゃあ、フェアリーランドに転移!」
目の前の風景が石畳の中庭から一面の花畑に切り替わった。
この前ここに来た時と同じように真っ白な綿雲がぽっかり浮かぶ青空の下、花畑の上では妖精たちが飛び回っていた。
花畑の中でフィオナを肩に乗せて立っていたら、妖精女王フェアがやってきた。
『ゆうしゃさま、いらっしゃい』
「今日は教えてもらいたいことがあってここに来たんだ」
『わたしがしっていることなら』
「実は俺、アイテムボックス的な能力を持っているかもしれないんだけど、使い方が分からないんだ。なのでアイテムボックスの使い方を教えてほしいんだよ」
『わかりました。のうりょくがあることがぜんていですが、しゅうのうしたいものをてにして「しゅうのう」とあたまのなかでかんがえてください』
俺は防刃ジャケットの内ポケットに入れていたスマホを取り出して『収納』と頭の中で唱えてみた。
そうしたら、右手で持っていたスマホが消えてしまった。そして頭の中というか胸の中というかよくわからないけれど、そこにスマホが収納されていることがなんとなく分かった。
『「しゅうのう」できたようですから、アイテムボックスのスキルをもっていることがわかりました。つぎは「もくろく」ないし「しゅうのうひょう」とあたまのなかでかんがえてください』
俺はフェアの教え通り『目録』と頭の中で声を出したところ、ものすごい量のアイテムが俺の体のどこかに眠っていることが分かった。
「アイテムがものすごい量入っていることが分かった」
『つぎは、そのなかからてきとうなアイテムをえらんで「はいしゅつ」とあたまのなかでかんがえてください』
あの大量のアイテムの中から選び出すのは大仕事だと思ったのだが、とりあえずさっき収納したスマホを頭に描いて『排出』と考えたら、目の前にスマホが現れた。スマホが落っこちる前に素早く右手で受け取った。
『「しゅうのう」とか「もくろく」とか「はいしゅつ」といったことばはじぶんのなれたことばにおきかえてもかまいません。
なれてくれば、てでもっていないものもしゅうのうできるようになりますし、てきとうなばしょにはいしゅつできるようになります。アイテムボックスのせつめいはこんなところです』
俺はスマホを数回出し入れしたあと、防刃ジャケットの内ポケットに戻して、フェアに礼を言った。
「フェア、ありがとう」
そのあと、アイテムボックスからリンゴを4つ取り出して包丁で小さく切っていき、同じくアイテムボックスから取り出した皿の上に盛ってやった。
すぐに妖精たちが集まってきてどんどん果物のヤマが小さくなっていったので今度はナシを小さく切ってやった。
そうやって10個ほど果物をふるまったところで帰ることにした。
「フェア、今日はありがとう」
『どういたしまして。またいつでもおいでください』
俺はフィオナを連れて専用個室に転移した。
腕時計を見たら時刻はまだ午前10時だった。地震があったはずだが、ダンジョンセンターの中は前回と違って騒がしい感じではない。なにがしかの被害が出ていたとしても軽微だったはずだ。
武器類をロッカーに返し、カードリーダーに冒険者証をかざしてうちの玄関の中に転移した。
「ただいまー」
『お帰りなさい。今日はどうしたの?』
「いろいろあって疲れたんだ。ちょっと上に上がって休む。昼食はいらないから」
『大丈夫?』
「俺は、だいじょうぶ。だけどタマちゃんが帰ってこられなくなったんだ」
『ええっ!』
母さんが驚いた声をだして台所から出てきた。
靴をぬいで廊下に上がって母さんにタマちゃんが死んだわけじゃないけれど動くことができなくなったと伝えた。会いに行くこともできるとも伝えておいた。
「いなくなったわけじゃないんなら、いつか帰ってこられるってこと?」
「難しいと思う」
「そうなの。
フィオナちゃんは大丈夫のようね」
「うん。わたしは大丈夫」
「フィオナちゃん、しゃべれるようになったんだ」
「うん。タマちゃんが動けなくなった代わりというわけじゃないけど、しゃべれるようになっちゃった」
「それだけはよかった」
「じゃあ母さん。俺は2階でしばらく休んでおく」
「そう。お腹が空いたら早めに言いなさいよ」
「うん」
2階に上がって2時間ほど前までタマちゃんが入っていたリュックを床に置き、普段着に着替えてそのままベッドで横になった。
フィオナは俺の枕の横に座って俺の顔を見ていたが、そのうち俺は眠ってしまった。
目ざめて上半身を起こしたら、起きていたのか眠っていたのか分からないがフィオナが俺の肩に止まった。
タマちゃんの段ボールのおうちの中にいつもの金色は見えなかった。
ああ、そうか。
時計を見たら午後3時だった。
1階に下りて脱衣所の洗面台で顔を洗って、しっかりしようと両手でほほを叩いた。
よし!
『一郎、お腹が空いたの?』と、台所から母さん。
「いや、大丈夫」
 




