第321話 バーベキュー大会
バーベキュー大会2話のあと、最終エピソードとなります。
今日は父さんを博多まで送るので、朝はゆっくりしてうちで朝食を摂った。
父さんを送るのは8時半の予定なので、それまで自分の部屋で時間調整し、玄関から父さんを博多駅に送った。
「一郎。ありがとう」
「うん。それじゃあ4時にこの辺りで」
「分かった」
父さんを見送った俺は博多駅の通路からうちの玄関に戻った。
「母さーん。父さん送ってきたよー」
『一郎、ありがとう』
2階に上がったらタマちゃんはちゃんとリュックに入って偽足をリュックから出してスタンバイアピールしていた。
俺がタマちゃん入りのリュックを背負ったところで、フィオナが俺の顔の真ん前に浮かんで俺を見つめる。フィオナを連れて行く? うーん。
フィオナが俺をじっと見つめる。負けた。
「フィオナ。昼食の時みんなに紹介するからその時までフィギュアでいてくれよ」
そう言ったらフィオナは大きくうなずきニコニコ顔で俺の右肩に止まった。
フィオナと地頭には勝てないということか。
フィオナを連れた俺は玄関に下り安全靴をはいた。
「母さん、行ってきまーす」
『いってらっしゃーい』
今日の待ち合わせは9時に1階層の渦の先。
みんなで2時間ほど1階層を歩き回ってお腹を空かせてからバーベキュー大会を始める予定だ。
今日は俺も含めて7人で1階層を練り歩くわけだから、いまさら俺が武器を持つ必要はないだろう。
ということで専用個室に転移した俺は、ロッカーから武器を取り出すことなく、ダンジョンセンターとダンジョンへの入場証明のため、カードリーダーに冒険者証をかざした。
それから1階層の階段部屋の裏辺りに転移した。
そこで思い出した俺は、時間も少し早かったこともあり、岩棚に植えたレモンの木の前に転移した。岩棚の上は地震の影響はなかったようでどこにも何かが崩れたようなあとはなかった。
一安心した俺はレモンを5つばかり手で摘んでタマちゃんに預けてから再度階段部屋の裏に転移して渦に向かって歩いていった。
渦の前に立っている人の数は多くはないので、少し歩いたらすぐに鶴田たち3人組が目に入った。よく見たら秋ヶ瀬ウォリアーズの3人も一緒で鶴田たちと談笑していた。
これは9時ピッタリに現れた方がいいのだろうか?
とは言ってももう距離は200メートルしかないしUターンするわけにもいかなかったのでそのまま歩いて行った。
「みんな、おはよう」
「「長谷川、おはよう」」「「長谷川くん、おはよう」」
「みんなもう揃っているようだから、さっそくモンスター狩にいこうか。
この前にも言ったと思うけど、2時間ほど歩き回ってお腹を空かしてからバーベキュー大会を始めるから」
「「了解」」「「はーい」」
「それはそうと、長谷川の肩の上のフィギュアだが、それがアノ有名なフィギュアなのか?」と、鶴田。
それを受けてか、今度は斉藤さん。
「わたしも初めて見る。フィギュア男って長谷川くんのことだと思ってたんだけど一度もフィギュアを付けてるところみたことないから、どうしたのか不思議に思っていたの」
今までフィギュア男の話題が斉藤さんたちからも、鶴田たちからもなかったからある意味安心していたのだが、みんな俺のことをフィギュア男だと知っていながら話題にしなかったということか。
「今日はみんなが揃ったからフィギュアを付けて俺があの『フィギュア男』だと言って驚かそうかと思ったんだけどみんな知ってたんだ」
「「当然だろ」」「「当たり前だよ」」
まあいいや。みんなフィオナのことを本物のフィギュアと思っているようだから予定通り昼まで黙っていよう。
右肩の上のフィオナを見たら、ピクリとも動かず無表情のままで完全にフィギュアモードだ。
フィオナがいるので今日はディテクター×2。
さすがにディテクター×2だけあって、少し離れているが何カ所かにモンスターらしき反応があった。
「こっちだ」
俺は他の冒険者が近くにいない反応に向かって6人を引き連れて歩き始めた。
いつもの秋ヶ瀬ウォリアーズの3人なら俺の後ろで何やかやと元気におしゃべりしているのだが今日はやけにおとなしい。
鶴田たちを意識しているのか? 意識してるんだろうな。
俺が案内した先にいたのは地面に擬態したスライムだった。
「あそこにスライムがいるのがわかるかな?」
いったん立ち止まった俺が前方20メートルほどの地面を指さし6人に教えたのだが、6人ともスライムがどこにいるのか、見分けがつかないようだった。
「もうちょっと近づいてみるか」
さらに5メートルほどスライムに近づいて立ち止まった。
「あっ! いた!」斉藤さんが最初にスライムを見つけたようだ。
「いた!」「いた!」
秋ヶ瀬ウォリアーズの残りのふたりもスライムを見つけたようだが鶴田たちはまだ見つけることができなかった。キャリアの差なのかもしれない。
「わたしたちがたおしちゃうよ」
そう言って斉藤さんたちがそれぞれの武器を構えてスライムに向かって走り出したところで鶴田たちもスライムを見つけたようだ。
肝心のスライムは斉藤さんが一撃でたおしてしまい、そのスライムは核だけ残して水になって地面にしみ込んでいった。
残った核は斉藤さんが拾って防刃ジャケットのポケットに入れた。
そういえばどういう風に今日の収益を分けるのか決めていなかったけれど、俺以外で山分けでいいだろう。
俺は見つけていた次のターゲットに向かって歩いていった。
そいつは茂みに隠れていたカナブンで、鶴田が2撃でたおした。前回ドラゴンステーキを食べたあとの鶴田たちは1撃でモンスターをたおしていたから、ドラゴンステーキの恒久的効果はやはり微々たるものだったということだろう。
鶴田のたおしたカナブンは浜田がナイフで胸を割いて核を取り出し、高田さんが差し出したウェットティッシュでナイフと手を拭いてから核を拭き、核は浜田がポケットに入れた。
この感じを見ているとどうやら俺のいないところで6人の中でそれなりの取り決めができているようだ。ちょっと寂しいけど俺はタダの案内役なので、これでいいんじゃないか。
それからも快調にモンスターをたおしていき予定の2時間歩いて11個の核を手に入れた。1個4千円としてひとり7千円。時給にすれば3千500円。悪くはないな。
「そろそろ、バーベキュー始めようか?」
「待ってました!」
「転移でバーベキューの場所に運ぶから3人ずつ俺の手を取ってくれ」
6人が集まって俺の手を取ったところで回りを見回して注目を集めていないことを確かめ治癒の水の池の脇に転移した。
俺は芝生のように下草の生えた地面にリュックを置いてタマちゃんに出てくるように言った。
タマちゃんはリュックをひっくり返さないよう器用にリュックから這い出て地面の上でスライムスライムした形になった。
「鶴田たちには紹介していなかったけれど、スライムのタマちゃん。俺の家族だ」
「タマです」
「スライムがしゃべった」
「これは人類以外で人の言葉を話した最初の生物なのではないか?」
「おそらくそうだ」
「いろいろあってしゃべれるようになったんだ。それといろんなものを体内に収納できる。この前のドラゴンの頭もタマちゃんの体内に収納してたんだ」
「収納もできる上にしゃべれるとは」
「天才スライムだからな」
「確かに」
「それじゃあ、タマちゃん。まずはテーブルと椅子を人数分作ってくれるか?」
「用意済みですので出します」
金色の偽足が伸びてさっと動いたかと思ったら4人掛けのテーブルがふたつ並んでいた。
椅子も4脚ずつ置かれている。
6人はぽかんと口を開けていた。
「それじゃあバーベキューセットと食材を頼む」
「はい」
バーベキューコンロと炭の入った箱が置かれ、その横に長テーブルが現れた。そしてその長テーブルの上に食材の入った箱やざる、塩、コショウにタレの瓶まで並べられていった。
俺はすっかり忘れていたのだがコップや取り皿、それに割箸といったものまで用意されていて、飲み物と一緒に4人掛けテーブルの真ん中に置かれた。
さすがは天スラ。痒い所に手が届く。
俺はさっそく炭をバーベキューコンロの中に敷いてファイヤーで火を点けた。
「長谷川くん、焼くのはわたしたちに任せて」と、斉藤さんが言ってくれたので任せることにした。
「ある程度炭に火が広がったらどんどん焼いてくれればいいから。
食材は肉系統と魚介系統と野菜系統用意してるから」
「「了解」」
菜箸とトングは一組ずつしかなかったけれど、タマちゃんが後2つずつ用意してくれた。
「鶴田たちは、椅子に座って飲み物でも飲んでおいてくれ」
「さすがにそれはマズいだろ。何か手伝うことはないか?」
「特にないから、斉藤さんたちに飲み物でも配ってくれればいいよ」
「「了解」」
俺はまな板とナイフをタマちゃんに出してもらって、朝とってきたレモンを8等分に串切りにして皿の上に盛っておいた。
仕事する人間が多いようなのであとは任せておくことにした。
斉藤さんが俺に向かって肉の種類を聞いた。
「長谷川くん、これなんの肉?」
「それはトカゲかな」
「えっ! トカゲ!?」
「俺もまだ食べたことないけどおいしいと思うよ」
浜田がうれしそうな顔をして俺に向かって親指を上げた。
日高さんが俺に向かって聞いてきた。
「長谷川くん、これは?」
「それは、大クモの足。カニみたいなものじゃないかな」
「そ、そうなの」
浜田がうれしそうな顔をしてまた親指を上げた。
今度は中川さん。
「これって、もしかしてサソリ?」
「よく分かったね。エビみたいなものだと思うよ。
カニもエビもあるから食べ比べたらいいかも」
「そ、そうよね」
浜田がニコニコ顔で両手の親指を上げた。
「これって、牛肉のようなそうでないような」と、斉藤さん。
「それはドラゴン。そっちがヒドラ。ヒドラというのは頭が沢山あるドラゴンのことなんだけど、そいつは三つ首だった」
「そ、それは楽しみだー」
浜田がニコニコ顔を通り越して眼がしらに涙をためて拳を上げた。
これほど期待されていたとなると食材を揃えた甲斐があったというものだ。




