第316話 本屋。金売却
今日の午後はミアたちを連れて隣り町の本屋に行くことにした。前回はデパート内の本屋だったが今度はちゃんとした本屋なので置いてある本の種類も多いはず。
居間でしばらく待っていたらミアたちが2階から下りてやってきた。
「それじゃあ、カリンとレンカは俺のことはイチローと呼んでくれ。ソフィアもな」
「「はい」」
リュックを背負ってフィオナが肩に止まっていることを確かめたところで5人に俺の手を持つように言った。
転移した先は本屋のあるビルから少し離れたお寺の門の前。
セミがうるさく鳴いている。夏もそろそろ終盤なのでミンミンゼミだ。
俺にはどうってことなかったのだが、ミアたちにはこたえる暑さかもしれない。
「暑いけどミアとアキナちゃんは大丈夫かい」
「だいじょうぶ」「はい」
「具合が悪くなったら、早めに教えてくれよ」
「「はい」」
いちおう5人にお寺の説明を手短にしたところ、ミアからいつもの返事があった。
「知ってるー!」
なんだかほほえましい。
お寺の中には入らず5人を後ろに引き連れて表通りに出た。
後ろを振り返ったらアキナちゃんは目を見開いて半分口を開けていた。
こういうのはカルチャーショックというのか分からないがビックリするのが当たり前だしな。
表通りに面していろんな店が並んでいる。漢字で書かれた看板はミアとアキナちゃんにはまだ難しいだろうが、看板であることくらいは理解できているようだ。
自動車道路に面した歩道を歩いていき、本屋に到着した。
本屋の中に入ったら冷房が利いていてかなり涼しい。
「すずしー」「すごくすずしい」
「ミアとアキナちゃんは汗をかいてるみたいだからすぐに拭いた方がいいぞ。ハンカチは持ってると思うが、タオルの方がいいだろう」
俺はそう言ってリュックを下ろして中からタオルを2枚取り出してミアとアキナちゃんに渡した。
ふたりが顔の汗を拭いたタオルはリュックにしまってリュックはかつがず手に持った。
「ソフィアは子どもたちに必要そうな本を選んでくれ。学習書なんかは上の階のハズだ。あと子どもでも読める本も選んでくれ」
「はい」
「ミアたちはそこのカゴを持っていってコミックを含めて欲しい本はどんどん入れてくれ。アキナちゃんも遠慮しないでな」
「はーい」「「はい」」
「たくさんほんがあるー」そう言いながらミアたちが本屋のカゴを持って店の奥の方に駆けていったので、俺もその後についていった。
ミアたちはコミックについては鼻が利くようで、すぐにコミック売り場を見つけてしまった。
4人がカゴにコミックを入れてきたものを俺がカウンターに出して精算してそれをリュックに入れていく。
シリーズのうちで足りない巻は店の人に言って奥から持ってきてもらう。それでもない物については後でミアたちにリストを作るように言っておいた。
全部で3回これを繰り返して精算したところで、ソフィアがカゴに本を入れて俺のところにやってきた。
ソフィアのカゴの中には学習用の本のほか小学校2、3年生用くらいのいわゆる物語本が入っていた。
それを精算して、今度はミアたちにコミック以外で面白そうな本があるようなら見つけてこいと言ったら「「わー!」」とか言って4人揃って走っていった。
しばらくカウンターの近くで待っていたら、ミアたちが帰ってきた。
数は多くなかったが図鑑を中心に写真集のようなものだった。
「イチロー。これでぜんぶ」
「分かった」
それも精算してリュックに入れ、リュックは手に持って店を出た。
店の人が俺のリュックの大きさに変化がないことを気づいたのかどうかは分からないけれど、気づいたとしても『不思議だなー』と思うくらいのことなので問題ない。
店を出た俺はせっかく街に来たのだからと思ってそこらの喫茶店にでも入ろうと思ったが、あいにくそういったものがどこにあるのか分からない。
スマホを取り出して調べたところ、駅の東西を結ぶ通路に本格的な喫茶ではないが菓子パンなどと一緒に飲み物を出す店があったので、少し距離はあったが市内観光も兼ねて歩いて行くことにした。
道を歩いているだけでもミアとアキナちゃん、特にアキナちゃんは感動したようでしきりにミアに向こうの言葉で話しかけていた。それに対してミアがしたり顔で答えているのがほほえましい。
信号の付いた横断歩道を渡った時には信号の説明もしてやった。
そうやってしばらく歩いて駅に到着した。
ミアとアキナちゃんがまた額に汗をかいていたのでタオルを渡して軽く額の汗を拭かせてから店に入った。
「トレイに食べたいパンをトングで入れていくんだ」
「「はい」」
ソフィアは食べられないので、タマちゃんとフィオナにも我慢してもらい俺も食べないことにした。
子どもたち4人が銘々トレイに2つ菓子パンをのっけて俺のところにやってきたのでレジに行き、飲み物を注文させて精算した。
子どもたちは4人ともミアの勧めでコーラを頼んだようだ。
本屋での精算も含めて一連の精算は冒険者カードで済ませたが、誰にも何も言われなかった。
店の人は心の中で俺のことをイタイ高校生ないしは右肩のフィギュアを見てとSSランク高校生冒険者に憧れるワナビと思っているかもしれないので、喜んでいいのか悪いのかは分からない。
引率の俺とソフィアについてトレイを持った子どもたちが続いた。
4人席と2人席を合わせて6人席にすることができた。
ミアたちが菓子パンを食べ、コーラを飲むのを眺め30分ほど店にいた。最後にコップの載ったトレイを返却台の上に返して店を出た。
時計を見たらまだ3時前だったが、外はまだまだ暑いのでそろそろシュレア屋敷に帰ることにした。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
「「はい」」
店を出て人通りの少ないところまでそれなりに歩いて、そこで5人に手を取ってもらってシュレア屋敷の玄関ホールに転移した。
「きょうもたのしかったー」「「マスターありがとうございました」」「イチローさん、ありがとう」
「それじゃあ、今日買った本は本棚のある部屋に置いておくから整理しておいてくれ」
「「はい」」
「それと、足りない巻があったろうからそれのリストもな」
「「はい!」」
2回目の『はい』は元気いっぱいだった。
子どもって正直だよな。
ソフィアも含めてミアたちと一緒に2階の図書室に入ったところ、これを見越してか部屋の中には本棚が増えていた。
タマちゃんが空いた本棚の棚に今日買った本を無造作に並べていった。タマちゃんの能力からいってちゃんとシリーズごとに並べることも容易だったのだろうが、ミアたちに並べ替える楽しみを教えてやるつもりだったのだろう。
タマちゃんのその作業は文字通り一瞬で終わってしまったのでアキナちゃんがものすごく不思議そうな顔をしていた。
そういったものは慣れだから、すぐに気にすることはなくなるだろう。
「それじゃあ俺はそろそろ帰る。明日も朝来るからな」
「イチロー、さようなら」「「さようなら」」「イチローさん、きょうはありがとう」
シュレア屋敷から専用個室に転移し、預かってもらっていたクロちゃんをロッカーにしまってから、タマちゃんに金の延べ棒を4個、3個、2個、1個の順に積んで10個ずつの小山を5個床の上に作って並べてもらった。これなら床も抜けないだろう。
呼び出しボタンを押して2分ほどしてやってきた係の人は、床に並べられた山吹色の5つの小山を見て確かに息をのんだ。
「台車を持ってきます。少々お待ちください」
そう言って係の人は部屋を出ていき、すぐに台車を持って帰ってきた。
俺も手伝って10個の金の延べ棒を台車に載せ、係の人がその台車を押して部屋を出ていった。
高々10個の延べ棒だが200キロもあるのでかなり重そうだ。
5分ほどして台車と一緒に帰ってきた時には係の人はふたりになっていた。
ふたりはそれをあと4往復して最後に預かり票なるものを渡してくれた。
今まで預かり証などもらったことはないのだが、金の延べ棒って現金のようなものだからそういった対応するのだろう。
これで1トン分の金の延べ棒がはけたわけだが残りはまだ10.4トン。意外と大変だ。
この調子が続くとして半日潜れば4トン近い金が手に入ってしまう。1日1トン卸すだけでは永遠に在庫が増えていく。俺の勘ではあの金の街道はあと100キロは続きそうだ。それだけあれば宝箱がリポップするものならリポップするだろう。
カードリーダーに冒険者証をかざしてうちの玄関前に転移して今日のお仕事は終了した。
父さんは少し遅くなるということで先に俺が風呂に入り、生き返った後母さんとふたりで夕食になった。
「一郎。あなた福岡にいつでも転移できるって言ってたでしょ?」
「うん。福岡と言っても博多駅とダンジョンセンターだけどね。予定を言ってくれればいつでも連れて行けるよ」
「そう。今週の土曜、日曜福岡に行ってみたいんだけどいいかな?」
「もちろんいいよ」
「そしたらお願いするね」
「何時ごろ家を出る?」
「そうねー。9時ごろかしら」
「分かった。向こうで泊まる? 迎えに行くのは簡単だからうちに帰っても同じだけど」
「そこはお父さんと相談して決める。後で教えてもいいんでしょ?」
「うん。当日でも平気だから」
「分かった。それじゃあお願いね」
「うん」
食事を終えて部屋に戻った俺は河村さんにメールした。内容は金の延べ棒が10トン以上あるので一度に引き取ってもらえないかというものだった。
『了解しました。何か良い方法を検討してみます』と5分ほどして返信が返ってきた。期待しても良さそうだ。
そのあと世界の1年間の金の採掘量をスマホで調べたら2500トンから3000トンだった。俺、半日仕事3日で金を10トン手に入れてしまったんだが。
このままいくと俺って世界経済に影響与えそうなんだけど大丈夫だろうか?