第305話 転勤
ダンジョンコアに元気になってもらおうとヒールとスタミナを試したが何の効果もなかったようだ。
ダンジョンコア・チアーアップ作戦を諦めた俺はシュレア屋敷に戻って、昼食時間までコミックを読んで時間調整だ。
集中してコミックを読んでいたらヴァイスがやってきて食事の準備ができたと教えてくれた。
ミアたちを待たせては悪いのでタマちゃんと急いで食堂にいき席に着いた。
「「いただきます」」
昼食後はミアたちとアニメを3時まで見てからおやつを食べた。食べてばっかりだ。
その日はおやつを食べ終えたところでうちに帰った。
自室でスマホを何となく見ていたら、父さんがいつになく早く会社から戻ってきた。
仕事が早く終わったら早く帰る。いいことだよな。
父さんが風呂から上がって俺が続いて風呂に入った。
俺が風呂から上がったらすぐに夕食になったのだが、今日の夕食の雰囲気はいつもと違ってあまり会話がなかった。
こういう日もあるだろ。
食後2階に上がっていたら、話があるから居間に下りてくるよう父さんに呼ばれた。
1階に下りて居間に行ったら母さんもソファーに座っていた。
あらたまって何だ?
「一郎、そこに座ってくれ」
「何?」
「実は父さん、こんど転勤することになった」
「どこに?」
「福岡だ」
「そうなんだ」
「いちおう支店長としての赴任だから栄転ではある」
「じゃあ、おめでとう」
「うん。それで父さんは単身赴任しようと思ってるんだ」
「母さんが付いていった方がいいんじゃないかな。俺ならひとりで何とかなるよ」
「お前、来年は高3ですぐに受験じゃないか?」
「受験は何とかなると思うよ。この前の期末も全科目100点だったし」
「そうか。うーん。
しかし、受験生をひとりにするのはなー」
この際だし、父さんに踏ん切りを付けさせる意味でも俺のことをちゃんと話しておくか。
「父さん、今までちゃんと話してなかったけど、俺、受験に失敗して大学に行かなくても冒険者として十分やっていけるから問題は全くないんだよ。ちょっと待っててくれる」
俺は居間から2階に上がって机の中に入れていた冒険者証を持ってまた居間に戻った。
「父さん、これ見てくれる」
そう言って俺は冒険者証をカードケースから出して父さんに渡した。
「うん? ! SSランクって書いてある。これ、えっ! 一郎、これは本物なのか?」
腰が抜けてもヒールもあるし万能ポーションもあるから。
「本物だよ。俺、実は日本というか世界でただひとりのSSランクの冒険者なんだよ」
「SSランクの高校生がいることは聞いたことがあるがまさか一郎だったのか?!」
「そう」
「ふうー。
Sランクに成るためにはたしか10億ダンジョンで稼ぐ必要があったよな? SSランクに成るのはいくら必要なんだ?」
「100億だよ」
「ということは、一郎は1年ちょっとで100億稼いだということか?」
「そういうこと。ちなみに今現在600億超えてる」
「ろっぴゃく、……」
「そういうことだから、父さんも母さんも俺の大学受験のことなど気にしないでいいんだよ」
父さんが驚くのは普通の反応と思うが、母さんはきょとんとしていた。
人それぞれ。
父さんが転勤するのなら9月の結婚記念の館招待作戦は前倒しした方がいいか。
父さんのスケジュールを聞いてそれに合わせてしまおう。いくらなんでも転勤前には休みが取れるだろうしな。
「父さん、今度の父さん母さんの結婚記念日に食事会を開こうと思ってたんだけど、父さんが転勤するなら早めに開こうと思うんだ。父さん、母さんで都合のいい日を教えてくれればいいんだけど」
「あ、ああ。分かった。というか今週の土日は空いている」
「それじゃあ土曜日の昼食ということで。11時にうちを出る感じで用意してくれるかな。かしこまった場所じゃないから普段着でいいから」
「わかった。母さんもいいよな」
「え、ええ」
「それじゃあ」
俺は父さん母さんを居間に残して2階に上がった。
なんであれ、ちゃんと自分のことを話したらスッキリした。
明日は新館に行ってアインに両親を昼食に連れてくることを話しておこう。
俺は飲まないがお酒も用意した方がいいな。
翌日。
シュレア屋敷でミアたちと朝食を食べた後、新館の書斎に転移してアインを呼び、明後日11時ごろ両親を連れてくるので昼食の用意をしてくれるよう頼んでおいた。
「俺の両親の結婚記念日なんだ」
「了解しました」
「俺は飲まないけれどアルコールがあるようならふたりに出してくれるとありがたい」
「ワインが用意できます。当日までに蒸留して蒸留酒を用意することもできます」
「蒸留しなくてもワインそのままでいいよ。旧館の地下にあった瓶のことだよな?」
「はい」
「あれって何年くらい前のものなの?」
「前のマスターの時代からのものですから一番古いもので500年ほど、新しいもので150年といったところです」
「そうなんだ」
半世紀という言葉があるが、500年だとなんていうんだ?
半千年? いや半千年紀? 何でもいいけど、すごいものだ。
そうとう長い年月だけどアインたちがちゃんと面倒見ていたのだろうから、おかしくなっていることはないはず。
いずれにせよ年代物のワインともなればそれなりの価値があるのだろうが、超高級ワインであろうと飲まれてナンボのものだし、父さん母さんの結婚記念日にはちょうど良さそうだ。
「マスター。ご両親にドラゴンやヒドラの肉をお出ししてもよろしいですか?」
「もちろんだ」
「了解しました」
これで結婚記念日の準備は整ったと思ったのだが、食事だけでは俺が何をしたわけでもないことに気づいた。
何かプレゼントを用意した方がいいだろう。さて、何をプレゼントしよう?
こういったものって手作りのものが喜ばれるのか、ちょっとお高いものが喜ばれるのか?
うちの父さん母さんに限って言えば、値段じゃないはずだ。
うーん。何がいいかな? タマちゃんに意見聞いてみよう。
「タマちゃん、父さん母さんの結婚記念日に何かプレゼントしたいんだが何がいいかな?」
「主とこれから離れて暮らすという話でしたから何かあった時のためにヒールの魔法盤。日々の疲れをとるためにスタミナの魔法盤をプレゼントするにはどうでしょうか?」
「確かに。俺が見ているわけでもないし、『治癒の水』も転勤先にはないからな」
「『治癒の水』ですが、主がこの館にふたりを連れてくるということは転移についてもふたりに教えることになるわけですから、一度主がお父さんの転勤先の住居に同行すれば届けることができるのではありませんか?」
「一度行くだけでいいものな。さすがタマちゃん。それじゃあ、さっそく魔法盤を鑑定しておくか」
「主。わたしは魔法盤の種類の見分けができるようなので当日渡せます」
「そんなことまでできるようになったとは。さすがはタマちゃんだ」
「もちろん詳しい鑑定はできません。名まえが分かるくらいです」
「それでもスゴイじゃないか」
「はい!」
タマちゃんの今の返事にはうれしそうな響きがあった。タマちゃんの見た目は金色のスライムだけど中身は立派な人間だ。