第304話 氷川涼子24。ダンジョンコアのこと
駐車場の中で待っていたら、ロードサービスの作業車がやってきて俺たちの前に止まり、中からふたり作業服を着た男性が降りてきた。
ふたりのうちのひとりが氷川を見て「氷川さん、毎度です」と言った。
毎度って言ったよ、このおじさん。
「雷に当たったそうですが、お怪我はありませんでしたか?」
「この通りピンピンしています」
「それはよかった。ではさっそく異常の確認をしてみます。たいていはブレーカーが落ちたかヒューズが飛んだかなんですけどね」
そのおじさんが作業車の中から手提げのツールボックスを持ちだし、その中からテスターのようなものを取り出して運転席に顔を突っ込んで何やら始めた。
もうひとりの男性は、ボンネットを開けて中を確かめていた。
それで1分ほどで作業は終わったようだ。
おじさんいわく。
「ブレーカーが落ちていただけでした。さすがは世界のロンドクルーザーです」
「これで直ったの?」
「はい。エンジンをかけてみてください」
氷川が乗り込んですぐにエンジンが動き出し、そのあと氷川はエンジンを止めて降りてきた。
「いいみたいです。ありがとうございました」
「氷川さん、ここにサインお願いします」
「はい。……」
「それじゃあ失礼します。また何かありましたら遠慮なくご連絡ください」
「はい。よろしくお願いします」
ふたりは作業車に乗り込んで帰っていった。
「さすがはロンドちゃんだ。すぐに直ってしまった」
そうなのかもしれないが、ある程度自分でチェックできた方がいいんじゃないか? 今だって部品を替えたわけじゃなさそうだったし。
「長谷川、ちょっと涼んでから帰ろうか。そこのファミレスでアイスでも食べないか?」
「ああ、そうだな」
駐車場を出て少し歩いてファミレスに入った。ざっと見た感じ店内は混んではいなかった。
「おふたりさまですね?」
「はい」
「こちらにどうぞ」
俺たちは窓際の4人席に案内された。
しばらくメニューを見て、氷川はミックスかき氷を頼んだ。俺もかき氷は久しぶりだったのであんこの載った抹茶小倉かき氷を頼んだ。
それほど待つことなくかき氷が運ばれてきたのだが、このご時世に反してかき氷は思った以上の大きさだった。
「「いただきます」」
久しぶりのかき氷だったが、おいしいじゃないか。氷がサクサクで全く固くない。小豆と抹茶と練乳のコラボレーション。1+1+1=3ではなく4、5、いや6にもなっている。これこそがシナジーだ。
そう思って無心になって食べていたのだが、3分の2くらい食べたところで頭の中で鐘が鳴り始めてしまった。
頭が痛い。でもおいしい。
黙って食べている氷川を見ると、俺と同じくらいかき氷を食べているくせに平気な顔をしている。何気にタフだな。
いや、氷川のヤツ、自分にヒールかけてるんじゃないか?
悪いわけじゃないからいいんだけど。
俺もヒールかけてやろ。
ヒールをかけたらすぐに頭の中の痛みは引いて鐘も鳴りやんだ。
あってよかった。
それから兆候が出るたびにヒールをかけたのでおいしく完食できた。
「おいしかったー」しみじみ。
ファミレスの会計は氷川が俺の分も払ってくれた。氷川は金色の冒険者証で支払ったのだが、俺たちはSランクのお姉さんと不肖な弟って感じで店の人に見られたんだろうな。
店を出たところで出来た姉と不肖な弟は別れ、氷川は駐車場に戻っていき、俺はうちの玄関前に転移した。
氷川と西海岸沿いをドライブしたが結局人の痕跡はなかった。あの島は無人と考えてもいいのだろう。
海についても船は見えなかったが、これはたまたまの可能性もあるので何とも言えない。それにあの島自体が人の住む陸地から相当離れていてまだ発見されていない可能性もある。
しかし、俺がたおしたドラゴンがシュレアのギルドで聞いたドラゴンと同一だった場合、館のある世界とシュレアのある世界が同じ可能性もあるわけだ。
結局訳が分からない。というのが現状だ。
風呂に入って夕食を摂った後、ダンジョン管理庁のサイトを見たところ、地震は収まっているようで、今のところダンジョンセンター再開の予定は変更ないということだった。
明日の12日から17日の再開までまだ5日間もある。
ダンジョンセンターに預けている武器は使えないから、使える武器は鋼鉄のメイスだけだ。
たいていの相手は魔法、魔術で何とかなるのだが、思いもかけないようなバケモノが現れたら心もとない。
翌日。
今日も7時にシュレアの屋敷に行きミアたちと食事した。
特に意味はなかったのだが防具を身に着けているので、その気になればダンジョンに潜ることも可能だ。
とはいうものの、食事が終わり居間のソファーで寛いでいたらダンジョンに潜るのも面倒になって結局コミックを読み始めた。
人は低きに流れるもの。仕方ないことなのである。
そうやってコミックを読んでいたら、リュックの中からタマちゃんの声がした。
「主。ダンジョンで地震が起こるということはダンジョンが不安定なため起こると思います。ダンジョンを生き物だと考えれば、不安定であるということは何かの病気にかかっていると考えていいんじゃないでしょうか?」
真面目な話のようだったので俺はコミックを裏返して応接テーブルの上に置いた。
「病気か。確かにあのコアは色も悪かったし、台の上に粉が落ちてたしな。
しかし、コアって病気になるのか?」
「あと考えられるのは老衰です。あのダンジョンコアがどれくらい前に生まれたのか分かりませんが26階層の広がりや、64個のダンジョンが全て26階層でつながっている可能性を考えればかなり長く生きているのではないでしょうか。千年や2千年といった単位ではなく数十万年単位で生きていたのかもしれません」
「うーん。
だからといって俺たちにできることって何かあるか?」
「あのコアに聞くしかないかもしれません」
「前回あのコアに手を当てた時も何も反応なかったから、聞くといっても何もできないんじゃないか?」
「確かに。ダンジョンコアが死んでしまう前に新たな命を吹き込むしか方法がないのかもしれません」
「そんなことができるのならそれに越したことはないが、さすがにできないんじゃないか?
いや待てよ。ダンジョンコアが老衰であると仮定して、老いを何とかできるわけではないかもしれないが、健康寿命を延ばすのはどうだろう。ヒールをかけたり、万能ポーションをかけたりしたらどうだろう?」
「万能ポーションはシュレア側のダンジョンで見つけた物ですがダンジョン産です。それでダンジョンコアの調子がある程度回復するなら自ら試しているのではないでしょうか? その点主のヒールはダンジョン産である魔法盤由来の魔法ではなく魔術ですからダンジョンコアに効くかもしれません」
「これから試しに行ってみるか?」
「はい。階段部屋からの移動の際現れる幽霊についてはわたしが対処しますから主は移動に専念してください」
「分かった」
武器は不要ということだったので、俺はタマちゃん入りのリュックを背負い肩にフィオナを乗せて、レビテートを自分にかけてから28階層の階段部屋に転移した。
そこでディテクトトラップを発動して赤い点滅をディスアームトラップで潰していき、扉を開いて28階層の大空洞に出た。
そこでスピードを自分にかけダンジョンコアのあるあの建物に向かってほぼ全力で駆けだした。
駆けていたらたまにタマちゃんの偽足がきらめくので、タマちゃんが幽霊をたおしているのだろう。
時速何キロで走ったのか分からないが、途中一度スタミナの魔法をかけて、駆け続けること40分で例の建物に到着してしまった。
建物に開けた孔は前回通りでそのまま。ダンジョンコアは正常に機能していないと考えていいだろう。
中庭に入って池の真ん中の台まで歩いていった。
台の上の黒い粉だが前回よりも増えているような気がする。確かにこのダンジョンコア、死にかけているのかもしれない。
とにかくダンジョンコアに向かってヒールをかけてみよう。
ヒール!
気持ちだけは全力でダンジョンコアにヒールをかけたのだが、先日ヒールオールをかけた時のような俺の中から何かが抜けていく感じはなかった。
せめて元気になってくれればとダメもとでスタミナも試したがもちろんなんの手ごたえもなかった。
「効いているのか、いないのか。全く手ごたえがなかった」
「やはり何かの方法で新しい命を吹き込むしかないのかもしれません。何とかその方法を考えてみます」
「いい考えが浮かんだら教えてくれ」
「はい。必ず方法を見つけます」
俺では到底無理だが、天スラのタマちゃんならなにかいい方法を思いつきそうだ。
俺は中庭で少し休憩してから、また来た道を戻っていき、出発してから1時間半ちょっとでシュレア屋敷に戻っていた。後で聞いたが大空洞の中の往復で60個ほど幽霊の核をタマちゃんが集めていた。
あのダンジョンコア、死にかけのくせにちゃんとモンスターだけは生産しているようだ。
しかし、本当に死んでしまえば、モンスターの生産は止まるよな。そうなってしまうとダンジョンも死んだと同然になるのだろうか? そんなことよりダンジョンが本当の意味で崩壊して跡形もなくなってしまうかもしれないか。
シュレア側のダンジョンは独立しているみたいだから俺はダンジョンで稼げるが、崩壊しないまでもモンスターがいなくなったら全ダンジョンセンター閉鎖だよな。
そしたら世界中の先端素材産業壊滅して先端産業そのものも壊滅? ダンジョン庁も無くなるわけか。これって相当ヤバいよな。
全てはタマちゃんのひらめきにかかっているってことか。




