第294話 ヒールオール3
トウキョウダンジョンセンターの中を氷川に連れられて行った先では、サイタマダンジョンセンターと同じように廊下に何人もの冒険者が座り込み、その間を看護師さんたちが応急手当で忙しくしていた。
その中で一番偉そうな看護師さんを見つけ、その看護師さんが手の空いたところで、
「ヒールの魔法が使えるので、お手伝いしましょうか?」と、聞いた。
最初眼鏡越しに怪訝そうな顔で見られたのだが、
「その若さで魔法封入板の魔法が使えるということは、もしかしてあなたは全国にただひとりのSSランカーさんですか?」
「はい」
首からネックストラップを引っ張って冒険者証を看護師さんに見せた。
「確かに。重傷患者の治療も可能ですか?」
「はい。できます」
「それでしたら、この方からお願いします」
「えーと、まとめて全員一度に治せます」
「えっ? まとめて治すとは?」
「いちどに全員治せます。玄関ホールの人はここからじゃ治せませんが、ここで30秒、向こうで30秒。2分もあれば終わると思います」
「いくらSSランカーだと言っても非常事態での冗談は不謹慎です!」
いきなり怒られてしまった。
真面目に頑張っている中冗談を言われれば頭にくることは俺でも理解できるが、ホントのことなんだから仕方ないだろ。
そしたら、隣に立っていた氷川が看護師さんに自分のゴールド免許証を見せた。
「わたしはSランク冒険者の者です。
彼の話は本当です。先ほどサイタマダンジョンセンターで大勢の治療をして、余力があったのでここに来たんです」
氷川がそう言っても看護師さんの顔の表情は変わらなかった。
廊下で話してても仕方ない。
「とにかくここの人を治します」
ヒールオール!
30秒ほど俺の体から何かが抜け出た感覚がしてそれがふいに止まった。
廊下で辛そうな顔をして座っていた冒険者の表情が穏やかなものに変わった。
「痛くない」
「腫れが引いてる」
「急に治った?」
「腕が動くぞ!」
「傷口が塞がって痕も消えた!」
回復を喜ぶ声がそこら中から上がった。
さっきの看護婦さんの顔は見なかったが、負傷者の手当を続けていた看護師さんたちが手を止めて俺たちの方を見た。
「次は玄関ホールだ」
半分呆けた顔になった今の看護師さんを置いて俺と氷川は玄関ホールに回り、床に座った冒険者たちに向けて、
ヒールオール!
今度は何かが抜け出ていった感覚が15秒ほど続いてその感覚は収まった。
ホールに座っていた負傷冒険者は救護室の前の廊下に座っていた負傷冒険者たちに比べて軽傷だったのかもしれない。
「これからも負傷者がダンジョンから帰ってくるだろうが、これで医療体制に余裕が生まれたろう」
「そうだな。しかし長谷川。これだけの人数にヒールをかけて大丈夫か?」
「何かが抜け出ていった感覚はあったんだが、今は収まって何ともない」
「さすがだな」
「まあな」
「それならよかった。さすがは長谷川だ。しかし颯爽と現れて問題を一気に解決。まるっきりスーパーヒーローだな」
「それほどでも」
俺はほめられて伸びるタイプだからもっとほめてくれてもいいんだぞ。と、思ったのだが氷川はそれ以上ほめてはくれなかった。
「ここもある意味片付いたからちょっと早いが帰ろうか。氷川もうちに帰るだろ? サイタマダンジョンセンターの前でいいか?」
「ああ」
「ここじゃ目立つから、外に出て適当なところで転移しよう」
そう言って歩き出そうとしたら、目の前がくらんだうえ足がもつれて転びそうになった。
「うおぉっと」
「どうした?」
「目がくらんで脚に力が入らず足がもつれてしまった。これは魔力切れの症状だ。
続けて大人数にヒールオールかけたのがいけなかったか。ここのところ魔力のことなど気にしたことがなかったからヒールオールの途中で魔力切れに気づけなかった」
「休んだ方がいいんじゃないか?」
「いや、もう大丈夫だ」
「ならいいが」
その場で軽くジャンプしてみせた。
「ほらな」
目がくらむことも足がもつれてしまうこともなかった。あっという間に回復したようだ。
右肩でフィギュアしているフィオナをちょっと見たらフィギュアしている関係で真面目な顔をしているのだが、そのままうれしそうな顔をするという器用なことをしていた。
それを見た俺はサービスでもう3回跳んでやった。
「長谷川、そんなに何度も跳ばなくてもいいんじゃないか?」
「何となく跳びたくなったんだ。氷川にも無性にジャンプしたくなることがたまにあるだろ? じゃあ行こうか」
首をかしげている氷川の前に立ってトウキョウダンジョンセンターの本棟を出た。
玄関前から救急車の邪魔をしないようにセンターの門を出て、原宿駅とは反対方向に少し歩いてからサイタマダンジョンセンターの門の近くに転移した。
「それじゃあな」
「それじゃあ、長谷川、今日もありがとう」
「そう言えばこの前双眼鏡を買ったんだよ。今度一緒にあの海を見に行ってみないか?」
「それは楽しみだな」
「それじゃあ今度の祝日にでも行くか?」
「次の祝日というと確か山の日だったな」
「そうだったはず」
「じゃあその日、8時に駐車場でいいか?」
「うん。昼食はこっちで用意するからな」
「ああ。楽しみにしている」
「それじゃあ」
氷川と別れた俺はいつものようにうちの玄関前に転移した。
時計を見たら2時45分。ちょっと早かったか。
「ただいま」
『お帰りなさい。一郎、大丈夫なの?』
その後母さんが居間の方から急いでやってきた。
「ダンジョンで大地震があったって言うし、死傷者も出てるってニュースでやっていたけれど」
「ケガなんかしてないから」
文字通り俺を上から下まで点検するような目で見た母さんが、安心した顔になった。
「大丈夫そうね。よかったー」
部屋に帰って着替えていたら、机の上に置いていたスマホが震えた。
見れば斉藤さんからのメールだ。
『長谷川くん、大丈夫?』
俺のことを心配してのメールだった。
『大丈夫。斉藤さんたちは?』
『今日は3人でカラオケに行ってたから大丈夫』
カラオケ好きも役に立ったってことだ。
『それはよかった』
『今度のバーベキューが今から楽しみ』
『バーベキューの用意は進めているから任せてくれていいから』
『ありがとう。それじゃあ』
その後、鶴田たち3人のことが気になったので安否確認のメールをしておいた。
5分くらいで3人揃ってメールが返ってきた。
3人とも図書館に行っていて今日はダンジョンに入っていなかったそうだ。これで一安心。
結菜にもメールしたところ、なかなか返事がなく少し心配したのだが1時間くらいして、
『心配してくれてありがとう。わたしは中にいたんだけど、何ともなかった』と返事があった。
これで二安心。
そしたら今度はダンジョン管理庁の河村さんからメールが届いた。
『サイタマダンジョンセンターから長谷川さんは無事だったと連絡を受けて安心したんですが、どうでした?』
『坑道の中で昼食を食べ終えたころ揺れて、側壁とか天盤が崩れてきたんですが転移で脱出して事なきを得ました』
『よかったです。わたしは今対策本部のお手伝いしているんですが、当分の間進入禁止になるようです』
『了解しました』
やっぱりそうか。俺がダンジョン庁の人間でもそうするものな。
メールしていたら知らぬ間に3時半になっていた。1文字1文字入れて変換だから時間かかるんだよなー。




