第293話 ヒールオール2
特殊空洞地震対策本部での会議から時間を1時間ほど遡ったサイタマダンジョンセンター救護室前。
救護室前に並んでいた負傷者をヒールオールで一気に回復することができた。
やればできる! を実践できてちょっとうれしい。
その場を仕切っていた看護師さんに『後は任せてもらって大丈夫』と、言われたので俺と氷川は救護活動を止めて帰ることにした。
玄関ホールの椅子に座って着替えてくる氷川を待っていようかと思っていたのだが、椅子は全部埋まっていた。
仕方ないので壁際に立ってぼんやり氷川を待った。
このセンターではかなり有名人の俺が立っていたのだが、みんなそれどころではないようで誰にも注目されず立っていられた。ここでメディアなんかに出てきてもらいたくないしな。
と、思っていたらビデオカメラを抱えた連中を引き連れたレポーターらしき女性とアシスタントディレクターらしき数名の男が改札を抜けてホールに駆けこみそこらで撮影を始めた。
遠目だがN〇Kと書かれた腕章をしているのが見えた。
どこのメディアであろうとうっとうしいことに変わりはない。
念のため右肩に止まっていたフィオナを退避させることにした。
「フィオナ、リュックのポケットに入っておいてくれ」
すぐにフィオナは反応してリュックのポケットに滑り込んだ。
その女性レポーターに注目していたらなんと俺の方に向かってくるではないか。
やめてくれー、こっちくんな!
心の声とは裏腹に、女性レポーターはマイクに向かって何かしゃべりながらクルーを引き連れて近づいてきた。
逃げ出したいのに逃げ出せない。俺は何か精神攻撃を受けているのか?
俺は背負ったリュックの中のタマちゃんに『心の指輪』を出してくれと小声で言った。
シュッシュッ! と、いうような感じで、タマちゃんの偽足が伸びて俺の右手に指輪をひとつ残して引っ込んだ。
すぐに指輪をはめたのだが時すでに遅く、俺の姿はビデオカメラに収められている。
額から液体が流れるのを感じた。
そして俺は何もできないまま女性レポーターからマイクを向けられてしまった。
「あのう、冒険者の方ですよね」
自分の名まえを先に名乗ってインタビューしていいか最初に聞くのがマナーじゃないのか!?
女性レポーターは見てくれだけはいいのだが非常に図々しい。
しかも香水か何か知らないが身に着けている臭いがきつすぎる。
スメハラ反対!
近くで見るとものすごい厚化粧だ。テレビ映りのためかもしれないがこれでは妖怪『ぬりかべ』だ。
ここまで批判できるということは、『心の指輪』のおかげで俺は呪縛から解放されたということなのだろう。
それはそうと、俺はこうして引き気味に、かつ不機嫌そうに黙っているんだから察しろよ。
俺の思いとは裏腹に、その女性レポーターは厚かましくも続けて俺に質問してきた。
「まだお若いようですが、高校生?
地震当時、1階層のどちらにいらっしゃいました?」
揺れはどうでした?」
俺が黙っていたら、
「この子ダメだ。次行こう」
女性レポーターは吐き捨てるようにそう言うと、さっさとクルーを連れて玄関ホールの奥の方に駆けていった。
しっかし、他人さまに向かってダメはないだろ!
社会常識の欠片もない『ぬりかべ』だ。上司は注意した方がいいぞ。
とは言え、俺の今の映像はおそらく没になる。世界でただひとりのSSランカーの「映像」が撮れたろうに残念だったな。ザマーミロ!
嵐が向こうの方に去っていったので穏やかに氷川を待つことができた。
そういったことにはお構いなしに救急車が本棟の玄関前にやってきて救急隊員がストレッチャーを押してホールに入ってきて、負傷者を乗っけて出ていく。
メディアの連中は社会のためを自認してるのかもしれないが、他人に迷惑をかけるんじゃなくって救急隊員たちくらい社会の役に立ってみろ!
そうこうしていたら着替えを済ませた氷川がやってきた。
「待たせたな」
「そうでもない」
心理的にはそうでもあったんだけど、氷川のせいじゃないものな。
「行こうか」
「ああ」
改札を通ってひっきりなしに出入りする救急車の邪魔にならないようセンターの外に出たところでフィオナは俺の肩に戻りフィギュアになった。
「どこに行く? 簡単なのはそこのハンバーガーショップだけど」
「じゃあ、そこにしよう」
ふたりでハンバーガーショップに入りハンバーガーセットを頼んだ。
俺はポテトの大、氷川はポテトの中を注文した。
お互い冒険者証で支払ったのだが、金とプラチナカードが順に出されたのを見たスタッフは驚いていた。
注文したハンバーガーセットはすぐにできたのでトレイを持って2階に上がった。
2階は空いていたので4人席に向かい合って座った。
タマちゃん入りのリュックは俺の足元に置いた。
「長谷川、今日はほんとに驚いたな」
「そうだなー。こうしょっちゅう揺れるようだとしばらくダンジョンに入れなくなりそうだな」
「エスカレーターから下りてくる時見たんだが、渦への進入禁止が出てたぞ」
「今日の揺れから考えてそれなりの犠牲者も出たろうし、落ち着くまで進入禁止が続くかもな」
「そうなりそうだな。
しかし、ダンジョンに入れないとなると暇になるな。常態に戻るまでロンドちゃんとドライブするしかないか」
「氷川は車があってよかったよな。
俺の場合は向こうのダンジョンに潜るくらいか」
「長谷川の言う向こうのダンジョンというのは、ドラゴンがいたという洞窟の渦の先のことだな?」
「そうだ。けっこういいアイテムが手に入るからこっちよりお得かな」
「そのダンジョンは揺れなかったのか?」
「分からない。俺の勘だが、こっちのダンジョンとあっちのダンジョン、系統が違うんじゃないかな」
「系統?」
「実は俺、ダンジョンコア見つけたんだ」
「ダンジョンコアというのは、web小説なんかに出てくるダンジョンの大元的なアレのことだよな」
「それだ」
「アレって見つければダンジョンマスターになってダンジョンのことなら自由にできるってやつだよな?」
「web小説の中ではそんな話が多いな(注1)」
「うん? どういうことだ?」
「ダンジョンコアを見つけてはみたものの、何の反応もなく台の上に浮いているだけのボウリングの球だった。見た感じは『死にかけ』だった」
「『死にかけ』かー」
「そう『死にかけ』」
「ところでダンジョンコアが死んだらダンジョンはどうなるんだ?」
「タマちゃんが言うには、新たなダンジョンコアが生まれるか、そのままダンジョンが崩壊してしまうかだそうだ」
「崩壊するって、崩れるってことか?」
「そう考えていいんじゃないか?
今日の地震で坑道が崩れたのはその崩壊の兆候かもしれないしな」
「じゃあ、『死にかけ』は『死にかけ』でももうすぐご臨終ということか?」
「ああ、その可能性もある」
「それってすごくマズくないか?」
「すごくマズいと思う」
「何とかしないと、ダンジョンがなくなってしまうってことだよな?」
「ああ。ダンジョンがなくなれば冒険者の意味も無くなる。
その程度ならそれだけの話だが、もし大勢の冒険者がダンジョン内にいる時ダンジョンコアがポックリ逝ったら、大惨事だ」
「長谷川でもお手上げなのか?」
「普通こういったものはどうしようもないだろ?」
「そうかもしれないが、長谷川なら何とかできるんじゃないかと少しだけ思ったんだがな」
「期待はありがたいが、完全にお手上げだ」
「普通なら『期待されても困る』と言うところだが、長谷川は今『お手上げだ』と言った。
諦めてない証拠ではないか?」
「できることがあれば何でもするつもりでいるのは確かだ」
「さすがは長谷川だ。足手まといになるかもしれないが、わたしに手伝えることがあれば何でも言ってくれ」
「氷川、そう言ってくれてありがとう。
今日明日ご臨終ってことはないだろうから少し考えてみるよ」
「そうか、期待してるぞ。
ところで長谷川、さっきからポテトをリュックに突っ込んでるが何やってるんだ?」
「タマちゃんに食べさせてる」
「そういうことか。なくて七癖という言葉があるからてっきり長谷川の何かの癖かと思った。納得だ」
他人の癖だったらそれを本人に指摘するのはマズいだろ?
いや違うか、今回の場合は癖を指摘できるほど親しいってことか。納得だ。
……。
「食べ終わったけどこれからどうする?」
「トウキョウダンジョン前なら転移で跳んでいけるから手助けに行くかな。一度に治せるようになったから簡単だし」
「じゃあ、手伝おう」
後片付けをして店を出た俺たちは、店の駐車場の脇からトウキョウダンジョンの門の前に転移した。救急車のサイレンがうるさいくらい鳴り響いて救急車が門から出入りしていた。
ここでも救急車の邪魔にならないようダンジョンセンターに入っていったところ、かなりの冒険者が玄関ホールの床に座り込んでいた。
勝手に治してしまって知らないふりもできるが、とりあえず救護室の人にそのことをことわっておいた方がいいだろう。
「氷川、ここの救護室の場所はわかるかな?」
「知ってる。ここは生徒の時何度も潜ってるからな」
そういえばそうか。
「こっちだ」
注1:web小説の中では~
ここですかさず宣伝『岩永善次郎、異世界と現代日本を行き来する』(全526話 150万字)https://ncode.syosetu.com/n0114hv/ よろしく!




