第29話 タマちゃん3。救助?
俺がディテクターを使って他の冒険者を避けるように移動しているということもあるが、それにも増して3階層で他の冒険者に出会わなくなったように思う。
やる気が出てくる。
とはいえ、タマちゃんを他の冒険者に見られるわけにはいかないので、モンスターを探知するまでタマちゃんはリュックの中だ。
何気にリュックからのタマちゃんの出し入れが面倒だ。
まてよ。
タマちゃんは天スラだから、呼べば勝手に背中のリュックから這い出てきて、言えば勝手に背中のリュックに入り込むのではなかろうか?
試してみればわかること。
「タマちゃん、リュックから這い出てくれるか」
ひとこと言っただけで、タマちゃんがリュックから這い出て、ボトリと俺の足元に落っこちた。
これなら『戻れ』もうまくいきそうだ。
「タマちゃん、リュックの中に戻ってくれ」
タマちゃんは一度震えてから俺の足を這い上り、リュックの中に入ったみたいだ。
這い上る感じが微妙だったが許容範囲だ。
こうなってくるとそこらの芸達者な動物も顔負けだな。
そこからさらに移動を続け、手に入れた核の数は48個になった。
そろそろ昼にしよう。
俺はリュックを路面に置き腰に下げたメイスも外して坑道の壁に立てかけ、自分は自身は坑道の壁にもたれるように座り込んだ。
リュックの中からタマちゃんに出てもらい、弁当として用意したおむすびセット3つとお茶のペットボトルを1つ取り出した。
おむすびセットの透明ラップを破り中から1つおむすびを取り出し、タマちゃんの前に置いた。
リュックの外側のポケットに入れている核を1つ取り出しておむすびの横に並べて置いた。
「タマちゃん、好きな方を先に食べてくれ」
そう言ったらタマちゃんから偽足が伸びて核がその中に吸収された。
タマちゃんの好物はやはり核だったようだ。
「おむすびも食べていいからな」
そう言ったらすぐに偽足が伸びてその中におむすびは消えていった。
タマちゃんは午前中だけで大ネズミ、大蜘蛛、ムカデを合わせて48匹分食べているんだが、いくらでも食べられるようだ。
これもすごい能力だよな。
残ったおむすびとたくわんをタマちゃんに食べさせてから、俺は俺用のおむすびセットのラップを破っておむすびにかぶりついた。
労働の後のおむすびはうまい。
4口でおむすびを頬張って、緑茶をごくりと一飲みした。
2つ目のおむすびも4口で頬張って、トレイの上に残ったたくわんをポリポリして緑茶をゴクリ。
ふー。
落ち着いた。
2つ目のおむすびセットもあっという間に食べ終えて、お茶も全部飲んでゴミをレジ袋に入れてリュックに突っ込んだ。
タマちゃんは何も言わなくても俺がゴミを片付けていたらリュックの中に入っていった。
できる子だ。
おそらくタマちゃんはゴミも食べられるのだろうが、家族にゴミを食べさせたくはないのでゴミはうちまで持って帰るのだ。
少しだけ座ったままじっとして、それから首を前後左右に振って立ち上がった。
リュックを背負い、外していたメイスとヘルメットを装備して最後に手袋をはめて午後のお仕事開始だ。
出てこい、出てこい、モンスター。
何となく節をつけておまじないを唱えながらディテクターで周囲を探査していった。
午後に入って10分。最初のヒットがあった。
どうも複数の冒険者と複数のモンスターが戦っているようだ。
無視してよそに行きたいところだったが、一本道の坑道で、よそに行くには引き返さなければならない。
仕方ないので、キャップランプを絞り気味にして戦いが行なわれている方向に進んでいった。
俺は戦いの現場から50メートルほど離れたところでリュックを背負ったまま座り込んで戦いを観戦。
4人の男女と、大ネズミが4、5匹、そして、ムカデがいた。
ムカデは天井を這っている。
彼らは大ネズミに苦戦していて天井のムカデに気づいていない。
放っておいても構わないんだが、どうする?
俺はこれまで一撃以外でモンスターをたおしたことがないのでよくわからないが、頭蓋とかの急所以外を攻撃してもモンスターはさしてダメージを受けないのかもしれない。
そこらの冒険者はモンスターの急所にヒットできないものだから、めったやたらと武器を叩きつける必要があるのではなかろうか?
1ポイントのダメージでも溜まれば最終的にたおせるものな。
しかし、無駄な攻撃は隙を生む。
今回はちょっと違うが、それでも天井のムカデに誰一人気付かず目先の大ネズミにかかりきりになっている。
ようは戦いのスキルが絶対的に不足してるってことだ。
これまで2、3階層に現れるモンスターは単独だったから低スキルでもやってこられたのだろうが、今は複数現れることがデフォになっている。
悪いことは言わないから1階層でスライムや昆虫を狩った方がいい。
手出しした方がいいかと迷っているうちに天井からムカデが落っこちてきて4人はパニックになったようでこちらに向けて逃げ出した。
3人だけ俺の方に走ってくるんだけど、1人がとり残されたまま大ネズミに囲まれて悲鳴を上げメイスを振り回している。
悲鳴は女の声だ。
どこかで聞いたかこの声?
うーん。
悲鳴なので何とも言えない。
彼女は今のところ立ってはいるが、ケガもしているようだ。
たいていの冒険者は苦痛に対して軟なのでちょっとのケガでも大騒ぎするからどの程度のケガなのかさっぱりだ。
メイスを振り回しているくらいだから大したことはないだろう。
おっと、俺の前を逃げ出した3人が走って通り過ぎていった。
いい逃げっぷりではあるが仲間を放って逃げるってどうなの?
まさか、これが悟りへの3つ目の人生の局面なのか?
逃げた連中はどうしようもないけれど、現在進行形で絶体絶命中のひとりはどうしようか?
放っておけば、倒れてモンスターになぶり殺しだよな。
大ネズミにかじられて死ぬのは嫌だろう。ネズミにかじられた無残な死体をそこらに放っておくわけにもいかないだろうし。
助けてやるしかないか。
俺は立ち上がって走り出した。
逆に俺の前を走り抜けていった連中はその先で立ち止まって、見捨てた女冒険者の方を見ているようだ。
助けに行かんのか?
大ネズミに囲まれ絶体絶命の女冒険者を助けるために俺はほぼ全力でダッシュした。
そしたら左の安全靴の踵がいかれてしまい、カックンカックンになってしまった。
その程度のハンデで何がどうなるわけもなく、現場を通り過ぎた時には手にしたメイスで5匹の大ネズミの頭蓋を叩き割っていた。
殺したモンスターの核ぐらい頂いても良かったが、助けた相手に何か言われたあげく俺のことを聞かれては面倒なので、そのまま俺は現場から走り去った。
後のことは仲間を見捨てて逃げ出した3人が何とかするだろう。
その前に相当気まずいだろうが、自業自得だ。
これで俺の寝覚めが悪くなることはあるまい。
しかし、通り過ぎる時ちょっとだけ間近に見たさっきの女冒険者、顔はライトの光が眩しくてよく見えなかったが、声もそうだけどどこかで見たことがあったような?
うーん。全然思い出せない。
こっちに帰ってきて頭がかなり良くなったと思っていたのだが、そうでもなかったみたいだ。
まっ、あの女冒険者がどこの誰であろうと、これから先遭う可能性はないとは言わないがかなり低いだろう。
その時はお互い忘れているだろうしな。
アデュー。あばよ。
それはそうとカックンカックン歩きづらい。
帰りに新しいのを買わないとな。




