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第24話 スライム


 妙な現場に遭遇してしまった。

「長谷川くん、気付いていたの?」と、斉藤さん。

 もっともな質問である。


 俺はカナブンから抜き取ったナイフでカナブンの腹に切れ目を入れて、核を見つけるためその切れ目に手を突っ込んでまさぐりながら斉藤さんの質問に肯定で答えた。


「大変なところにカナブンが突っ込んできたわけで、ある意味あのふたりも犠牲者だったわけじゃない?」と明るく日高さん。


 さっきのふたりが犠牲者だったかどうかは微妙なところだが、彼らにとってカナブンは大迷惑だったことだけは確かだ。

 いや、カナブンだけならそれほどでもなかったけれど俺たちが突入したことが致命傷だった。

 しかしカナブンがここに飛んでこなければ、俺たちだってここにやってこなかった。

 悪いのはカナブンだ。

 ここまで考えたのだが、そもそもこの話題を続けたくはない俺は黙って作業を続けた。


 日高さんの発言を受けて、今度は中川さんが語り始めた。

「彼らは犠牲者とは言えないと思う。

 わたしたちは良い物を見せていただいた。

 それだけは事実。

 おかげさまで、世の中にはいろんな人がいるってことが実感できた。

 このことは得難い経験。

 作文は夏休みの宿題になかったけれど、もし宿題だったらわたしはこの経験をひとつの物語に書きあげたはず。

 いや、宿題であろうがなかろうが作文して悪いことはない。

 この経験が色褪せぬうちに文を作ろう!」

 中川さんは自分に酔ったように言い放った。


 中川さんの語りの間にカナブンから核を取り出した俺は斉藤さんから貸してもらったタオルで手袋と核の汚れを拭きとり、核はタオルと一緒に斉藤さんに渡しておいた。


「次いこうか?」

「そうだね」

「名残惜しいけど仕方ない」

「あははは」


 つわものどもが夢の跡の茂みから出た俺たちは、渦の反対側の壁に向かっての移動を再開した。


 3人は先ほどの感想を述べあいながら俺の後をついてくる。

 いつもは彼女たちの話の内容などあまり耳に入ってこないのだが、今回は妙に頭の中に入ってくる。

「いやー、今日は驚いちゃったねー」

「そうだねー」

「良い物を見させてもらった」

 女子たちはあっけらかんとしたものである。

 俺のところは男子校なので共学とは違ったあけっぴろげのところが確かにあると思うが、女子校もそんな感じなのかもしれない。


 アクシデントのあと、真面目に渦の反対側の壁に向かって歩いていったところ、今度は言い争いの現場に出くわした。


 言い争っていたのは男3人のグループと女3人のグループ。

 どちらも大学生くらいに見えた。

 周りに数人の観客がいて御多分に漏れずにスマホで撮影している。

 言い争っている連中は高校生同士ではないもののどこかで見た光景だ。

 言い争っている内容も、どこかで聞いたことがあるような内容だった。


「長谷川くん、行きましょ」

 斉藤さんにせかされて、言い争っている連中を回り込むようにしてそこから離れていった。

 自分たちの過去の姿を客観的に見るチャンスだと思ったが、何も言えなかった。


 人生の4つの局面を目の当たりにしたことでお釈迦さまは覚醒したとか。

 後2回何かを見たら、俺も何かに覚醒するのだろうか?

 するわけないだろうな。

 それにこれ以上変な現場に出くわしたいわけじゃないし。


 言い争いの現場近くからしばらくの間後ろを歩く3人の会話はなくなった。

 3人とも思うところがあったのかもしれない。こうして人は成長していくのだ。


 と、思っていたのだが現場を離れて3分もしないうちにまた活発なおしゃべりが始まった。

 精神的ダメージ回復力が半端ない。

 いいことではある。


 後ろのぴーちくぱーちくを聞き流しつつなおかつモンスターの気配を探りながら俺は探知魔術のことを考えていた。

 賢者オズワルドは魔術を使って魔族やモンスターの気配を探ることができたのだが、俺の気配察知と違って、少々気配が小さくても半径1キロに相当するくらいの範囲を探ることができたはずだ。

 いわばレーダーだ。

 俺はオズワルドからその魔術を教わったものの、発動させることはできなかった。

 その時オズワルドに「イチローにもできないことがあるのだな」とか言って笑われたけどな。

 このところ魔術の威力が増しているので、もしかしたらいけるかもしれない。

 あの魔術の魔術名は何だっけなー?

 思い出した。

 ディテクターだ。


 オズワルドは無詠唱で魔術を発動していたが、大抵の魔術には呪文がありこの『ディテクター』にも呪文があった。

 初心者の俺はオズワルドから呪文を習ったのだが、使えなかった魔術だし今現在その呪文は全く思い出せないんだけど、雰囲気だけは覚えている。


 俺はオズワルドに習った時のことを思い出しながら、魔術名を心の中で唱えてみた。

『ディテクター』

 そしたら、モンスターの居場所の見当が付いた。

 やればできるじゃないか。

 気配察知だと気配の元の方向と距離がぼんやりと分かるだけだけど、ディテクターだと位置(**)が分かるようだ。


 初めて使えた魔術なので俺のディテクターの詳細は不明だが、効果範囲は300メートルくらいありそうだ。

 その範囲にそれなりの数のモンスターが潜んでいることが分かった。

 オズワルドのディテクターには到底及ばないがこれなら十分及第点だ。


「こっちの方向からモンスターの気配がする」

 俺は魔術で探知したとは言えないので気配という言葉でごまかし、モンスターの種類までは分からないが一番近くのモンスターに3人を誘導していった。

 3人はおしゃべりを止めて俺についてきている。

 やればできる子たちだ。


 100メートルほど3人を引き連れて移動した先に、地面に擬態しているのか土色をしたスライムが1匹いた。


 こいつはボールのように丸まっていたので近づいてしまえば擬態にあまり意味はない。

 大きさからいってドッジボールに見えないこともない。

 普通のスライムは真ん中は膨らんではいるものの横に広がっているので大きさを比べることは難しいが、このスライムは体積的には普通のスライムの半分もないのではなかろうか。

 さらに付け加えると、これまで俺がサイタマダンジョンで目にしたスライムはほとんど無色で半透明だった。

 いろんな意味で目の前のスライムは異質だ。

 ボヨヨンとしているから直感的にスライムと思ったが、もしかしたらスライムとは違うモンスターかもしれない。


「かわいい!」

 これがこのスライム?を見た斉藤さんの第一声だった。

「かわいい」

「欲しい」

 残りの2人も同じらしい。


 確かにかわいいのだが、相手はモンスターだ。

 女子たちが武器を構えないので俺が腰のメイスを手にした。


「長谷川くん、この子殺しちゃうの?」

 スライムが『この子』になってしまっている。

「そりゃあモンスターだから」

「この子、飼えないかな?」

「飼うって、どうやって?」

「うちに連れて帰って、エサをあげる?」


 そもそもダンジョンから得た物品は罰則はないけれど持ちだし禁止だったはずだ。

「ダンジョンから連れだしちゃいけないんじゃないか?」

「物品は持ちだし禁止だと講習で習ったけれど、モンスターを連れ出しちゃいけないって講習じゃ習わなかったと思う」と、日高さん。

「規則は規則だけど罰則はないから、何を持ちだそうと自由だよ」と、今度は中川さん。


「連れ出した後、何を食べさせればいいかなー」

 もはやスライムをダンジョンから連れ出して飼う前提で話が進み始めた。

「スライムってなんでも食べるんじゃなかった?」

 スライムはなんでも食べるとラノベなんかで出てくるんだけど、実際のところ何を食べるのかは分からない。


 3人がああでもないこうでもないとスライムを囲んで話しているあいだ、当のスライムは丸まったままじっとしていた。

 怖くて固まっているように見えないこともない。


「試しに何か食べさせてみればいいんじゃない?

 お菓子ならあるよ」

 そう言って斉藤さんが背負っていたリュックを地面に下ろし中から小箱を取り出した。

 アーモンドチョコだ。

 斉藤さんは小箱からアーモンドチョコを1つ摘まんで丸まったスライムのてっぺんにちょこんと置いた。


 どうなることかと思って眺めていたら、アーモンドチョコはスライムの上から滑り落ちることなくスライムの中にゆっくり沈んでいった。地面の色はどうやら表面だけのようでスライムの中身は透明に近い半透明のようだ。中に小さな核が見える。

「おー」

「面白い」

「もう1個置いてみようか?」

「具合が悪くなったらかわいそうだからもうすこし様子見てからにしようよ。

 犬にはチョコレート厳禁だしね」


 犬とスライムとではだいぶ違うと思うが、確かに様子を見た方がいいだろう。

 死んでしまえば核を貰うだけだが、スライムに下痢でもされたらいやだしな。

 スライムが排泄するかどうかなんて知らんけど。


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