第12話 初めてのサイタマダンジョン2
俺は3匹のモンスターを仕留め、その後も気配を探りながら移動を続けたのだが、残念ながら人の気配しかなかった。
こればかりは仕方ない。
賢者オズワルドは魔術で1キロくらい先まで丸っとお見通しだったけど、俺の気配察知のレンジは都合よく何々メートルの範囲まで丸っとお見通しというわけではない。
気配が大きければかなり遠くでも感じ取れるし、気配が小さければ近くでも感じ取れないことがある。
当然だな。
先ほどたおした2匹のスライムだが、どちらも150メートルも離れて気配を感じることができた。
そのスライムの核は2つとももこぶし大もあり、しかも通常の核とは明らかに違う色だった。
いわゆる特殊個体だった可能性が高い。
俺は学者でもないのでそんなことより高く売れるかどうかが問題だけどな。
俺は一息入れるためリュックの中からペットボトルの緑茶を出して一口飲んた。
ペットボトルをしまってリュックを担ぎ直した俺は他の冒険者たちと同じように右往左往することにした。
30分ほど成果なく右往左往していたら、前方から数人が言い争う声が聞こえてきた。
おそらくモンスターの横取りかそれに類したトラブルだろう。
俺は野次馬根性を出して見物することにした。
もちろん、俺はただの野次馬なので仲裁する気などさらさらない。
現場には、言い争う男女のグループを囲んで複数の冒険者たちがスマホを出して撮影していた。
世の中何でも撮影だな。
あまりいいこととは思えないけれど、犯罪の抑止力にはなるかもしれない。
見物人の輪の真ん中で言い争っていたのは女子3人組のチームと男子3人組のチームだった。
見た目はどちらも高校生だ。
彼らの間にはスライムがたおされた後らしく、地面に水跡が残っていた。
「何度も言うけど、わたしたちが先に見つけたスライムなのに横取りしないでよ!」
「何言ってるんだ。俺たちが先に見つけてここまで追ってきたんだろう!」
「もう、いい加減にしてよ。
わたしたちの核を返しなさいよ!」
「うるさいなー!」
……。
おそらく男3人のチームがスライムをたおして核を回収したのだろう。
大人げないけど、高校生はまだ子どもだ。
こんなことやってる暇があればさっさと次を探せばいいと思う。
かく言う俺もモンスターを探すわけでもなくこうやって見物してるので、なにをかいわんやだ。
モンスターを見つけることはそれほど簡単ではないし、1階層の普通のモンスターから手に入るビー玉くらいの核でも1つで数千円はする。
お金持ちの子弟でない限り高校生にとってはそれなりの大金だ。
彼ら、彼女らの気持ちは理解できる。
こういう場合どう対応するのかダンジョン免許の講習で習ったのだが、その内容は、
『お互い我を張らず譲り合いの精神を発揮しましょう』と、いういかにもなものだった。
これでは何の解決にもならんわな。
そのうち観客も飽きてきたようでだんだんと減ってきたが、口論はやまない。
俺も飽きてきたのでよそに行くことにした。
そうしたら、「ちょっとそこのあなた、待ってよ」と、女子3人組の中のひとりが声を出したのが聞こえた。
誰のことか興味もないのでそのまま歩いていこうとしたら、俺の方に女の子が駆け寄ってきた。
そこのあなた。って俺のことだったのか。
「あなた、長谷川くんだよね?」
「名字は長谷川だけど」
「わたしのこと覚えてないの?」
その子の顔をよく見たら、中学の時の同級生、斉藤さんだった。
冒険者らしい格好をしていたので言い争いをしている時は全然気づけなかった。
下の名まえは悪いが覚えていない。
中学時代は三つ編みを左右に垂らしていたが今はショートヘアだ。
冒険者になるにあたって髪の毛を短く切ったのか、高校デビューで切ったのか?
ロング好きの俺に言わせればちょっともったいない。
彼女は手に背丈ほどの杖というか両端が金物でできた真っ黒い棒を持っていた。
「斉藤さん。だよね」
「そう」
「冒険者になったんだ」
「うん。この夏休みに講習受けて一昨日からね」
俺の1日先輩だった。
「ねえ、長谷川くんも見てたでしょ。
あの連中に何か言ってやってよ」
「口論は見てたけど、スライムがどうというのはさすがに見ていない」
俺が突き放すように言ったら斉藤さんは不満そうに口をとがらせて俺の顔を見上げた。
見上げる角度は45度。
今の俺の身長は175センチ。
斉藤さんは160センチくらい。
つまりだいぶ顔が近かった。
「じゃあ、助けてくれないの?」
「何で助けなければいけないのか分からないが、言い争って嫌な思いをするくらいなら連中に譲ってやればいいんじゃないか?
ここで時間をとっても仕方ないし、新しくモンスターを探す方が建設的だろ?」
「でも悔しいじゃない」
気持ちはわかる。
仕方ない。同窓生のよしみで一肌脱いでやるか。
「じゃあ俺がモンスターを1匹見つけたらきみたちに譲ってやるよ」
「長谷川くん。言うのは簡単だけど、モンスターを見つけるのって簡単じゃないのよ。
だからわたしたちあの連中と言い争ってるんだから」
「たしかに大変だけど、俺はここに入って5分ぐらいで1匹見つけたよ」
5分は言い過ぎだけどな。
「ホント?」
「嘘じゃない」
全くの嘘ではないと心の中で訂正してから、リュックをいったん下ろして中からビー玉くらいのカナブンの核を取り出して斉藤さんに見せてやった。
「ホントだ」
斉藤さんはそう言ってまだ言い争っていた2人の仲間のところに戻っていった。
俺の提案が功を奏したのか、これ以上言い争いを続けても仕方ないとあきらめたのか、口論はそれで終わったようで3人の女子が俺のところに向かってきた。
男子たちは何か言いながら向こうの方に行った。
何にせよ早めにモンスターを見つけないとな。
1時間も歩いてモンスターが見つからなかったら俺のカナブンの核を譲ってやろう。
それなら文句はないはずだ。
3人がやってきたので自己紹介しておいた。
「斉藤さんの中学時代の同級生の長谷川です」
「斉藤の同級生の日高。よろしく」
日高さんは3人の中で一番背が高く170近くある。
彼女は腰に俺と同じくメイスを下げていた。
「わたしは中川よ。よろしく」
中川さんは腰に短剣を下げていた。中川さんは身長がこの中では一番小柄なので無難な選択なのかもしれない。
「長谷川くん、さっそくだけどあてはあるの?」
「あるよ」
あては今のところ全然ない。
まさか『あてはないけど心配するな』などと昭和の無責任男のセリフみたいなことは言えないので適当に答えておいた。昭和の無責任男のことをなぜ俺が知っているかというと、その昔父さんが借りてきた円盤で観たことがあるから。しかもシリーズで。
「俺についてきてくれる?」
俺はそう言って3人の前に立って適当な方角に歩いていった。
俺の後ろを3人が横に並んでぺちゃくちゃ雑談しながらついてくる。
まっ、いいけど。
5分ほど歩いていたら近くの茂みにモンスターらしき気配があった。
ラッキー。
元勇者の俺は幸運度とかパラメーターがあったら振り切れてるんじゃないか?
『しー!』
俺が後ろの3人に向かって小声でそう言ったら、後ろの3人は雑談を止めた。
この3人を引き連れて茂みに入っていったらどう見ても逃げられるよな。
ここは思案のしどころだ。
逃げられても俺がモンスターを見つけたという実績にはなるし、一応の義理は果たせるのではなかろうか?
でも、モンスターは仕留めたい。
スライムだったらそこまで逃げ足が速くないだろうから一気に近づいて仕留めるか。
『茂みの中、5メートルほど先にモンスターがいる。
一気に突っ込んで片を付けよう』
3人がうなずいた。
『1、2、3で突っ込むから』
再度3人が頷いて各々武器を手にして構えた。
俺もメイスを手にして、
『1、2、3』
俺が先頭に立って茂みの中に突っ込んでいった。
茂みを抜けたらそこにはちゃんとスライムがいた。
俺がたおしてもよかったが、俺のすぐ後ろをついてきた斉藤さんに譲り俺はスライムが逃げないよう反対側に回り込んだ。
「斉藤さん。その棒で思いっきり叩けばスライムをたおせるから」
「うん。わかった」
逃げ場を失ったスライムに斉藤さんが棒を叩きつけた。
そしたらスライムがボヨンと弾んで棒を弾いてしまった。
その後、斉藤さんの後から茂みを抜けた日高さんとその後に続いた中川さんと3人でスライムを囲んで寄って集って袋叩きにしてやっとスライムが潰れた。
スライムは液状化して地面にしみ込んでいった。
3人が一列になって突っ込んできたのは茂みが濃すぎて俺が抜けたことで多少開かれたところを通ったから。
地面の上に残った核はビー玉大の大きさだった。
3人は手を取って飛び跳ねながら喜んでいた。
結構結構。
これで義理は果たせた。
「これでいいかな?」
俺がそう言ったら斉藤さんが俺の顔を不思議そうな顔で見つめてきた。
「長谷川くんありがとう。
じゃあ次行くわよ」
えっ? これで俺解放されるんじゃなかったの?




