第114話 氷川涼子12、感謝の気持ち
氷川涼子と8階層めぐりの後半戦に突入した。
今日は4時半まで頑張ろうという話をしていたので、午後から4時間モンスターを探してたおしていくことになる。
午後からも氷川は快調で、危なげなくモンスターをたおしていった。
オオカミ6匹をたおしたところで、だいぶ氷川の息が荒くなってきていた。
「少し休憩しようか」
「水を飲むだけでいい」
氷川がリュックの脇に入れていた水の入ったペットボトルから一口水を飲んだ。
「長谷川。もう大丈夫」
「それじゃあ次行くぞ」
「おう」
そこから10分ほど坑道の中を駆けていった。
次のモンスターはイノシシ。数は6匹。
イノシシはかなり固いので氷川にとっても難敵の部類に入る。
さすがの氷川もイノシシには慎重で、自分から突っ込んでいくようなことはしなかったが、イノシシは向こうの方からひづめの音を立てて突っ込んできた。
先頭を走ってきたイノシシに向かって氷川は振り上げた鋼棒を正面から振り下ろした。
ドゴッ!
と、鈍い音とともに鋼棒がイノシシの額にめり込んだ。
イノシシは即死したようだが勢いは止まらない。
氷川はめり込んだ鋼棒を外そうとしたが、頭蓋のどこかにひっかかったようで一瞬遅れてしまった。
その結果イノシシをかわす間もわずかに遅れてしまい、勢いの付いたイノシシが氷川の脇腹をかすめた。
氷川はそこで体勢を崩してしまい、鋼棒を構えることがさらに遅れてしまった。
マズい。と判断した俺は氷川に突っ込んできたイノシシに向けファイヤーアローを放とうとしたが、氷川が射線上にいてとっさに放てなかった。
それで俺は狙いを後続のイノシシにしてファイヤーアローを放った。
ファイヤーアローは後続のイノシシを貫通し、その後ろにいたイノシシもたおしてしまった。
氷川の方は何とか自分に突っ込んできたイノシシに向かって鋼棒を向けたがそれだけで、鋼棒はイノシシに弾かれてしまいイノシシは氷川の胴体に突っ込んだ。
俺はとっさに腰のメイスを外して氷川にのしかかっていたイノシシに打ち落とし、更に迫ってきていた2匹のイノシシに対して叩きつけてたおした。
「氷川、大丈夫か?」
「済まない。不覚を取った」
俺は氷川の上でこと切れたイノシシを横に退かせて再度氷川に聞いた。
「どこか傷めていないか?」
「肋骨が何本かいかれたようだ」
肋骨となるとちょっと見せてみろとは言いにくいな。
俺の治癒魔術が効けばいいのだが。
「氷川、俺がこれから治癒魔術を使う。
ただ、俺の治癒魔術で骨折が治るかというとまず治らないと思う。
それでも痛みや腫れは引くはずだ」
「そんな魔法まで使えるのか?」
「得意じゃないが一応な。
肩こりに効くことは俺の両親で確認済みだがそれ以上のことはやったことない」
「それでもいい。
服を脱いだ方がいいな?」
「そのままでいい。
痛い場所を教えてくれ」
氷川が左の脇腹あたりに手を添えた。
「分かったから、手をどけてくれ」
氷川が手をずらしたところで俺は右手の手袋を外して、氷川の脇腹に向かって手のひらをかざしてそれっぽく『ヒール』と唱えた。
何となくかざした手のひらが温かくなってきたような。
そう言えば、今はフィオナが俺の肩に止まっている。
魔術の効果がかなり上がっているはずなので治癒効果は期待できる。
もしかしたら骨折が治る可能性もある。
「氷川、どうだ?」
「痛みはすぐに引いた。
なんだかポカポカして気持ちいいぞ」
「そうか。
そしたらもう1回『ヒール』」
「どうだ?」
上半身を起こして氷川は体を左右にねじって、
「全然痛くない。
治ったようだ」
「俺も素人だからな。
今日はこれくらいにして上がろう。
上がったらどこかの医者に診てもらえよ」
「どう見てもなんともないのだが」
そう言って氷川はヘルメットと手袋をとった。
何をするつもりかと見ていたらリュックを下ろして防刃ジャケットを脱ぎ始めた。
「おい、こんなところで脱ぐなよ」
「長谷川しかいないんだから問題ないだろ?」
「いやいや、問題だろ?」
「長谷川がわたしのことを異性として意識していたとは、ちょっとうれしいぞ」
「意識するしないもないだろ!」
俺の言葉を無視して氷川は防刃ジャケットを脱いでしまった。
氷川が防刃ジャケットの下に着ていたのは白い長そでのTシャツで、氷川はそれをたくし上げて脇腹を含めて腹を露出した。
Tシャツの下からグレイのスポーツブラの下の方が見えた。
いかん。
「ほら、痕も何もなくなってる」
確かにキズ一つ、ほくろ一つないきれいな腹だった。
じゃなくて、打撲とか骨折の痕などは全くなかった。
「見た感じは悪いところはないようだな。
自分でちょっと押してみろ?」
氷川がかなりの力を込めて自分の肋骨の下の方を押した。
そこまですると折れてない骨が折れてしまうぞ。
「強く押しすぎて痛かったが、もう痛くない。
完治したようだぞ。
長谷川、ありがとう」
「とにかく良かったと思っておこう。
それじゃあどうする。
このまま続けるか?」
「それはそうだろう?
長谷川にこんな魔法があるなら、ケガのし放題じゃないか」
そういう発想は俺にはなかった。
まさに蒙を啓かれた感じだ。
氷川って根っからのジャンキーじゃないか。
何ジャンキーかは知らないが。
本人がそう言っている以上医者でもない俺は完治したと思っておくしかないか。
鋼棒を振り回して痛み出したらまたヒールをかけてやればいいだけだしな。
まさか、氷川のやつヒールジャンキーになってしまったとかないよな。
イノシシの死骸をタマちゃんが処理して、6個の核が手に入った。
これももちろん氷川に渡したが、氷川は受け取りを渋った。
「氷川、お金のことはキッチリすることは大切だと思うが気にするな。
自慢になるが今の俺は24階層に1日潜れば4億稼いでるんだ」
「済まない。4億を棒に振ってわたしに付き合ってくれてたんだな」
「その通りかもしれないが、俺が好きでやってることだから氷川が気にする必要は全くない」
「好きでやってくれているのか?」
「ああ、好きでやっている」
「それは照れるな」
「そういう意味じゃないぞ!」
「冗談だ。とにかくありがとう」
「じゃあ次行くぞ。
さっきの場所が痛み出したら早めに言えよ、ヒールをかけてやるから」
「その時は頼む。
アレは実に気持ちよかった」
氷川は防刃ジャケットを身に着けてリュックを背負い、ヘルメットを被り手袋をはめた。
準備完了。
次のターゲットに向かって駆けだした俺に氷川がついてくる。
氷川は本当に完治したようで、全く危なげなくその後モンスターをたおしていった。
……
午後から氷川が手に入れた核の数は88個。
午前は63個だったので151個の核を手に入れたことになる。
8階層のモンスターの核の買い取り値段はいくらか分からないが、5万近くするかもしれない。
そうしたら750万円になる。
俺の儲けは桁外れだが、氷川の儲けもかなりのものだ。
普段の儲けはこの半分から3分の1程度かもしれないがそれでも氷川は専業冒険者。
週5日潜ればディテクター×2を使った今日の稼ぎの2倍近く稼げるだろう。
俺の見る限り氷川がこのサイタマダンジョンで図抜けた冒険者であることは確かだ。
4時半少し前に渦を抜けセンター本棟に到着した。
ざっと見渡した感じ俺を見張っているような者もいなかった。
ちょっと、自意識過剰だったかもしれないが、専用個室が手に入るわけだからある意味ラッキーだった。
買い取り所の個室には氷川ひとりで入り、俺はドアの前で待っていた。
5分ほどで出てきた氷川はニコニコ顔だった。
「長谷川のおかげで大儲けだった」
「そいつは良かった」
それからふたりで2階の武器預かり所に行き武器を返した。
「長谷川、渡したいものがあるから下のホールで待っていてくれるか?」
「分かった」
ホールでじっとしているのは危険だが仕方がない。ポンチョを着ておけば何とかなるかもしれない。
「俺は黒いポンチョを頭からかぶってるからな」
「そう言えば長谷川は追われる身だったな」
氷川は笑いながらエスカレーターで上の階に上っていったので俺はその場でリュックから出したポンチョを着込んで1階に下り、ロビーホールの椅子に腰かけた。
10分ほどで着替え終わった氷川が大きなスポーツバッグを持ってエスカレーターで下りてきたので手を振って合図した。
立ち上がって氷川を迎えに行ったら、氷川がスポーツバッグを床に置いて、中からピンクのリボン付の包装された小箱を取り出して俺に渡してくれた。
「長谷川、少し早いがバレンタインのチョコだ。
貰ってくれ」
「もちろん頂くよ。
サンキュウ。ありがとう」
「ことわっておくが、日ごろの感謝を込めただけで深い意味はないからな。
だからお返しなど不要」
「分かってるよ。
でも、うれしいよ」
「それじゃあ、帰ろうか。
しかしそのポンチョ姿似合ってないな」
「俺は格好は気にしない主義だから。
他人に不快感を与えない程度ならそれでいいと思っている」
「長谷川らしい。
クリスマスの時も防刃ジャケットだったものな」
アレをやっぱり気にしていたのか?
次回があるとしたら、その時はもう少しマトモな服を着よう。
しかし、こっちの世界に帰ってきていいことずくめだ。
次に一緒に潜るのは3月の祝日の8時、待ち合わせ場所は渦を抜けた先。と、決めて氷川と別れた。




