第11話 初めてのサイタマダンジョン
本館1階の奥にある改札機の先にダンジョンの出入り口が開いている。
ダンジョンの出入り口の見た目は黒い渦で、何も知らずにこの中に入るには勇気がいると思う。
最初に誰か入って渦の先がダンジョンだと発見したわけだろうから大したものだ。
その黒い渦に入っていく者、渦から出てくる者、ひっきりなしだ。
出てくる連中は大きくリュックを膨らませている者、そうでない者いろいろだが、やはりリュックを膨らませている者は20代後半から30代にかけてのベテランという感じがした。
よく考えたらAランク冒険者が許された1階層には肉が採れるモンスターは現れないのでリュックを膨らませることは基本的にはない。
リュックを膨らませている=肉類などが手に入る2階層以下に出入りしている=Bランク以上の冒険者なのでそういった連中が20代後半以上なのは当たり前だった。
Bランク以上の冒険者でもモンスターの肉はかさばるし重いので核を専門とする冒険者がそれなりの数存在するらしい。
おれもBランクに成ればそのスタイルでいこうと思っている。
緑色のビニールシート製の袋を山盛りに積んだクローラーキャリアが渦から出てきた。
そのクローラーキャリアを借りた冒険者の一団は、見た目からしてベテランだった。
首にかかったネックストラップの色を見たらみんなシルバー、つまりDランク冒険者ということだ。
納得だな。
クローラーキャリアは専用の出口から専用通路に入っていった。
モンスター肉専用の買い取り所の方に移動していったのだろう。
これがSランクの攻略チームになるとクローラーキャリアが2台になるという話だ。
サイタマダンジョンには21階層のゲートキーパーを最初に撃破したSランクの攻略チーム『はやて』がいる。
俺もいずれはSランクになりたいが簡単ではないだろう。
しかし、この俺なら必ず成れる。
渦から出てくる冒険者を眺めて少しばかりやる気の出てきた俺は、邪魔にならないように脇に寄ってリュックを下ろし中からヘルメットを取りだして被った。
ニーパッドなどは最初から着けてここまで来ているので、最後に手袋をはめて準備完了。
俺は人の流れに乗って黒い渦の中に入っていった。
渦を抜けてその前でぼーっと立っていると後続の邪魔なのですぐ脇に避けなければならないと免許センターの講習で習っていたので、俺はすぐに横に移動した。
初めてダンジョンに入ってそのことを思い出せる人は少ないようで何人かが後ろから追突されて平謝りしていた。
人にぶつかるくらいなら謝って済むがクローラーキャリアで人に追突するとシャレにならないので、通常は誰かがクローラーキャリアを先導して渦に入り、前を開けてからクローラーキャリアがダンジョンに侵入する。
これも講習で習った。
そのため、単独冒険者がクローラーキャリアを借りた場合は誰かに頼んで先導してもらう必要がある。
もし、それを怠り事故が起こった場合はそれ相応のペナルティーが科せられる。とはいえ単独冒険者でクローラーキャリアを借りるものは極端に少ないのであまり意味はない。
俺はあらためて1階層を見渡した。
おー。
目の前に広がるのは、青空と広大な緑の大地。
大空洞の天井は一番高いところで5千メートルあるという。
その天井だが天井には見えず、ややもやった青空のように見える。
もちろん太陽に類するものはない。
大空洞には夜はなくこの明るさが24時間365日続くという話だ。
現代科学をもってしても仕組みは全く解明されていないそうだ。
振り返ると渦の隣りに電波塔が立っていた。
ダンジョン内でコンパスは使えないので広大な1階層の空洞内で迷子になる可能性がある。
この電波塔から1階層全体に信号電波が出ていて、スマホの専用アプリでその電波を拾うことで出入り口の位置が分かるようになっている。
ちなみに電波塔は小型の燃料電池で稼働している。
2階層へ続く階段は渦から500メートルほど先にある。何キロも離れていると2階層に行くだけで大変だが、500メートルなら親切設計だ。
階段は周囲をコンクリート製の建物で囲われており、入り口に渦の前の自動改札機と同じ自動改札機が置かれている。
そこではダンジョンを運営するダンジョンセンターの職員が常時見張っている。
ダンジョン内に外からの電源供給はできないそうで、こういった設備は渦の横に立っている電波塔と同じく燃料電池で発電した電気で動いているという話だ。燃料そのものは定期的に外部から搬入される。
これも科学で解明されてはいないが、経験的にダンジョン内で酸素を大量に消費しても酸素濃度は変わらないらしい。
それはそれとして俺は渦から離れて人の少なそうな方向にモンスターの気配を探りながら10分ほど歩いた。
気配を本気で探るのは久しぶりだったが、さび付いていなかったようで、俺の今立っているところから150メートルほど離れた茂みの中に人とは違う気配がふたつあることを感じ取った。
150メートル?
俺の気配察知能力は普通では50メートル程度なのが150メートルも離れている気配を察知してしまった。
そうか。そうとう気配の大きなものがそこに潜んでいると考えていいな。
幸いその辺りに冒険者はいない。
俺はその茂みに向かって駆けていった。
俺の急な動きは誰にも注目されていないようだ。
新人はよく訳の分からない動きをするからな。
茂みに近づいたらもう一つ気配があることに気づいた。
全部で3つだ。
1階層のモンスター、特にスライムは逃げ隠れすることがあると講習で習った。
2階層のモンスターはかなわぬとみると逃げ出すこともあるそうだが、3階層以降だと逃げていくモンスターはほとんどいなくなるという。
ちなみに、向こうの世界にはこういった形のダンジョンはなかったがモンスターはいた。
そのモンスターは逃げることなく常に襲い掛かってきていた。
一番近い気配に向かって俺は自分の気配を消しつつ茂みに入っていったら半透明のゼリーの塊、スライムがいた。
俺が召喚された世界にいたスライムと見た目は同じだ。
あっちのスライムはなんでも溶かしてしまうし動きもそれなりに素早い厄介なモンスターだったが、こっちのダンジョン1階層に出てくるスライムはほぼ無害だと講習で習った。
油断する必要もないので俺はさらに気配を殺し慎重にスライムに近寄って手にしたメイスを振り下ろした。
スライムはべちゃりと潰れて形を保てなくなり、水のようになって広がって地面に吸い込まれてしまった。
後に残ったのは水跡と、こぶし大の核だった。
1階層のスライムの核は通常ビー玉くらいらしいから、これは大当たりだったようだ。
核の色は虹色とでもいうのか、光の加減で7色に見える。
これまでネットで見たものはたいてい黒光りした玉だったが、これは違うようだ。
大きさもそうだがそうとう高く売れそうな気がする。
人が近くにいなかったのでウォーターの魔術で核を軽く洗ってリュックの中に放り込んだ。
残った気配はあと2つ。
次に一番大きな気配に向かって茂みの中を進んでいったら今度もスライムだった。
さっきのスライムは無色透明だったけど今度のスライムは金色だった。
俺もスライムにそこまで興味があるわけでもなかったのでスライムの種類などネットで調べていなかった。
金色のスライムはどう見ても希少そうだ。
ここも気配を極力殺して近づいていきメイスを振ろ下ろしたら金色スライムは最初のスライム同様潰れて水のように広がって地面にしみ込んだ。
しみ込んだ跡は金色ではなくただの水がしみ込んだように見えた。
後に残ったのはこちらもこぶし大の核。
今度の核は金色だった。
こいつも水洗いしてリュックに放り込んでおいた。
最後の気配に近づいていったら、そこには巨大なカナブンがいた。
カナブンにすれば巨大だが、実際の大きさは30センチくらい。
大したことはない。
そのカナブンが俺に向かって飛んできた。
メイスを一振りしたらカナブンはグシャリと潰れて地面に落ちた。
俺は腰に下げた鞘からナイフを抜いてカナブンの腹に突き立てて適当に外皮に傷をつけた。
そこから右手を突っ込んでカナブンの腹の中を探り何とか核を抜き取った。
カナブンの核はビー玉くらいで、標準的なものだった。
手袋と一緒にカナブンの核を洗ってこれもリュックに突っ込んでおいた。
茂みから出た俺は辺りを見回したところ、2、3人がグループになってモンスターを求めてあちこちらと移動していたが、だれも武器を構えてはいなかった。
モンスターの気配を探れるということは冒険者にとってものすごいアドバンテージだということを実感した。




