4.自分が知らない自分
タレイアさんの部屋の扉がノックされ、ヴァルが「入っても大丈夫か?」と尋ねてきた。
「うん、大丈夫だよ!」
私はなぜかドキドキしながら、扉が開くのを黙って見ていた。
扉が開くと、そこには立派なマントを羽織った青い旅装のヴァルの姿。
私はヴァルの凛々しい姿に見惚れて、ぼんやりしていた。
なぜか、ヴァルもぼんやりとこっちを見てるみたいだ。
私たちの時間が、止まっていた。
タレイアさんの声が聞こえる。
「……あんたら、仲が良いのは構わないが、寒いから早く扉をしめとくれ」
ヴァルが弾かれたように「ああ、すまない」と扉を閉めて中に入ってきた。
タレイアさんが得意気に告げる。
「どうだい? この子に似合ってるだろう?」
ヴァルが頷いて私に告げる。
「ああ、綺麗だ」
私は顔が火照るのを、俯いて隠した。
タレイアさんが渡してくれたのは、真っ白な服だった。
リネンやコットンとも違う不思議な感触の生地の、ワンピースの膝丈スカートだ。
それにガウンコートが付いていた。これなら、寒い場所でも大丈夫だろう。
私は熱い顔を手で冷ましながら、タレイアさんに尋ねる。
「この服は白いけど、旅をしてたら汚れない?」
「そのくらい大丈夫さ。
そいつは特別な服だからね。
ちょっとやそっとじゃ、汚れやしないよ」
えぇ~? そんな服、あるの?
まぁ、汚れたら洗えばいいか。
下着も新しくしてもらったので、私はすっかりご機嫌な気分を取り戻していた。
やっぱり、新品の服って気持ちがいいよね!
ヴァルが困惑するようにタレイアさんに告げる。
「そんな服、本当にあの値段で売ってよかったのか?」
タレイアさんは満足気に頷いた。
「もちろんさ。あたしが納得した価格で売ったんだ。
文句はないし、利益も出してるよ?」
ヴァルと私は、タレイアさんにお礼を言ってから宿屋の一階に降りて朝食を頼んだ。
朝食にしては遅い時間だけど、宿屋の主人は喜んで対応してくれた。
……ほんとに、いくらの宿泊代を渡したんだろう?
サービス良すぎない?
私は朝食を口に運びながら、ヴァルに尋ねる。
「ねぇ、タレイアさんの商品は、そんなに格安だったの?」
ヴァルも朝食を頬張りながら頷いた。
「ああ、その服があるからな。
王都なら金貨十枚でも足りるか分からん。
服の質も上等だし、旅の日用品もしっかりしていた。
物の品質は一級品だ」
それで利益を出せるって……どういうことなんだろう?
私は改めて、旅装に身を包んだヴァルを見た。
凛々しい顔つきが、なんだかさらにかっこよく見えていた。
自分が褒められておいて、相手を褒めないのって悪いよね……。
「ねぇヴァル」
「なんだ?」
「その……あのね? ……よく、似合ってるね!」
私は言い終わると、恥ずかしさを隠すように朝食にかぶりついていた」
胸の鼓動がうるさいのを、私は必死で我慢した。
なんなんだろう? この気持ちは!
生まれて初めて感じるんだけど?!
胸の奥が、飛び出そうなほど跳ねまわってる。
顔が熱くて仕方がない。
私は水を飲んで、必死に熱を冷まそうとしていた。
ヴァルがフッと笑った。
「そうやって真っ赤になるくらいなら、無理に褒めなくてもいいんだぞ?」
「う、うるさいな! 似合ってるのはほんとなんだから、無理じゃないよ!」
「そうか、ありがとうな……そうして真っ赤なお前は、本当に可愛らしいな」
顔が茹で上がるほど熱くなっていた。
もう水を飲むくらいじゃ、冷ませそうにない。
私は急いで朝食をお腹に納めると「ごちそうさま! 部屋に戻るね!」と言い残し、足早に階段を上っていった。
****
部屋に戻った私は、ガウンコートを脱いでベッドに倒れ込み、枕に顔を抑えつけていた。
――まだ心臓がうるさい! なんなのこれ?!
朝よりさっきの方が、ずっと心臓がうるさくなってる。
なんとか呼吸を整えて、心臓が落ち着いてくれた。
私はふぅ、と小さくため息をつく。
「……ヴァル、まだ食べてるのかな」
一時間くらい待っても、ヴァルは帰ってこなかった。
一階の食堂を見に行ったけど、ヴァルはそこに居なかった。
宿屋の主人に聞いてみたけど、いつの間にか居なくなってたみたい。
私はなぜか落ち込んだ気分で部屋に戻り、ベッドの上で膝を抱えていた。
……なんでだろう? なんだかすっごく寂しい気がする。
切なさで胸が痛かった。
知らずに深いため息が漏れて、私は膝を抱えたままベッドに倒れ込んだ。
「……どこ行っちゃったんだよ、ヴァルの馬鹿」
私は目から滲む涙を枕に押しつけながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
****
目を覚ますと、なぜか私はベッドの布団の中に居た。
……あれ? 布団、被ったっけ?
部屋を見回すと、部屋の隅でヴァルが毛布を被って寝息を立てていた。
――ヴァル! 良かった、戻ってきたんだ!
私は頬が緩むのを止められなくて、にやにやとヴァルの寝顔を見つめていた。
なんだか、それだけじゃ物足りない。なんで?
自分の気持ちが理解できない。けど、今私は、『ヴァルに触りたい』と思ってる。
そっと音を立てないようにベッドから降りて、私はヴァルの横に腰を下ろした。
そのままヴァルの肩に頭を預け、彼の寝息を間近で聞いていた。
鼻に届くヴァルの香りを胸いっぱいに吸い込みながら、ヴァルの体温を感じて満足した私は、そのまま目をつぶった。
この気持ちはなんなんだろう?
どうしてこうしてると、心が安らぐのかな。
いつからだろう? 思い返してみる――たぶん、最初は昨日の夜だ。
私の事をヴァルが『可愛い』って言ってくれた時、びっくりするほど胸が飛び跳ねた。
同年代の男子から、そんなこと言われたことなかったし。
だからきっと、びっくりしてるだけなんだと思ってた。
けど、ヴァルが居なくなると切なくて苦しいのとか、こうして一緒に居ると安心して嬉しいとか、なんだかびっくりしてるのとは違う気がした。
自分で自分がわからない。こんな自分は知らない。
自分を見つめて考えこんでるうちに、私の意識はゆっくりと、夢の扉を開いて行った。
****
一方、数日後――領地に戻ったヴィルヘルミナは、自宅で日々を過ごしていた。
リビングで紅茶を口に含みながら、彼女は考えを巡らせる。
これだけの日数が経ってもヴァルデマールは姿を現さなかった。
ならばやはり、領地に戻るのを避けたのだろう。
戻ってきた御者の証言で、王都の隣にある宿場町でヴァルデマールとアイリスは降りたようだ。
その後の行き先はわからないが、その方角ならば一つだけ、候補があった。
ヴィルヘルミナが侍女に告げる。
「出かけます。支度をしなさい」
ヴィルヘルミナは行く先を伝え、指示を飛ばした。
侍女たちが恭しく頭を下げ、旅支度を始める。
――彼女の命を奪うことになるのだろうか。
昏い思いを胸に、ヴィルヘルミナは着替えをするため、侍女たちと部屋を移動をした。
時間は現在に戻る――
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目が覚めると、私はヴァルの肩に頭を預けたままだった。
……なんだか、凄い幸せな夢を見た気がする。
もう一度ヴァルの寝顔を見たくて、私は顔を上げた――そこには、私の事を優しい目で見つめるヴァルの顔があった。
――?!
驚いて、私はヴァルの横から大きく飛びずさっていた。
跳ね回る心臓を手で押さえつけながら、私は必死に声を絞り出す。
「な、なんで?! なんで! 起きてるの?!」
ヴァルが立ち上がって毛布を片していた。
「なんでも何も、もう夜だ。
随分と長く寝ていたな。
そんなに疲れているなら、きちんとベッドで寝ておけ」
窓の外を見る――日が落ちて、外は真っ暗だ。
何時間、寝てたんだろう……。
ヴァルがこちらに歩いてくるので、驚いて壁際まで後退った。
ヴァルがきょとんと私を見る。
「どうした? 飯を食いに行くぞ。何をそんなに怯えてるんだ?」
……私が、怖がってる? この私が?
「私は! 怖がってなんかない!」
私が涙目で睨み付けていると、ヴァルがまた、優しい目で笑った。
「いいから、飯、食いに行くぞ。
出発は明日の朝だ。きちんと食べておけ」
ヴァルはそれだけ言うと、先に部屋から出ていってしまった。
急に心細くなった私は、慌ててヴァルの背中を追いかける。
「ちょっとヴァル! 置いてかないで!」
私は部屋の外で待っていたヴァルにもう一度だけ驚いてから、二人で食堂まで降りていった。




