39.王女の笑顔
気が付くと、わたしはベッドに寝かされていた。
あれ? なんで寝てるんだっけ?
確か私は、アイヒェンブルクのお城に来て……
「――エリーザ王女はどうなったの?!」
勢いよく起き上がると、眩暈で世界がぐらぐらと揺れていた。
クスクスと笑う女の子――エリーザ王女の声に目を向けてみると、微笑む彼女がベッドサイドで椅子に座り、本を読んでいた。
彼女がニコリと微笑んで告げる。
「おかげさまで、元気一杯ですわ」
「よ、よかったぁ……」
私はそのまま、へなへなとベッドの上でくずおれていた。
初めて見る病気で、初めての命がけの治癒だもん。巧くいって良かったよ……。
私が小さく息をつくのと、お腹が鳴るのが同時だった。
エリーザ王女がクスクスと笑う。
「では、食事を用意させますわね」
私は照れ笑いを浮かべながら、ありがたく言葉に甘えた。
****
私がベッドで食事を取る姿をバッハタールのみんなとエリーザ王女、そしてアイヒェンブルクの王様が見つめていた。
……食べづらい。
王様がエリーザ王女の肩を抱いて、幸せそうに微笑んでいた。
「君のおかげで私はこうして、娘の体温を感じることが出来る。
感謝の言葉が絶えないとはこのことだろう。
――だが聞かせて欲しい。君は娘の治療で寿命を削ったと聞いた。
二日も意識を失っていたのだ。深刻さは理解している。
そこまでして、バッハタールを救いたかったのかね? それならばもっと、適切なタイミングがあっただろう?」
私はにへらっと微笑んで応える。
「あの時は、バッハタールの事なんて全部忘れてました――バッハタールの王様には、怒られちゃいそうですけど。
エリーザ王女の姿を見て、少しでも早く救ってあげたかっただけです」
アドレンガーさんがふぅ、と小さく息をついた。
「ま、アイリスらしいさ。お前が無事でよかった。エリーザ王女もな」
ブランディスさんは少し不機嫌そうだった。
「あなたの勝手な行動で、我々の交渉は全てぶち壊しです。
バッハタールに少しでも有利な条件を引き出すはずが、最悪のシナリオになってしまった。
どうやってバッハタールを救うつもりなんですか。
アイヒェンブルクによる背面からの挟撃――これは今回の要、なくてはならないものです。
それが成立しなければ、バッハタールは滅亡するしかありません」
私は「んー」と天井を見上げて考えてみる。
「……私が何とかしますよ!」
にへらっと笑って見せると、ブランディスさんは呆気に取られたように口を開けていた。
王様が楽しそうに私に告げる。
「ほぅ? どうやって聖王軍十万を追い返すつもりなんだね?」
「それはもう! 頑張って天気を操って! 私も一杯暴れて! ヴィルヘルミナさんやヴァルと一緒に、押し返してやります!」
ふわり、とアールヴが顔の前に現れて、大きくため息をついた。
『荒唐無稽もいいとこです。
今回だって、それなりに命を削りましたです。
そんな奇跡を乱発していたら、命がいくつあっても足りないです』
エリーザ王女が、顔を輝かせて驚いていた。
「わぁ、童話の妖精みたい! なんですか、この子!」
おや? エリーザ王女にはアールヴが見えるらしい。
まぁ信頼してると言えば、たぶんしてると思うけど。
アールヴがエリーザ王女に振り返り、得意気に胸を張った。
『私はアールヴ、聖女の力の一端です!
聖女であるアイリス様をサポートするのが私の役目なのです!
一言でいえば、妖精です!』
ふわり、とドヴェルグがアールヴの横に現れた。
『私はドヴェルグです。
――アイリス様、今回のような無茶はもうやめてください。
あなたの力はまだまだ未熟。
それなのにあれほどの奇跡を願ったあなたは、年単位の寿命を失ったのですよ』
「あ、そうなの? そんなになくなっちゃったのかぁ」
あの心の奥が削れて行く感触、あれが寿命を失う感覚なのかな。
アドレンガーさんが困ったように微笑んでいた。
「命を失ったというのに、そんな笑顔で笑えるものなんだな」
ん? そんなこと言われても、その覚悟はしてたし。
エリーザ王女を助けたことも、後悔してないし。
私はヴァルに顔を向けて、ちょっと申し訳ない気持ちで微笑んだ。
「ごめんね、ヴァル。勝手なことして……怒ってる?」
ヴァルは穏やかに微笑んでいた。
「いいや? 俺が惚れた女だ。そのくらいのことはするだろうと、わかっていたさ」
そっか、わかってくれてたのか。なんだか嬉しいな。
私を見ていた王様が、楽しそうに笑った。
「ははは! 君という人間、確かに見せてもらった!
――焔将ブランディスよ、バッハタールとの軍事同盟の話、進めようじゃないか」
え? いいの?!
ブランディスさんを見ると、やっぱり目を見開いて驚いていた。
「……なぜですか。あなた方アイヒェンブルクには何のメリットもないはずです」
王様がニヤリと微笑んだ。
「私は娘から『アイリスを助けて欲しい』と言われている。
我が軍が助勢しなければおそらく、彼女が力を使い過ぎて死ぬまで戦うのだろう?
ならばアイリスが力を使い過ぎないよう、我が軍が手を貸すべきだろう。
――これでも、不義理な王ではないつもりだ」
私は心から微笑んで王様に告げる。
「王様! ありがとう!」
王様がフッと笑った。
「それはこちらのセリフだ。
君が居なければ、娘が助かる道はなかった可能性が高い。
――聖王様が娘を救ってくださる見込みも、低かったからな」
ヴィルヘルミナさんが鋭い目つきで王様を見た。
「……では、聖王の寿命が近いと言う話を裏付ける情報が?」
王様が頷いた。
「ブランディスが言う通り、聖王様が人に救済を与えた最後の記録は二百年前まで遡る。
それ以後、聖王様が明確なお力を人前で振るった記録がない。
たとえバッハタール同時侵攻で戦功を得ても、果たして娘を治療していただけたか」
ヴィルヘルミナさんが少し考えてから答える。
「その力の補充に、聖王はアイリスを求めているのでしょう。
であれば、そのあとでなら治療の見込みもあったのでは?」
「ははは、聖王様がご慈悲をくださることに望みを託していたが、その実そんなことはないと理解もしていた。
あの方は冷酷無情、大陸の平穏に影響しないのであれば、奇跡の力などお見せにならん」
ヴィルヘルミナさんが納得する様に頷いた。
「それで我々の話も、積極的に聞いていただけたのですね」
「そういうことだ――さぁブランディス、そしてヴィルヘルミナよ。
軍議室で詳しい打ち合わせをしようじゃないか。
病人の前でする話ではあるまい?」
いや、私は別に病人ではないんだけど……。
頷いたヴィルヘルミナさんたちが、王様と三人で部屋から出ていった。
私は残ったみんなと、他愛ない話で笑顔を交わしていた。
****
「それじゃあ行くか!」
アドレンガーさんがシュネーレンティアを操った。
そりが走り出し、王都の景色が流れていく。
王様とブランディスさんの話し合いで、エリーザ王女が回復したことは伏せられているらしい。
彼女は今も、部屋で静かに本を読んでいるだろう。
ブランディスさんが告げる。
「これでバッハタールが一方的に負ける目はなくなりました。
ですが聖王軍を撃退するには、まだ一手足りません。
それをこれから、ルビンフルースで解決します」
うわぁ、忙しい。アイヒェンブルクから、バッハタールを通過して東の隣国、ルビンフルースか。
今度はどんなことが待ってるんだろう。
私が膝に置いていた手に、ヴァルの手が重なった。
ヴァルの顔を見ると、いつもの優しい微笑みが包み込んでくる。
「俺たちが付いてる。なんとかなるだろう」
私も微笑んで応える。
「……そうだね! きっとなんとかなるよね!」
私たちを乗せたそりは、バッハタールとの境にあるフロストピークに向けて勢いよく走っていった。




