最期に死神と恋に落ちる
私の後ろには、死神がいる。
ただ、よく物語とかで見る死神とは少し違う。骸骨でもないし、大鎌なんて持っていない。喪服のようなまっ黒いスーツを着た男性。見た目はほとんど、普通の人間の男性と変わらない。
その人が──死神が、24時間ずっと私のそばにいる。
「貴女の寿命は残り僅かです。貴女が死した時、貴女の魂を私の手で黄泉へと送らせていただきます」
その死神が初めて来たとき、そう言った。
私は最初はその死神や、自身の寿命が残り僅かだということに恐怖していた──けど。
死神が私のところに来て20年。私は未だに人間界にいる。
「あなたは本当に死神なの?」
ある日、その死神と並んで海辺を歩いていた時。私は聴いてみた。
「はい、私は本当の死神です」
「なら、私を早く成仏させないといけないんじゃない?なのになんで、あなたは私が死んで魂だけになった後も、ずっと私のことを成仏させないの?」
私がそう言うと、死神はキョトンとした顔をしそして、ふっと笑った。
「……貴女がそれを言いますか?貴女が私に『あなたの傍にもっといたい』って、泣きついたじゃないですか」
「なっ、泣きついてないし!勝手に記憶を付け加えないでよ!」
「泣きついてました。そのお陰で、私は貴女を離したくなくなったんですから……」
そう言いながら死神は、私の手をそっ……と握った。生きている時は触れられなかったけど、死んで魂になった今は、死神に──彼に、触れられるようになった。
彼は死神だけど、触れると人間みたいに体温があって、温かい。
「……でももうそろそろ、貴女を本当に成仏させなければならないです。今までは私の力で貴女が悪霊化しないようにできましたが……私の力がほとんど残ってない今、貴女を霊の姿で人間界に止めることが難しくなってきましたので……」
ぎゅうっと、彼は握る手を少しだけ強めた。そう言った彼の横顔は……ほんの少しだけ、寂しそうに見えた。
「……ごめんなさい。私が我が儘言ったから。あなたの死神の力を全て奪うことになってしまって……」
「……それを決めたのは私です。嫌なら拒否することだってできました。死神の力を失ってでも、貴女の傍にいたいと思ったから私はそうしただけです」
ぴたっと、彼は歩みを止め、私の前に立った。私の瞳をじっ……と見つめそして──
「ん……」
彼の唇が私の唇に触れた。キス、した。
私が死んで、彼と何度キスしたんだろう……
でももう……彼とはお別れしないといけない。
彼とキスしながら、私はホロホロと涙を溢した。
「おやおや、貴女は本当に泣き虫ですね」
「だって、あなたとお別れなんて嫌だもん!あなたの力を奪ってしまったことは本当に申し訳ないと思ってるけど、でもやっぱり、もっとずっと一緒にいたいなって……おもっ……!」
グスグスと涙で顔をくしゃくしゃに濡らしながら、私は子供みたいに泣きわめいた。すると。
「……私もです。できることなら、私ももっとずっと貴女の傍にいたかったです」
彼は私の頭をポンポンと撫でながら薄く微笑んだ。
私はワアワア泣きながら彼に抱きついた。彼は優しく、私の背中を撫でる。
「─さて、そろそろ私の力も残り僅かです。この力全てで、貴方を天国へ送ります」
「あなたは?どうなっちゃうの?」
「私は死神──神ですが、私のしたことは罪深いもの。罰を受けねばなりません」
「そんな……」
「罰……といっても、あなたが想像している痛々しい罰とかではないです。神から『人間』に位が落とされるだけです……つまり、もしかしたら生まれ変わった先でまた、あなたと会える可能性ができるのです。だからもう、悲しまないでください」
そう言って彼は、私の前髪をさらりと上げて額にチュッとキスしそして、ふわりと抱き締めた。
「───それでは、生まれ変わったらまた……」
「うん、またきっと絶対会おうね」
「はい、私も貴女とまたきっと絶対お会いしたいです」
「……大好き」
「私も貴女のことが──」
「大好きです」そんな彼の優しい声が私の鼓膜を震わせたのと同時に、視界が光に包まれた。
きっと絶対、生まれ変わったら彼と出会うんだ。
そしてまた、私は彼に恋する。
彼もまた、私に恋してくれると─……いいなぁ。
「待たせてごめんなさいっ!」
彼女は息を切らせながら、私のところに駆けてきた。よほど慌てて走ってきたのか、折角セットしたであろう髪が盛大に乱れていた。
「私の方も道が混んでて、今来たところです」
乱れた彼女の髪を直しながら、私はそう言った。すると彼女はクスッと微笑み、私に飛び付くように抱きついた。
「もうすぐあなたと結婚するし、早く寝坊癖治さなきゃね」
「……貴女の寝坊癖はたぶんもう治らないと思いますよ」
「え~!そんなことないもん!……たぶん」
「いいですよ、貴女は貴女のままで。貴女が朝弱いなら、私が朝早く起きればいいことですし」
「……私は、毎朝あなたより早く起きて朝ごはん作って、でね、あなたのことをキスで起こしたいの」
「ふふ、そうですか。なら、起きれるように頑張ってくださいね」
「うん!」
彼女は満面に微笑みながら頷きそして、背伸びをしながら私の唇にキスした。
彼女は覚えてないようだが、私は人間に生まれ変わった後も、彼女のことを……彼女との思い出を覚えている。
そして今「死神」としてではなく「人間」として、私は彼女の傍にいる。
「……愛しています」
そう言って私は、彼女のことを抱き締めた。