第七話 事の顛末と愛の告白
鈴明は唐突に目覚めた。
が、身体が動かない。四肢を拘束されているようだ。目隠しもされている。だが、猿轡はされていなかった。口の中がいやに乾燥している。
「っ、げほげほっ。……ここは……」
「ようこそ、お嬢さん」
「! ……ここは何処ですか?」
聞こえた男性の声に、鈴明は努めて平静を装う。男性はくつくつと笑いながら返答する。
「知りたいか? だが教えても意味がない。──どうせすぐ死ぬのだから」
鈴明は心臓が早鐘を打つのが分かった。
だがまだ希望は捨てない。気がつくまで殺さなかった理由があるはずだ。
時間を稼げ。きっと今頃、李白達が探してくれてる。
周囲に注意を向けると、一人だけではない、複数人の気配を感じる。
匂いを嗅ぐ。おどろおどろしい匂い。
だが、攫われる直前に見たあの女性の匂いがしない。
「では、皆の者。用意は良いか?」
「「「是」」」
そうこうしているうちに、鈴明の周りの奴らが近づいてくる気配を感じた。
まずい。とにかく時間を稼がなければ。
「っ、最期にいくつか、聞きたいことがあります」
周囲の気配が止まる。
「私は今気分がいい。特別に聞いてやる」
「ありがとうございます。……私を攫った女性はどこですか?」
あの女性。痩せこけて髪はボサボサ、酷く虚な目をしていた。きっと彼女に気を取られているうちに背後から襲われたのだ。
「彼奴か。あの女なら今頃皇帝を探し回っていることだろう。あまり期待はしてないが、皇帝を見つけて殺してくれれば御の字だな。あとはお主を殺した犯人として捕まればいい」
ハハハ、と笑いながら男は言う。
鈴明はとてつもない怒りを感じた。
命をなんだと思っているのか。
怒りを堪えながら、次の質問をする。
「……私はこれからどうなるのでしょうか」
「ふむ。お主はこれから、人柱となるのだ。お主の肉体と魂は神に捧げられ、その代わり我らは特別な力を授かることができる」
「特別な力とは?」
「それは授かってみなければ分からぬこと。……さぁ、お喋りはここまでだ。我らの糧となることに感謝せよ!」
その瞬間、もうダメだ、と鈴明は思った。ここで自分は死ぬのだと。
(ああ、お父さんお母さん、ごめんね……皇貴妃様も李白殿も心配してるだろうな……。最期に陛下に、お会いしたかった──)
そう思いながら目を閉じた瞬間。
バチバチバチッ!
「うぎゃ」
「がっ」
「ぐっ」
「うああっ」
(え? 何が起きたの?)
鈴明は目隠しされているために見えなかったが、肌身離さずつけていた奏明から貰った簪から雷が放たれ、周りを囲っていた男達を貫いた。
そして四肢を拘束していた紐が切れ、鈴明は自由となる。
何故紐が切れたか分からないが、鈴明は目隠しをすぐに外した。
すると、四人の男が側に転がっている。
「な、なんだかわからないけど助かったわ。すぐに逃げなきゃ」
そうして鈴明は慎重に戸を開け、誰もいないことを確認すると部屋を飛び出した。
ここはどこだろう。窓がない。
何故窓がないのか不思議に思いながら、鈴明は走る。なにか薬品を嗅がされたのか、少しクラクラする。
それでも懸命に走っていると、突き当たりに階段が見えた。しかし上りしかない。だが他に道は無い。
意を決して階段を上がると、天井に扉があった。なるほど、ここは地下だったのか。
扉を押すが、一向に開く気配がない。引いても開かず、鈴明は焦った。
(どうしよう、このままじゃまた捕まってしまう……!)
その時、上からバタバタと複数人の足音がした。
(お、終わった……)
鈴明が絶望していると、天井の扉が開いた。
バンッ
「! 鈴明!」
「え?」
この声は──。
鈴明は手を引かれて上へと出る。
そして声の主に力強く抱きしめられた。
「鈴明……怖かったであろう。無事で、良かった……!」
その声の主は、奏明であった。
鈴明は奏明の体温と香りに包まれ、安心したのか力が抜けた。
「へい……か。陛下、陛下ぁ」
ずるりと泣き崩れる鈴明を支え、奏明はお姫様抱っこをする。
今回は、鈴明は抵抗しなかった。
*********
事の顛末はこうだ。
まず、春麗──伯 春麗は、後宮前をウロウロとしていたところを捕まった。
本人はうわ言のように奏明の名を繰り返すばかりで、何を聞いても答えなかったらしい。
つまるところ、伯家の者達に捨て駒にされたのだ。
李白が伯家が怪しいと気づき、奏明が向かっている最中、奏明は簪に込めた力が発動するのを感じた。
鈴明に簪をあげた時、万が一の時に守るよう力を込めていたのだ。
その簪の気配に集中しながら屋敷を捜索したところ、鈴明がいた地下の扉へ行き着いた。
鈴明を殺そうとした者達は拘束された後に意識を取り戻し、李白が取り調べを行ったところ、伯一族は長年に渡り人柱と称して若い女の生き血を使って儀式を行い、その後口封じの為に殺していたらしい。
何故奏明が視ようとしたのにも関わらず視えなかったのかは、地下室を調べた奏明によると、部屋に“呪い”がかかっていたらしい。今まで死んでいった者達がかけたのか、伯家の者がかけたのかは不明とのこと。
鈴明は、簪が助けてくれたことを知り、奏明に心から感謝した。
鈴明は助けられた後、奏明に抱えられながら朱花宮へと向かい、大層心配していた皇貴妃に迎えられた。
戸が開いた瞬間、皇貴妃は鈴明を強く抱きしめた。
「ああ、鈴明! 無事で良かったわ! 私のせいで怖い思いをさせてごめんなさいね」
泣きながらそう話す皇貴妃を見て、鈴明は心が温かくなるのを感じた。
「いいえ、皇貴妃様が攫われなくて良かったです。私は大丈夫ですから。むしろ簡単に攫われてしまった私が、これからも護衛をさせていただけるかが不安です」
「なに言ってるの、いいに決まってるじゃない! ……でもいいの? 怖くはない? 全然辞めても構わないのよ、より良い仕事を紹介するわ」
「いえ……この仕事がいいです。皇貴妃様を守れる仕事が」
そうして鈴明は皇貴妃の背中にそっと腕をまわす。
こんなにも優しい方を守れる仕事なんて光栄だ。これからもしっかり守っていこう──。
そう思っていた時。
「駄目だ」
「え?」
奏明が唐突に言うものだから、鈴明は何を言われたかわからなかった。
「駄目だと言った。鈴明は皇貴妃の護衛は解任する」
それを聞いた鈴明は絶望する。
そう、そうよね。こんな弱い私なんて──。
「鈴明は朕の側にいて欲しい」
「えっ? ……そ、それは荷が重すぎます。陛下の護衛なんて──」
「違う。護衛ではない。──鈴明、そなたを朕の妃にしたい」
「は?」
「まぁ!」
鈴明はポカンとしたが、皇貴妃は眼をキラキラさせて喜んでいる。
「あらまぁ、それは良いわ! さっそく後宮の用意を──」
「ま、待ってください! へ、陛下。それは本気でしょうか。私なんかが……身分もなにもかも違いますし……そもそも私のことを、す、好きなのですか?」
「身分については問題ない。朕の初勅を忘れたか? 『朝廷に務める者は身分を問わず』、だ。身分など関係ない。そして、朕は鈴明のことが好きだ。……鈴明は。朕が好きか?」
「へっ。あ、う、えーと……」
鈴明は頬が真っ赤に色づくのを感じた。そして意を決して言う。
「す、好きです! 陛下のことを、お慕い申し上げております!」
息を荒げながら、恥ずかしさのあまり鈴明は顔を手で覆う。
その手をそっと取り、握った奏明は、鈴明の耳元でこう言った。
「──決して離さぬ。覚悟せよ」