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第六話 誘拐と脱獄





鈴明が皇貴妃の護衛となってから三か月が過ぎた。

その間、鈴明は奏明と共に市井調査を4回行い、その度に距離が縮まったように思う。

だが、お互い知らず知らずのうちに恋愛感情を封印しているため、関係性に進展は訪れなかった。


そのことにヤキモキしているのは皇貴妃だ。傍から見るとどうみても両想いなのにも関わらず、一向に進まない。

剛を煮やした皇貴妃は、とある計画を立てた。名付けて「嫉妬させよう作戦」。そのままだ。

計画としては、まず奏明の見てるところで鈴明に話しかける男性を用意する。

鈴明とその男性がいい雰囲気だと見せつけて、奏明に焦りと嫉妬心を植え付けようという、非常にシンプルな作戦だ。

尚、鈴明は何も知らないため、いい雰囲気に見せるのは男性の演技力にかかっている。


「……で、何故私なのです、皇貴妃様」


「だって、鈴明と面識があって頼める男性なんて、あなたくらいじゃない」


「はぁ……」


ため息を吐いたその男性は、李白。

奏明の右腕である武官だ。


「李白、いい? まるで逢瀬に誘うような雰囲気にするのよ」


「はぁ……承知いたしました」


その時、部屋がノックされ、鈴明と奏明が入ってきた。


(来たわよ、李白!)


(わかりましたよ……)


「こんばんは、鈴明」


「あ、李白殿! こんばんは。珍しいですね、陛下より早くいらしてるなんて」


「まぁ、色々とあってな。それより鈴明、耳を貸せ」


「はい?」


鈴明は耳を李白に寄せる。

李白は小声で話しかけた。


「小声で話そう。……今度私と手合わせしてみないか?」


「えっ、手合わせ!?」


鈴明の目が輝く。

武官である李白は奏明の右腕だけあってかなり強いと聞く。そんな李白と手合わせできるなんて。


「いいんですか? 李白殿、忙しいのでは……」


「別に構わない。まぁ、鍛錬などがあるから、会えるのは夜になるが……」


「構いません! 宜しくお願いします」


目をキラキラさせながら李白と話す鈴明。奏明は、じっとその様子を見ている。

興奮で頬を赤く染めた鈴明は、傍から見たら恋する乙女のように見えなくも……ない。


「では、5日後の夜に。ああ、この件は2人だけの秘密だ。夜に異性と2人きりなど、たとえ手合わせでも良くないからな」


「はい! 宜しくお願いします」


「ああ。……陛下、皇貴妃様、失礼いたします」


「ああ」


「ええ」


役目は達成した、とばかりに李白はそそくさと部屋を退出する。

そんな後ろ姿を、奏明はじっと見ていた。


「……鈴明、なんの話をしていた?」


「あ、えと……な、内緒話です」


「内緒……そうか。良い、無理には聞かない」


「あ、ありがとうございます」


「良い。……さて、今日はどのような1日であった?」


皇貴妃は内心、ガッツポーズをしていた。


(嫉妬してるわ! 作戦成功よ!)


その後、皇貴妃はなんでもないように振る舞いながら2人とお茶を飲むのだった。






5日後。


夜になり、鈴明は李白との約束通り手合わせをしに広場へと来ていた。


(李白殿と手合わせ……お強いんだろうなぁ)


そう思いながら待っていると、遠くから人影が近づいてくるのが見えた。


「李は──」


その時、風に乗ってその人物の匂いが漂ってきた。


「!」


(この匂い……李白殿じゃない!)


その人影が近づいてくるにつれ、頭の中に警鐘が鳴る。

毒々しい匂い……かなりの悪意を持った人物。

鈴明は戦闘態勢に入ると、身構えたままその人物が近づくのを待つ。

松明の光に照らされて、その人物の顔が見えた。


「あなたは……?」


そう発言した直後から、鈴明は記憶が途切れた。






鈴明がいなくなった。

その一報を聞いた時、奏明は思わず李白を殴りそうになった。


「何故夜に手合わせなどしようとした!?」


「申し訳ありません……私の素性を皆に知られてはまずいと考えました」


「だからといって……! ……いや、お主を責めても仕方あるまい。すぐに視る(・・)


奏明は鈴明に意識を集中させ、今どこにいるか視ようとした。しかし、いつもならハッキリと視える映像が、モヤがかかったかのように見えない。


「……視えぬ」


「視えない……ですか。それは初めてですね。取り急ぎ、陛下と鈴明の関係を知っている者たちを調べましょう」


「ああ、頼む。朕は手がかりを探す」


「お願いいたします」


李白は足早に部屋を出る。

奏明はなにか手がかりがないかと、広場へと意識を飛ばす。

残った気配。鈴明の気配と、もう一つ……。そちらに意識を集中させ、追っていくと、一瞬だがなにかの建物が視えた。

それは罪人が収容される、いわゆる監獄。何故そこが映ったのか──。

分からないが、調べる価値はある。

奏明はどこから情報が漏れるかわからないため、1人で行くか迷った。しかし、万が一のことを考え、(かげ)を連れていく事にした。


影とは、蘭国の裏の秘密組織である。

情報収集は勿論のこと、敵に潜り込んだり組織の壊滅なども行う。

影は存在を感じさせないが、たしかに存在している。


「影。鈴明がいなくなった。探しに行く」


「御意」


影の姿は見えないが、返事だけはその場に響いた。


「──まずは監獄だ」


そう呟くと、奏明は部屋から出て行った。

鈴明を見つけるために。





*********




李白は奏明と鈴明の関係を知っている者リストを眺めながら、ため息を吐く。

知っているのはそれぞれの部署の長官以上。そして後宮に勤める極少数の者達。この中に、鈴明もしくは奏明に恨みがありそうな者……。

一瞬元文官長長官が思い浮かんだが、彼奴は今遠い地方にいるはずだ。


(……一番怪しいのは後宮の誰か。女性の嫉妬による犯行……だが、鈴明はかなり身体能力が高い。そうそう連れ去ることなどできないはず)


李白は頭を悩ませる。

だがふと、気づく。

鈴明と奏明に恨みがある犯行と考えていたが……鈴明になにかあれば困るのは、皇貴妃様も同じ。

皇貴妃様に恨みがある者……?


「李白殿」


「!」


咄嗟に剣に手をかけた李白は、声がしたのに姿が見えない……影であることに気づく。


「驚かせるな……。なんだ?」


「陛下は監獄へ向かいました」


「監獄? ……まさか、誰ぞ脱獄した訳でも──」


「……今情報が入りました。春麗(しゅんれい)がいなくなったとのことです」


「春麗が!?」


春麗。名前だけみれば非常に可愛らしいが、実際は齢40を超えた犯罪者。

鈴明が後宮に下女として入った時、春麗は皇貴妃の側仕えであった。

最初は良かった。皇貴妃は非常に気さくかつ優しい人物で、春麗は少しプライドが高い人物ではあったがなんだかんだ皇貴妃と上手くやれていたのだ。

しかし、ある時、偶然にも春麗が奏明と鉢合わせた時があった。

後宮に入れる男性は限られている。ましてや皇貴妃の私室など。


そこで春麗は奏明に惚れた。

それからというもの、春麗はあの手この手で奏明へと会おうとした。

皇貴妃も、奏明の恋愛は自由だと考え、あまり口は出さなかった。

しかし奏明はその時、政が忙しくそれどころではなかった。

後宮へ来るのも月に一度あるかないか。

春麗は妄想に明け暮れた。

もしかしたら自分が皇后になれるのではないか。奏明の側にいるのは皇貴妃ではなく、自分が相応しいのではないか──。


それは病的なまでに酷く、ついには『皇貴妃がいなければ自分が皇后になれる』という突拍子もない結論に至った。


春麗は市井に出た時に、怪しい店で毒薬を買い込んだ。春麗は皇貴妃の側仕えだ。お茶を淹れる時に一滴垂らせばいい。


次の日、春麗は毒薬を仕込んだお茶を用意した。勿論皇貴妃に飲ませる為だ。

しかし、皇貴妃はそれを飲まなかった。何故ならば、それを阻んだのは奏明だからだ。


その日、奏明は嫌な予感がした。自身の持つ能力は、大体が嫌な予感から始まり使うことが多い。鈴明の父を助けた時も、森の中を視なければ……という直感が働いて起こった出来事だ。

後宮に意識を集中させると、1人の女が茶に何かを垂らすところであった。

奏明は記憶力がずば抜けて良い。見た瞬間、以前遭遇した皇貴妃の女官だと気づいた。


そして影に指示し、春麗を拘束。

牢獄へ入れられるまで、いや入れられてからも、「私が皇后よ、陛下には私が相応しいのよ!」と叫び続けたらしい。



──そんな春麗が脱獄。

李白はすぐに街の外へ春麗を出さぬよう、武官総出で捜索する旨の通達を各地へ送った。


(春麗……鈴明に危害を加えてないといいが。しかしそもそも、誰が春麗に鈴明の存在を教えた……?)


李白は考える。

監獄の看守に聞いたところによると、四半刻程前までは確かに牢屋の中に居たとのこと。

どうやって抜け出したのかも分からず、忽然と姿を消したそうだ。


(誰かが手引きしたとしか考えられない。誰だ……ああくそ、俺は頭を使うのに長けてないんだ)


イライラとしながら、李白は考える。ふいに、春麗が捕まった後に叫んだ言葉を思い出す。


『私を殺してみなさい! この国は終わりよ! だって私は──』


「──皇后に相応しい血筋なのだから」


李白はそう呟いた後、ハッとする。

もしや春麗は、捕まる前から利用されていたのではないか。

皇后に相応しい血筋。それは恐らく、貴族の中で最も有力な権力を持つ一族。

その一族は、古くから多くの権力者を輩出しているのだが、同時に悪い噂も存在していた。それは、その一族は人柱を捧げる代わりに願いを叶えてきたというもの。

一度、念のために奏明が視て調べたが、特に異変は見当たらなかったそうだ。

だが火のないところに煙は立たぬ。

李白は、影に伝えた。


(はく)家を調べて欲しいと、陛下へ伝えてくれ」










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