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オスマンサス・ダスク  作者: 音枝優日
1/1

標準語・百合版

六果:せんだいろっか。20代後半。通称チョロ子。強情

里遊:あんどうりゆう。20代後半。通称ドリュー。飄々

  ―タイトルコールの有無はお好みで

  ○住宅街(夕方)

   ―夕暮れに染まる町を歩く六果



六果:「はあ……こんな田舎くさい街で合コンしたって、いい出会いなんかあるわけない。あーあ、ハイスペック男子、どっかに落ちてないかなぁ」


六果:「……ん? この匂い。ああ、もうそんな時期か……」


六果:(M)ふわり。風に乗って金木犀が香った。


六果:むせかえるような甘い芳香に誘われ、厳重に鍵をかけた記憶の引き出しが、ミシミシと音を立てる。鈴なりに揺れる橙色の小さな花が、胸の中で散らばった。


六果:――散らかって、また、むせる。


六果:「やば、ここアイツん家の近くだ。あっちの道から行こ」


六果:(M)消そうとすればするほど、存在感は増していく。コンシーラーで覆い隠したクマをそっとなで、きびすを返した。

六果:(M)あれは過去の残り香か、今を漂う清香せいこうか――。

  

  

  『オスマンサス・ダスク ~Osmanthus Dusk~』

   ―GL・標準語版―

  

 


  ○古い一軒家の一室(朝)

   ―目を覚ます六果


六果:「ん……んん……あれ、ここ、どこ……?」


里遊:「ああ~、やっと起きたか、チョロ子」


六果:「へ? その声……(布団から飛び起きる)ど、ドリュー? なんであんたが!」


里遊:「ここアタシの家。よく見てみな。あんた夕べ泥酔して、うちの軒先で座り込んでたの。アタシは親切で中に入れて寝かせてあげただけ」


六果:「え、え、まじ? うあ、最悪……」


里遊:「最悪はこっちよ。死体でも転がってんのかと思って、寿命縮まったっての」


六果:「えっと、ごめん……」


里遊:「はあ~(深いため息)。あんた、いつもあんなバカみたいな飲み方してんの?」


六果:(M)目の前の女、安藤里遊あんどうりゆう双眸そうぼうが細くなる。端麗なしかめっ面は、やけに冷ややかに映った。


六果:「うるさい。別にいいでしょ。よりによってなんでドリューなんかの世話になってんの。サイアク」


里遊:「うわ、最悪。あんた高校のときからなんにも変わってないね」


六果:「あんただってその口の悪さどうにかなんないの?」


里遊:「チョロ子に比べたら百倍マシでしょ」


六果:「その呼び方やめてって昔から言ってんでしょ。もういい。かわいげのない女はさっさと帰ります、さようなら」


里遊:「あ、ちょっと……!」


 : ―バタバタと安藤家を出ていく六果。あっけにとられる里遊。


里遊:「……あーあ。カバンもスマホも持たずに。バカ」


六果:(M)安藤家の玄関を飛び出すと、満開のオレンジ色が、視界の端に広がった。


六果:「ああもう、なんのために昨日この道を迂回したわけ?」


六果:(M)アンサー。ドリューに会いたくなかったから!


六果:強く望まないことは、強く望んでいることと同じ。煩わしい法則から、今日も逃れられない。




  ○安藤家の玄関(昼過ぎ)

   ―手提げ袋を持った六果


里遊:「で? ひどい剣幕で出てったくせに、なんで戻ってきたの?」


六果:「いや、だって、その……」


里遊:「ん?」


六果:「お、お母さんにこれ持ってけって言われて。はい!(腕を突き出す)」


里遊:「なにこの紙袋。中身……タッパー?」


六果:「娘が一晩世話になったおわび。あと私のカバン返して」


里遊:「いやいやいい年こいてお母さんにわびさせんな。子どもか! もういい。上がって」


六果:「はあ?」


里遊:「このタッパー煮物かなんかでしょ。アタシ今から昼ご飯なんだよね。ついでにあんたも食べてって。そんでタッパー持って帰って」


六果:「なんで私がドリューなんかと」


里遊:「アタシはあんたのかたきか。ごちゃごちゃ言ってないで早く上がって。タッパーが空んなったら、カバン返したげる」


六果:「……っ、はいはい、わかりました!」


  ○安藤家のダイニング

   ―食卓を囲む六果と里遊


六果:「家のひと誰もいないの?」


里遊:「うん。年寄りはみんな亡くなって、アタシひとりだけ」


六果:「え……あ、えっと、その……全然知らなくて。ごめん」


里遊:「あ、チョロ子がヘコんだ。うける」


六果:「はあ?」


里遊:「ハハ。眉間にしわ寄せて怖い顔しないでよ。別に謝るようなことじゃないし。アタシがひとりになったのはもう何年も前だから。なにも引きずってない」


六果:「ふーん……。なら、いいんだけど……」


里遊:「チョロ子は? なんで今さら実家帰ってきたわけ? アメリカの大学行った後、しばらく東京で仕事してたんでしょ?」


六果:「……別にいいでしょ。そんなことどうだって」


里遊:「まあどうでもいいけど」


六果:「ちょっと」


里遊:「ハハ」


六果:「なんなのもう」


里遊:「いやあんたみたいなプライド高い女が、わざわざ田舎に帰ってくる理由、アタシなんかに教えるわけないもんね」


六果:「ねえ、一言どころか全部余計なんだけど」


里遊:「ハハハ」


六果:「もう帰りたい」


里遊:「で、チョロ子、いつもあんなひどい飲み方してるわけ? いい年して……」


六果:「別にいいでしょ」


里遊:「でた。別にいいでしょ」


六果:「もういちいちあげ足取るな!」


里遊:「あれはどう考えても大人の飲み方じゃないでしょ」


六果:「うっさいな。だって眠れないんだもん……」


里遊:「ん?」


六果:「ああでもしないと眠れないから……。しょうがないじゃん、ほっといてよ」


里遊:「……なんだチョロ子。寝るためにあんなバカみたいにお酒飲んでたの」


六果:「だからうるさ……」


里遊:「(聴いてない)ちょっと待ってて」


六果:「は? え、ドリュー?」


   ―食卓を離れて庭に出る里遊。しばらくしてから戻ってくる。


里遊:「チョロ子、はい」


六果:「え、この香り……金木犀の花」


里遊:「うん。これをお茶にすると、桂花茶けいかちゃていって、不眠症に効くの。ご飯食べ終わったなら入れてあげる。飲んでみて」


六果:「え、生でお茶にするの?」


里遊:「生のほうが香りがいいし。ほら」


   ―急須に生花と緑茶を入れてお湯を注ぐ里遊。


六果:「すごい……いい香り」


里遊:「でしょ? ちょっと蒸らして……。ん、どうぞ」


六果:「……いただきます。(ゆっくり飲む)うん、なんか落ち着く味かも……」


里遊:「いかにもリラックス効果ありそうでしょ。いっぱい摘んできたし、持って帰って、寝る前に飲みな」


六果:「あ……ありがと」


里遊:「なに。あんたちゃんとありがと言えるんじゃん」


六果:「当たり前でしょ」


里遊:「今朝はその当たり前ができてなかったけどね」


六果:「うるさい。もう帰るから、カバンとタッパーちょうだい」


里遊:「はいはい」


六果:「あと、この家仏壇あんの?」


里遊:「え?」


六果:「あるなら、あいさつしとこうと思って……帰る前に」


里遊:「なに、まじで? ……チョロ子かわいいとこあるじゃん。いいよ。こっち来て」


六果:「……ニヤニヤしないで」


里遊:「ハハ」


  

  ○安藤家の仏間

   ―おりんの音。仏壇に手を合わせ終えた六果


六果:「ねえ、ドリュー。仏間に広げてるこれ、なに? 洋服と……カメラ?」


里遊:「ああ、それ、アタシの仕事道具」


六果:「え……?」


里遊:「在宅フォトグラファーってわかる? いろんな企業から家に送られてきた商品の写

真を撮って、納品するオシゴト」


六果:「……そんな仕事あるんだ。それだけで、生活ってできるものなの?」


里遊:「まあ、時期によっては心もとないから、動画サイトでVログとか投稿して、生活の足しにしたりね。いろいろ自由にやってる」


六果:「……え、Vログ? なんかイマドキ。でも、あんたなら写真撮るほうより撮られるほうが向いてんじゃないの。昔から顔だけはいいし」


里遊:「うっさい。顔も、いいの」


六果:「ドリューって呼ばれてんの初めて聞いた時、ハーフかと思った」


里遊:「名前略しただけよ。美しすぎるのも困りものよね~」


六果:「うわ腹立つ。まあでも、大手芸能事務所に所属して一等地のタワマンに住んでます~とかじゃなくてよかった。ちょっとでも欠点があったほうが安心する」


里遊:「……欠点? なに、アタシの仕事のこと?」


六果:「あ……、や、えっと」


里遊:「はは、ほんとあんた相変わらずだね。無意識にひとを見下してるの、わかってる?」


六果:「そんなつもり……」


里遊:「気づいてないなら重症だけど」


六果:「ちょ、ちょっとした言葉のあやでしょ」


里遊:「ふうん。言葉のあやね。まあいい。アタシは別に怒ってるわけじゃないし。幻想のヒエラルキーの頂点から、好きなだけ下界を見下ろしてれば?」


六果:「……か、帰る」


里遊:「ちょっと、カバンとタッパー……」


六果:「わかってる!」


 : ―カバンと紙袋をひっつかんで出ていく六果


六果:(M)ムカつくムカつく。なんなの。なんであんな風に言われなきゃなんないの。自分だってずっと私のことバカにしてるクセに……!


六果:そうじゃなきゃ、今も昔も『チョロ子』なんて呼ぶはずがない。


   ―スマホの通知音が鳴る


六果:「あ、メールだ。一体なんの……千代六果せんだいろっか様、この度は、弊社の採用選考をお受け頂き、――…貴殿の、今後一層のご活躍を……」


六果:(M)――バカにされて当然なのかもしれない。


六果:高校を卒業した後、私はアメリカの大学に入り、外資系の有名企業に就職した。あとはハイスペックなパートナーを見つけるだけ。順風満帆な人生の青写真。


六果:けれどどこをどう間違えたのか、現実の私は実家に出戻り、さえない企業からテンプレートの祈りをささげられている。


六果:「もう、やってられるか!」


  

  ○安藤家の玄関(深夜)

   ―ピンポン×∞・鳴り響くチャイム


里遊:「ああもう、ピンポンうっさいな。なんなのこんな時間に!」


六果:「(酔ってる)はあーい、こんばんはぁ~。うっさいのが来ました~!」


里遊:「は? ちょっとチョロ子、あんた何時だと思って……う、酒くさっ」


六果:「あはは、変な顔。ザマァミロぉ~」


里遊:「ちょ、勝手に上がんな。家帰れ」


六果:「やぁだ。帰ったらお母さんに怒られるもーん。お邪魔しまぁす」


里遊:「チョロ子、ねえって!」


   ―我が物顔で縁側に座る六果。香る金木犀。


六果:「……はぁ、いいにお~い」


里遊:「なんでまたそんななるまで飲んできたわけ。不眠症用の茶葉あげたじゃん」


六果:「ねえねえ、キンモクセイのお酒はないの?」


里遊:「ひとの話聞け」


六果:「ねえねえないの~? だしてよ~」


里遊:「あっても出さないわバカ。お茶のほう出してあげるから、酔い覚まして。ほら」


   ―差し出された桂花茶を飲む六果


六果:「んー……、ん。おいしい~」


里遊:「はあ、あんたはほんとに……(隣に座る)」


六果:「お、ちょーどいいとこに。よいしょ」


里遊:「ちょっ、アタシの膝は枕じゃない」


六果:「いーじゃん。はあ~、すずしくてきもちいい」


里遊:「……ハァ。わずらわしくてめんどくさい」


   ―訪れる無言。金木犀を見つめる六果。


六果:「なんか、でじゃぶ。高校のときもあったよね。おんなじようなこと」


里遊:「……ん」


六果:「貧血でたおれた日のドリュー、やさしかった。ぜ~んぶウソだったけど~」


里遊:「ひとの親切をウソとか言うな。あん時も家の前にうずくまってる女がいてびっくりしたわ」


六果:「あは。あの日もこうやって膝枕して~、手の平で日差しをさえぎってくれたよね。

具合わるいのにドキドキしちゃったぁ」


里遊:「は……?」


六果:「だまされちゃってさ~、ほんと、ばっかみたい」


里遊:「人聞きの悪い。アタシだってあんたがこんなに性格悪いとは知らなかった」


六果:「ね~」


里遊:「ね~じゃない」


六果:「……ぜったいにケツジツしない。キンモクセイみたい」


里遊:「え?」


六果:「あの日おしえてくれたじゃん。キンモクセイの木はオスしかないんだって」


里遊:「ああ、よく覚えてるね。雌雄異株しゆういかぶ。金木犀なんてどこにでも生えてるくせに、オスだけで実を結ばない。雌株めかぶを植えてもなぜかオスになるらしい」


六果:「ふふ。私ってキンモクセイだったのかも」


里遊:「はあ?」


六果:「ドリューの隣にいても、私は何も生み出せない。六果なんて名前をさずかっても、実をむすぶことはない。……あ、でも、キンモクセイは外国だと実をつけるんだっけぇ? それじゃあ、私とはちがうね。私は海外に出たって実らなかったし、なんにも残せない、残らない……」


里遊:「ねえ、それってどういう……」


六果:「実らなくても大事にしてもらえるなら、キンモクセイに、なりたかったなぁ……すぅ(寝息)」


里遊:「チョロ子? ……寝た。はぁぁ。今のなに。わけわかんない。アタシの前で弱いとこなんか見せんなバカ」


  

  ○安藤家のダイニング(朝)

   ―目を覚まし、ダイニングに顔を出す六果


六果:(M)……またやってしまった!


六果:「おはようございます……」


里遊:「あんた、いい加減にしなよ」


六果:「……えーと、ゴメンナサイ」


   ―六果にコーヒーを出す里遊


里遊:「目の下」


六果:「え?」


里遊:「クマひどい。あんななるまで飲んで、睡眠の質が悪い証拠。そんなこと続けてたら病気になるよ」


六果:「……うん」


里遊:「今何時」


六果:「……えーと、(壁にかかった時計を見て)十時ちょっと?」


里遊:「月曜の、朝十時。……チョロ子、あんた仕事は?」


六果:「…………」


里遊:「もしあったら、日曜の夜にあんなバカみたいな飲み方しないよね?」


六果:「………………」


里遊:「なんであんたみたいな高学歴の人間が、ニートなんかやってるわけ。眠れないこととなんか関係あるの?」


六果:「別にどうでもい……」


里遊:「(被せる)どうでもよくない。『別にいいでしょ』も禁止。もう二日もここに来て、アタシに迷惑かけてるのわかってるよね」


六果:「……そうだとしても、答える義務なんかない」


里遊:「アタシだってあんたみたいなめんどくさい男、本当なら関わりたくもない。高校の時だってあんたに振り回されて散々だった。それなのに、あんな顔見せられたらイヤでも気になるでしょうが」


六果:「は? 振り回されて散々だったのはこっちのセリフなんだけど。なに、もしかして昨日のこと根に持ってんの? 私が欠点なんて言い方したから」


里遊:「……っ。そうよ。あれが欠点に見える曇った色眼鏡、どこで拾ってきたの? アタシが知ってるあんたはそんなんじゃなかった。昔はもっと……」


六果:「(被せる)ドリューが知ってる私ってなに? 世間知らずで、ちょっと声をかけられただけですぐその気になる、チョロい女?」


里遊:「なにそれ」


六果:「いまだにチョロ子だもんね。どんだけバカにすれば気が済むの? からかわれてることにも気づかないでヘラヘラしてるのが『かわいげ』なら、そんなものいらない!」


里遊:「ちょっと待って、誰がバカにしてるって……」


   ―スマホの通知音。画面に浮かぶポップアップ。テーブルに放る六果。


六果:「これがさっきの質問の答え」


里遊:「……先日は、最終面接にお越しいただき……。これ、」


六果:「そ。お祈りメール。昨日も一通来たなぁ。いつも面接で落ちちゃうんだ。私には入社してやりたいことなんかない。会社に利益ももたらせない。簡単に見抜かれちゃうの。私に価値なんてないってこと」


里遊:「チョロ子……」


六果:「はは、やっぱりチョロ子なんだね。高校の時はじめてできた恋人には、からかわれて遊ばれて終わったし?」


里遊:「え」


六果:「だから、二度と誰にも軽く扱われないよう、必至で教養を身につけたのに、また恋愛しようとしても同じだった。


六果:日本人の女がなんで海外でモテるか知ってる? イージーだから。自己主張せず、すぐ服を脱ぐ。バカにされてるの」


里遊:「……」


六果:「日本に戻って就職したらしたで『あの大学出たならこれくらい簡単だろ』、結果出せば『当たり前』。上がるのは上司のポジションだけ。……そんで、実らない木はポキっと折れちゃった。今の私は成れの果て。


六果:……ねえ、そんなに簡単だった? 手折たおられて当然なほど、私には価値がない?」


里遊:「ちょ、っと待って。情報量多すぎ。……いっこだけ確認していい? あんたのことからかって遊んだ相手って、誰のこと?」


六果:「なにそれ……。覚えてないとか、笑うんだけど」


里遊:「覚えてないも何もアタシには身に覚えがない。からかってたのはあんたのほうでしょ」


六果:「はあ? 言うに事欠いてよくそんなデタラメ……」


里遊:「アタシん中では! あんたに遊ばれて振られたのはアタシのほう。付き合って一カ月もしないうちに『もう終わりでいいでしょ』ってメッセージ一つで終了。連絡先もブロックされて、話をしに行っても冷たく突き放される。わけわかんなかった!」


六果:「ああ、なるほど。一方的に終わらせたからこっちが悪いことになってんの? けどさ、私みたいなかわいげのない女を引っかけたのはそっちなんだから、自業自得でしょ」


里遊:「アタシのこと遊びだったって決めつける理由はなに?」


六果:「この耳で聞いたから! 見たよ。付き合いだして間もない頃、ドリューが友達と笑って話してるとこ。『最近チョロくて面白い子で遊んでる』って。あれ、私のことでしょ」


里遊:「は……? なにそれ。そんなことが理由でアタシは切られたわけ?」


六果:「そんなことってなに。私がどれだけ傷ついたと思って……」


里遊:「(被せる)チョロいとこが、……あんたのチョロいとこが、アタシは好きだった」


六果:「……なにそれ。バカにすんのもいい加減にして」


里遊:「してないって。たしかに世間知らずとは思ってた。スカートの丈は長いし、化粧も全然しない。ちょっと近付くだけで『顔面がよすぎるから離れて!』って真っ赤になって言うのが……面白かった」


六果:「バカにしてんじゃん」


里遊:「してないし。アタシの顔こんなだから、昔から男女問わず受けがよくて。無駄に距離つめられたり、ベタベタ触られることはあっても、あんたみたいにあからさまに照れて、遠くで呼吸を整えるような人間ははじめてだった」


六果:「自意識過剰」


里遊:「あんたちょっと黙ってな」


六果:「……」


里遊:「近寄ってくるやつらが求めてるのは、『イイ女を相手にしてる自分』であって、私自身じゃない。自分本位なエゴが、視線にも声にもにじんでウザったいだけだった。でも、あんたにはそれがない。こっちの言動に面白いくらい素直に振り回されるのが……チョロくてかわいかった」


六果:「……バカみたい」


里遊:「なにが」


六果:「あんたの語彙力。ひどすぎて意味わかんない。チョロくて面白いからからかいました、まる、って話?」


里遊:「なんでそうなんの。もういい、こっち来て」


六果:「ちょっと、腕引っ張んないで!」

  


  ○安藤家の仏間

   ―棚の奥から箱を取り出す里遊。


里遊:「ほら、これ開けてみて」


六果:「なにこの箱……えっ」


  ―箱の中に大量の写真


六果:「これ、お庭の金木犀と……私の写真。……こんなにいっぱい」


里遊:「あんたと出会ったのも、ちょうどこの時期だった。玄関先で倒れてたのを拾って介抱したお礼に、写真の練習台になってって頼んだの、覚えてる?」


六果:「……うん」


里遊:「(写真を見ながら)はは。これも、これも、ピント合ってないし、アングルひど。


里遊:最初はあんたと会う口実みたいなもんだった。でも、たいしてハマってもない写真を撮り続けるうちに、カメラを触るのが、アタシの日常になった」


六果:「才能があったんでしょ」


里遊:「チョロ子がキラキラした目で、『これキレイ、これ好き、絶対才能あるよ』って繰り返すせいで、将来カメラを仕事にするのも……案外チョロいんじゃないかって思うようになった。その結果、まんまとカメラマンになった女がここにいる。


里遊:アタシは、あんたのチョロさに惹かれて、振られて、将来を変えられた。これを遊びって言われたら、アタシの人生そのものが否定されてるのと同じなんだけど」


六果:「…………この写真、なんでとっといたの」


里遊:「アタシだって捨ててやりたかった。一方的に突き放されて、顔を合わせても憎まれ口を叩くだけのあんたに、心底ムカついた。それでも、アタシにとっては切り捨てらんないくらい、大事な思い出だったの」


六果:「……じゃあ、私、ちゃんと好かれてたの? ちゃんと、ドリューの恋人だった?」


里遊:「あたりまえでしょ」


六果:「そうなんだ……。はは、よかった……。でもさ、なにもかも今更だね……。私はもう人生丸ごと折れちゃった後で、正直どうしていいかわかんないもん。未来が見えない。


六果:あの時は勝手に怒って、振り回して、迷惑かけて、ごめん……」


里遊:「今更ってことはないでしょ」


六果:「今更だよ。仕事も、自信も、今の私にはなんにもない。なんにもなくなっちゃった……」


  ―訪れる無言。逡巡の後、口を開く里遊。


里遊:「……金木犀は、雌雄異株しゆういかぶで実を結ばない。それなら、どうやって増えてくか、知ってる?」


六果:「……? 枝を、植えるんでしょ」


里遊:「そう。挿しさしきで増やすの。増やすために、わざと枝を折って、また植える。そこから新しい木が育って、たくさんの花をつける。何度でも、何度でも」


六果:「……何度でも」


里遊:「折れたなら植えればいい。なんにも遅くない。ひとりで植えらんなかったら、アタシが一緒に植えてあげる」


六果:「ドリュー……。私、あんたにとってはめんどくさいだけの相手なんでしょ。なんでそこまで……」


里遊:「めんどくさいのは否定しないけど。あんたが眠れなくなった原因、もとを正せばアタシが発端みたいなものだし、これでも責任感じてるわけ」


六果:「なに、責任とってくれんの」


里遊:「ん。責任とってあげる」


六果:「は?」


里遊:「幸いアタシはフリーだし? 家も仕事もあって、気持ち的にも余裕もある」


六果:「待って。私はもうドリューが好きだった頃の私じゃない。ロクに社会に適応できないニートだよ。ドリューが気持ちと時間を費やす価値なんてない」


里遊:「あの頃とちがうのはお互いさまでしょ。やり直してから考えてみても、別に遅くはない。


里遊:人生案外チョロいってこと、今度はアタシがあんたに教えてあげる番」


六果:「それは……私に都合よすぎない?」


里遊:「でも、努力するのはあんたでしょ。それを手伝う人間がいたって、別にズルじゃない。


里遊:あのさ、決断って思考を働かせると、間違えるらしいよ。とりあえず直感で答えてみな? ハイ、アナタがこれから植えるのは、昔折れた枝ですか? 最近折れた枝ですか? それともドリューの枝ですか? はい、さん、にい、いち」


六果:「え? えっと、えっと、、ちょっと待って、それどれ選んでも結局植えるじゃん」


里遊:「あ、バレたか」


六果:「バレたかじゃない。なんなのもう」


里遊:「ハハハ。やっぱ、そんな変わってないわ、あんた」


六果:「え……」


里遊:「昔と同じ、翻弄されてすぐ真っ赤になる、かわいいチョロ子のまんま」


六果:「……やめてよ、バカ」


里遊:「まあアタシもそんなに成長してないし、性格はそう変わんない。だから、これからはイヤなことがあったら、その都度おしえて」


六果:「……うん」


里遊:「あ、チョロ子、今ドリューの枝選んだ?」


六果:「バっ……。全部! 全部の枝植えるから、だから、うまくできないときは……手伝ってもらってもいい?」


里遊:「ん。任せて」


六果:(M)整った両目のきわに、くしゃりと笑いじわが寄る。くったくなく破顔する彼女を見るのは久々で、懐かしさに胸がきしんだ。


里遊:「ところで、いっこだけ、今やり直していい?」


六果:「なにを……、っ……!」


  ―かすめ取られる唇。ほんの一瞬で離れる


里遊:「……チョロ」


六果:「……っ! はい、それイヤ! 早速イヤ! チョロいって言うの禁止!」


里遊:「ハハハ、うける」


六果:(M)ふわり。風に乗って金木犀が香った。


六果:むせかえるような甘い芳香が、開け放たれた記憶の引き出しを満たしていく。鈴なりに揺れる橙色の小さな花が、庭先であふれんばかりに咲き誇っていた。

 

  

【オスマンサス・ダスク/終演】


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