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殿! 客人が危のうござる!

 角亀藩で強烈な初日を体験したケニッヒたちは、その後十日ほどを非常に穏やかに過ごすことになった。

 義秀の言葉を借りればブラックドラゴンが住み着くようになってから、モンスターや異族ナルノーマからの襲撃は目に見えるほど減ったのだという。

 宿として借りている鬼角の屋敷で、彼らはゆっくりと疲れと傷を癒やすことが出来たのだった。


「うん、完治したね。もういつも通りに動かして大丈夫だよ」

「いやあ、城戸きど殿の魔法はすごいもんじゃね。しばらく寝込むことになるかと思とったけど、これですぐに働くことができるわぁ」


 包帯を左腕に巻いていた女性が、嬉しそうに腕を回す。

 キドは少し前から魔法での怪我の治療をするようになった。先日の狼頭らいかんの襲来では死者は出なかったが、それなりに重い傷を負った者もいたからだ。

 薬草を煮込んだ薬湯を飲んで休むしかなかった怪我人たちに治癒の魔法を振る舞うキドは、すぐに大事に扱われるようになっていた。


「魔法とはやはり便利なものじゃな。出来ればうちの連中にその魔法を教えてやって欲しいところよ」

「じゃあまず、オドゥン殿に教えようか」

「んう? いやあ、わしゃ魔法はからっきしでな。基本中の基本というやつを前に條義斎じょうぎさいから教えてもろうたことがあるが、何がなんだかまったく分からんかったわ」


 けらけらと笑う鬼角に、ケニッヒは驚きながらも頷いた。

 ケニッヒをはじめとした戦士は、多少なりとも魔法によって自分の身体能力を高めるのが基本と教わっている。だが、鬼角はそのようなことはしていないという。生まれついての筋力とレベルアップによる能力の上昇だけであの怪力と敏捷性を維持しているのだとすれば、それはやはり天賦の才能としか言いようがない。

 滞在中に角亀藩の生活に触れてきたケニッヒは、一人の戦士として角亀藩の武士もののふたちに崇拝にも似た憧憬を抱くようになっていた。

 帰る前に少しでも自らの力を高めようと、鬼角の調練がある時には率先して参加し子供たちや大人に交じって手もなく転がされている。


「わしに教えてくれる暇があるなら、一人でも才能のあるやつに教えてやってくれんじゃろうか。狼頭らいかんくらいならおおかた怪我で済むんじゃが、大貪おおがあたりを相手にすると死ぬ者も出るからの」

「分かったよ。才能のある人がいたらね」

「かたじけない」


 ケニッヒにしてみれば、それだけの力がありながらも仲間の為に心を配れる鬼角の在り方は崇高でさえあった。

 一度そういったことを本人に言った時は、考えすぎだと笑われたのだが。


――ここに住んどる者はみな家族じゃ。家族のために力を尽くすのは普通のことじゃねえかの?


 鬼角が頭を下げると、キドの治療を受けようと集まってきていた怪我人たちも一斉に頭を下げた。


「おう、そしたら今度チビどもの調練に城戸きど殿の魔法を入れようか。構わねえかな」

「うん。どれだけできるか分からないけど、頑張るよ」


 キドの言葉に、角亀藩の一同が沸き立つ。

 友がこの地の人たちの役に立てていることを、心から誇らしく思うケニッヒだった。


***


 鬼角が先日の襲撃で狩った狼頭らいかんの主の皮は、手を入れられて鬼角の服に加工されることが決まった。

 一方、大瀬戸家の工房では條義斎が息子の條武郎じょうぶろうと対面して意見を突き合わせている。

 二人が頭を悩ませているのは、鬼角に手渡す刀の材質と形状についてだ。鍛えるのは鬼角から條武郎を指定されている。義堂と義秀の刀は條義斎が鍛えたので、自分の刀は條武郎に鍛えて欲しいと願ったのだ。


「やはり鬼角の若が振るわれる刀である以上、斬鱗刀のような大太刀が良いと思うが」

「しかし父上。若は斬鱗刀を大きすぎて取り回しが面倒だと常々仰っておられます。ここはあれほどの大太刀ではなく、普通の太刀の方が良いのではありませんか」

「うむ。しかしな、太刀の大きさで若の望まれる重さを確保するには、冦万十あだまんとはがねでも難しいぞ」

「となると……やはり水鏡みかがみ山へ取りに行くしかありませんか」


 水鏡山は藩から西に見える山だ。それなりに高いが決して険峻ではない。だというのに、條義斎と條武郎の間に緊張が走った。

 と。その話が聞こえていたのか、工房の手伝いに入っていたバムンジーが條義斎に問いかけてくる。


「鉱石を取りに行くの? アダマント鉱石はだいぶ余っていると思うけど」

馬夢ばむ殿。お聞きでしたか」

「ええ。アダマントを全部に使ってもオドゥンは満足しないわけ? どれだけ馬鹿力なのあいつ」

「水鏡山にある霊鋼の鉱石を使おうかと思っています」

「レイコウ?」

「はい。まるで意思を持つがごとく、持ち主の望んだ重さになると言われています。それでいて鍛えて冷やしたのちには、時が止まったかのように欠けず歪まず壊れないと伝わっております」

「何それ、まるでグラナチウムじゃない」


 バムンジーのそんな呟きに、條義斎と條武郎が食いついた。

 その視線が強かったのか、バムンジーがたじろぐ。


「ほう、馬夢ばむ殿の里では闇捺生ぐらなちうむと呼ばれているのですか」

「ドワーフに伝わる伝説として聞いたことがあるってだけよ。え、まさか本当にあるんじゃないでしょうね」

「霊鋼で作られた小刀が城にあると聞き及んではおりますが、馬夢ばむ殿の仰るものと同じかまでは分かりませんな」


 何しろ見たことはございませぬので、と首を振って。


「水鏡山は、鬼宮きのみや家五代様の弟御であらせられた水鏡様が命を落とされた場所とされております。刀折れ、力尽きた時に折れぬ刀さえあればと天に嘆かれたとか。その御意志が山の岩に宿ったのだとまことしやかに伝わっておりましてな。水鏡様は藩史に残るほどの武勇の士であらせられましたので、鍛冶支配としては、その当時に我々の技があればと思わずにはおれませぬ」

「ええと」


 バムンジーはどう返答すべきか悩んでいる様子だった。

 ともあれ、二人の方針はこれで決まったといえた。


「そなたが若のために鍛えるのだ。そなたが決めた通りにせよ。なるほど、確かに若の手には闇捺生ぐらなちうむの霊刀こそ相応しい」

「ありがとうございます、父上」

「しかし、水鏡山の悪鬼といえば水鏡様であっても敵わなんだという。行くならば若にお出ましいただきたいところだ」

「はい。若ならばご自身の分だけでなく、皆の役に立てられる分だけ集めに行こうと仰るでしょう」

「まずはたつみ殿にご相談申し上げよう。若をお借りするとなれば、藩の護りに大きな隙を生じるということになる」

「はい」


 話を終えると、條武郎が慌ただしく工房から出ていった。巽家の屋敷に走り、当主である洸次郎こうじろうに相談をしに行くのだ。

 條義斎はその姿を見送ってから、バムンジーの方に顔を向けた。


馬夢ばむ殿。という訳で、我々は近々鉱石を集めるために工房を留守にします。その間は休みとさせていただきますので、どうぞご容赦いただきたく」

「あたしに気を使う必要はないから。グラナチウムの鉱床かあ、あたしも見に行きたいけど」

化生もんすたあどもがおりますのでな。馬夢ばむ殿が同行できるかどうかは、洸次郎殿のご判断になるかと思います」

「ま、そうよね」


 バムンジーはさほどの期待を示すこともなく、その言葉に頷く。

 この話は、取り敢えずそこで終わったのだった。


***


「却下されたぁ」


 宿として間借りしている屋敷の一室。バムンジーが机に突っ伏してしょんぼりしていると、クラースが声をかけてきた。


「どうしたんだい、バム」

「クラース。……実はね」


 クラースの問いに、バムンジーは姿勢を変えることもなく答える。

 霊鋼ことグラナチウムの採掘に同行したいと洸次郎に直訴したのだが、駄目だと言われたこと。

 少なくとも藩の外に出られるだけの力が求められると言われたのだ。


「オドゥン殿が行くのであれば何とでもなりそうだけどねえ」

「その辺りはコウジロウが決めるんだって。オドゥンからもコウジロウがそう決めたなら駄目だなってさ」


 鬼角は意外なほど決まりごとには厳しい。角亀藩の藩士としては極めて自由な行動を許されているが、その分ほかのだれかの職責に踏み込むことは決してない。

 先日のライカンの件でも、ちゃんと上役である義堂に許可を取っていた。

 自由だからこそ、仲間に対する信頼感が強いというのが鬼角という男らしい。

 バムンジーも最近になってその辺りが分かってきたので、残念ではあったが諦めもついたのだが。


「伝説の鉱石かぁ。面白そうじゃない」

「おい、クラース?」

「まあまあ、心配しないで」


 自分の欲求に極めて忠実な変わり者のエルフが、にんまりと笑みを浮かべた。


***


「オドゥン!」


 顔を蒼白にしたバムンジーがケニッヒを連れて鬼角のところに駆けてきたのはその二日後、準備を整えた水鏡山への遠征隊が翌日の出発に向けて宴会を始めようとしていた時だった。


「おや、どうした馬夢ばむ殿」

「ま、まだ出発していないよな? 出発は明日だよな!?」

「そうじゃよ。ああ、すまんが馬夢ばむ殿も霧名ぎりな殿もお連れはできないぞ。なあ、洸次郎?」

「せや。辰吾郎たつごろうさん達は藩を長い時間離れられんし。ほんまは若を行かせるのだって反対なんやけど」

「過保護じゃのう洸次郎は」

「過保護なんは若の方じゃ! 水鏡山の悪鬼なんて実在するかも分からんのに」


 鬼角が笑う一方で、洸次郎は不機嫌さを隠そうともしない。

 條武丸はどことなくばつが悪そうだ。原因が自分だと分かっているからだろう。


「もしおったらこの中の誰かが死んでまうかもしれんじゃろが。そいつらの命の代わりに出来た刀とか、わしよう差せんぞ」

「ええわ、もう」


 説得を諦めたらしく、溜息をついて洸次郎が下がる。


「そんなわけじゃから、今回は」

「そうじゃないんだ、オドゥン殿」


 苦笑する鬼角に対して、ケニッヒはひどくまじめな顔で首を振った。

 その余裕のない様子に、鬼角も笑みを納める。


「どうしたんじゃ?」

「クラースが」

根振谷ねふりたに殿が、何か」

「姿を消した」

「なんじゃと?」


***


 始まった宴会から少し距離を置いて、鬼角と洸次郎がバムンジーとケニッヒの話を聞くことになった。洸次郎はひどく厳しい顔をしている。


「なるほど、馬夢ばむ殿の話を聞いた後で、根振谷ねふりたに殿の姿が見えなくなったと」

「十中八九、ミカガミサンに向かったと思う。あいつはそういう伝説とかに目がないからね」

「水鏡山に向かうとなると……大欠原おおかきばらの向こうには蜥蜴頭りざあどが、西の梓森あずさもり羽族はあぴいの狩場や。言いづらいんやけど、生きとらんのじゃないかな」


 当然のように洸次郎が言うが、バムンジーとケニッヒは首を振った。


「クラースはエルフだから、森の中にいる限りはたぶん生きてる。森があいつの姿を隠してくれるんだ。だからそのアズサモリを通って、ミカガミサンに向かっているんじゃないかな」

「便利なもんじゃの。城戸きど殿みたいに教えてもらえると嬉しいんじゃが」

「エルフの血筋じゃないと無理らしいから、それは難しいと思うんだ。それで、クラースのことなんだけど」

「今回の進路は、大欠原の方から蜥蜴頭りざあどの縄張りをかすめて水鏡山に向かう形やしなあ。羽族はあぴいどもは相手するのが大変じゃから梓森には藩の者は誰も入らんのやけど」


 洸次郎は困った顔で顎を掻く。

 羽族はあぴいは弓でも狙いがつけにくい上に、刀や槍はまず届かない。与八よはちほどの腕ならば射落とすこともできるのだが、鉱石を取りにいくためだけにそれだけの腕の持ち主を二人も三人も藩から動かすのははばかられた。


「一度捕まえてしまえば、あとは楽なんじゃけどな。あ、わしは何度か入っとるから心配せんでええぞ」

「そんなことが出来るのは若だけじゃわ。若、まさか」

「山に入るところで合流するなら、そんなに問題ねえじゃろ。蜥蜴頭りざあどどもは、鉄を連れて行けばええ。鉄は大事な餌の運び主じゃ、よっぽどのことがねえ限り山までは安全と思う。心配なら山の辺りまでお前が一緒してやれ、洸次郎」

「若!」


 洸次郎の声に怒りが混じる。本来ならば見捨ててしかるべき話だ。もしも角亀藩の者であれば、子供でもない限り鬼角も見捨てるだろう。一人を助けるために多数の犠牲は出せない。それが道理だからだ。

 しかし、鬼角は平静な表情のまま、洸次郎を諭す。笑みを浮かべることもなく、言い切った。


「客人なんじゃよ、洸次郎。しかも、藩に大恩ある大瀬戸おおせと殿のお仲間じゃ。行かぬわけにはいかんじゃろ」

「せやけど!」

「わしが行くしかねえじゃろ、洸次郎。根振谷ねふりたに殿を見つけたら、そのまま連れて山に向かうわ」

「済まない、オドゥン殿」

「ありがとう、オドゥン」


 このような無謀を行う以上、連れ帰ってもまたぞろ抜け出すだろう。それならばこの際、一緒に連れて行けば良いというのが鬼角の考えだ。

 頭を下げる二人を、洸次郎が睨みつける。

 次に二人が何かを言えば、絶対に許さない。そう言わんばかりの形相で。


「洸次郎」

「若はほんまに甘すぎるんじゃ!」

「そう言うな、洸次郎。それにお前、俺が羽族はあぴい如きに後れを取ると思うか?」

「若は天下無双じゃ、そんなんわしが一番わかっとる。けど心配するんは当たり前のことと違うか。他の誰も若の心配なんぞせんのじゃ、わしくらい心配せんとおかしいじゃろ!?」

「いつも済まんと思うておるよ」

「!」


 ぐしゃりと洸次郎の頭を撫でて、鬼角は立ち上がった。

 腰に提げた刀を鞘ごと抜いて、歩き出す。走るのには邪魔だからだ。


「お前にも八重やえ様にも、いつも心配かけてばかりじゃ。兄上と違うて、わしはいつまで経ってもがきのままでの」

「母上は若を信じとる。わしだって同じじゃ!」

「わしが安心して任せられるのは洸次郎だけじゃ。根振谷ねふりたに殿のことはわしに任せてくれ」

「先に山で待っといてや、若。全員でちゃんと山に着くけん」


 その言葉を背に、鬼角は走り出す。

 ちょっとだけ宴会の喧騒が羨ましいのだけが心残りだった。

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